未来の相棒

 目を閉じて、長海ながみさんの元へびゅーん。

 目を開ける。変化なし。

 明晰夢なら念じるだけで場面転換ワープしてほしいですねぇ。私の脳はそこまで器用じゃないらしい。大人しくバスに乗るとしましょう。


 舞耶との出会いを忘れても、長海さんの勤め先は憶えている。学生と警察官の差でしょうか。会って、巡って、聞いて、話して、知ってきた母数が違いすぎる。

 長海さんの情報がひとつなら、舞耶の情報を含め私の学生時代は百本のコードが絡み合ってできた束です。どれが誰との記憶で、正しい情報だったのか。正確に思い出せません。

 舞耶のことくらいはっきり憶えていてほしいですねぇ。恋人との思い出を勘違いして元カノの思い出を語るのは最低でしょう? 学生時代の記憶はそれと同じです。

 でも舞耶に殺されたときのことは憶えている。


 リセット地点が『死から遠ざかる救いの場所』ならば、舞耶にとっては俺の告白が大きな分岐点だった。同級生の男子と華やかな未来を掴むための分岐点。もしくは、今年の呪い人を殺す絶好の機会。舞耶が選んだのは――、言うまでもないですね。

 後輩四人と俺の経験を合わせ、チカラの持ち主はみな誰かに殺されている。私たちはその者こそが、それまでの所持者だと考えた。

 ――このチカラは相手を殺すことで継承される。


 舞耶は誰に殺されたのだろう。この先何もしなければ、いずれ舞耶は先生に殺される。それ以前にほかの生徒に殺されているはずだ。それはいったいどんな形で、どんな場所で――?

 可能性はある程度絞り込める。例えば、クラスの暴動や逆恨み。呪い人狩りに遭う私を庇って殺された。殺意が自然と呪い人へ向くのなら、俺が無関係ってことはないでしょう。


 前任者がいない場合もある。去年までがそうです。

 誰も死なず誰も殺されず、このチカラは眠りについていた。はじめにチカラを与えるのは『死』そのもので、死が起きなければチカラも眠ったままだ。


 私は私の世界しか知りません。いくつもの世界が並行しているとは思いたくない。今も二〇〇九年に囚われている人がいる。私じゃない私がいる。そんな世は地獄クソです。

 世界を一本の線として考えれば気が楽になる。絡まっているのはひとつの世界線、その一部。絡まった輪を解けばゼロはイチになり、元の姿を取り戻すのだ。


「長海さんならこんな哲学は不毛だと一蹴するでしょうね」


 考えを口に出してみました。隣で立番する長海さんは眉をわずかにひそめて私を見ています。

 おや、いつの間に移動していたのでしょう。長海さんが勤務する花菱はなびし署南口交番前に、気づけば来ていました。

 嘘です。瞬間移動テレポートなどしていません。バスを降りて徒歩でここまでやってきました。はあ……不便な夢。


「面白い子だね。学校の帰り?」

「そうみたいです」


 突然隣にやってきてべらべら話し出した学生を気にかける長海さん。不審がる目をしています。

 立番している長海さん、リアルだなあ。警察学校を卒業したばかりですね、ピチピチの十九歳。交番勤務のおまわりさんです。


「きみは高校生……だよね? この辺りだと藤北かな?」

「学ランだと背丈や鞄で見分けるしかないですよねー」


 癖で煙に巻いてしまった。実際よく中学生に間違われますが、藤北の学生鞄を見れば一目瞭然ですよ。

 刑事の長海さんなら問うのではなく「きみは藤北の生徒だね」と決めつけてかかっています。この程度の洞察力、刑事ならあって当然です。でも初々しい長海さんは大変貴重だ。リアルな夢だなー。


「随分大人びてるね、何年生?」

「長海さんより七つ歳上の高校十二年生です」


 長海さんは困ったように首を傾げる。

「ごめんね、俺と話したことあったかな?」こんな強烈な子一度話したら忘れないはずだが、と言いたげに。


「それって顔ですか? それとも喋り?」

「え?」

「いえ、ただの意地悪です。聞かなかったことにしてください」


 ――名前を連発されて焦っている。記憶の引き出しを開けて私を探す。けれども見つからない。こんな見た目の子供、知り合ったら忘れないのにと。

 容姿が特殊なことくらい自分でもわかっています。名前も含めて、あいつは異質だと石を投げられてきた。孤立する私に声をかけてくれたのが舞耶だった。

 彼女がリュウセイと呼びはじめると、みんなも真似して呼ぶようになった。当時の私は喜んでいた。

 今思えば、真名から逃げていただけなのに。


「本当に申し訳ない。俺が忘れてるだけかもしれないけど、名前は?」

「ネコメです」

「ネコメ?」

「はい」


 どうして自分を知っているのか長海さんは疑問に思っているようです。懐かしいですね、慣れすぎて何も感じなくなってましたが、いざ長海さんに『忘れられる』と昔を思い出します。

 何度も巡って、何度も忘れられた。


「ネコメくんは部活してるの?」


 本名かも疑わずにはじめてあだ名で呼んでくれました。感激です。


「何部に見えますか?」

「うーん……そうだなぁ……。美術部かな?」

「当たりです」

「お、マジか!」


 ぱっと明るくなる長海さんの表情。やっぱり若いですね。マジかだなんて今の長海さんからは聞けない台詞です。実に可愛らしい。オカルト研究部なんて言われたらどうしようかとヒヤヒヤしましたよ。

 しかしここは未来の相棒として厳しく行きましょう。


「あるときはバスケ部、あるときは書道部、またあるときはテニス、演劇、野球、吹奏楽、陸上、剣道、弓道、柔道、全部です」


 どんな小さな可能性も見逃さずに。このループから抜け出す鍵を探して、部活動は全部やりました。

 だから今何部なのかわからないんですよねぇ。最初は何部だったのか。この身体つきをかんがみると文系か帰宅部? 辞めた憶えがないので帰宅部が濃厚?

 笑顔消失の魔法を食らった長海さん、瞬きの回数が多くなってきました。


「長海さんはずっと空手でしたよね。主将が似合いそうです」

「あ、同じ中学だった?」


 そうかそうか、道理で……と長海さんは頷く。なるほど今度は後輩説ですか。面白いですが、俺と長海さんは三つ違いなので可能性は低いです。

 それを考慮したうえの推理ならば、長海さんは小学生も憧れるすごい中学校生活を送っていた、と自白してますね。

 またひとつ長海さんのすごさを知れました。夢から覚めたら事実確認しましょう。


「長海さん、あと十年もすれば長海さんは捜査一課の刑事になってますよ。俺は未来の相棒なんです」


 ……信じてくれませんよね。

 長海さんにこの手の話は通じません。冗談でもオカルト断固否定派の現実主義者リアリストです。

 長海さんは肩をすくめて、「未来からやってきた高校生刑事?」と意外にも笑った。子供の戦隊ヒーローごっこに付き合う大人のように、優しい笑みだ。


「中身が十年後なんです。精神、記憶、魂だけが移動をし、まだ交番勤務の長海さんに会いにきたんですよ」


 夢を相手に、何を真面目に語っているんでしょう。まるで現実と思っての発言です。これは現実じゃない、現実じゃない。

 現実であってたまるか。


「夢は警察官か。いいな、それ。ネコメが相棒だったら毎日楽しいだろうな」

「…………うっわー」


 聞かせたいー。今の長海さんに聞かせたいー。十年前に会ってたらこんなこと言ってたんですよって、聞かせてぇー。

 でもこれは夢の長海さんだから、俺が都合よく言わせてるんでしょうね。言ってもらいたい……言ってもらいたいなぁ。うわぁー、この気持ちが夢を作り出しているのか。未成年の長海さんに何を言わせているのやら。恥ずかしいー。


 天を仰いでいる間に、長海さんは交番に立ち寄ったおばあさんの相手をはじめています。道を訊きに来たようです。未来の相棒だと豪語する変な学生に構っていられるほど、警察は暇じゃないんですよ。

 しばらく待ってみても場面転換は起きない。そろそろ帰るとしますか。現実に? いいえ、お家に。

 早く覚めてほしい。この幸せで残酷な夢から。

 覚めて、本当の長海さんに会うんだ。

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