四面楚歌
帰りのホームルームが終わって次のテストの要点を教えていると、「朝霧!」と大声で呼ばれた。教室に入ってきた渉は、まだクラスメートがいるにも関わらず、朝霧の席にツカツカと歩み寄る。少し前までA組の連中の目を避けていたというのに、大した成長だ。
「なぁに望月くん、どうしたの?」
「朝霧。新堂……退学になったりしないよな?」
朝霧の机で教わっていたクラスメートは「おい、あとにしてくれよ」と迷惑がる。朝霧は申し訳なさそうな表情を作って
朝霧は驚異的な勘で悟った。渉がこんな突飛な心配をするとは考えにくい。誰かに吹き込まれたか。
「これでいいかな?」
「さすが朝霧! あざっす! マジ助かります」
安風は両手を合わせて朝霧を拝み、最後に渉をひと睨みして帰っていった。
「望月くん顔怖いよ。その怪我どうしたの?」
「聞いてくれ、新堂じゃないんだよ。凛を落としたのは新堂じゃない。新堂が停学になるのはおかしいんだよ」
話を省きすぎていないか。それではまるで朝霧にすべての権限があり、その下で処分したようである。
しかし態度に出さずとも「それ朝霧くんに言ってどうなるの?」と、すぐにクラスメートから声が上がった。クラスメートは「まず先生に言ったら?」と続けて言う。
渉はぴくりと眉を動かしたが、朝霧の返事を待っていた。朝霧は「うん、それで?」と優しく促す。部外者の声に乗るのも、僕に言われても……と否定するのも、優等生朝霧修の思想に反するからだ。
「もしも生徒会で新堂の退学処分が上がったら言ってやってほしい。新堂じゃないんだって。証拠もある。先生にも話した」
「どんな証拠?」
渉は、凛の背中に付いていた足跡が違っていたことを話した。気づいたのは昨日の帰り。
被害者目線の証言と物的証拠。真犯人には繋がらなくても、新堂の無実を証明するには十分な材料が揃っている。早急かつ冷静に、よく一人で対応できたものだ。それもすべて新堂を助けるために。
「頼む」と、渉は頭を下げた。クラスメートももはや口出ししなくなっていた。周りを寄せ付けない渉と朝霧の雰囲気を感じ取り、気まずそうに帰っていく。
朝霧はにっこりと微笑んだ。
「わかった。彼を責める奴がいたら僕が否定しよう」
「……助かる」
「勉強は? 見てあげようか」
渉は首を横に振り「用事があるから」と苦笑した。新堂のところに行くのだろうとすぐに察した。「じゃあ途中まで」一緒に帰ろうと席を立ち、テストの内容を適当に駄弁りながら下校する。
分かれ道で別れたあとも、頭中に引っかかっていたのは先生にも言ったという点だった。
E組担任の
それに渉は猪俣との帰りに気づいたと言っていた。その場で凛に話したのなら、必然的に猪俣にも情報が行っているはずだ。生徒会顧問の猪俣を盾にされては朝霧も手が出せない。
朝霧が一言、退学処分を添えれば流れは変わるはずだったのに、よりによって渉に邪魔されるとは。このまま過ごせば、新堂は停学処分で終わるだろう。期間が過ぎれば、彼はバスケ部に戻って更生する。
表向きの朝霧が望んでいた結果になる――渉の活躍のおかげで。
(丸く収まり、ハッピーエンドか)
電車を降りてぼんやりと渉を思う。新堂の家に寄って帰ったとしても、渉の帰路のほうが遥かに短い。今頃はとっくに家に着いているか。
渉と過ごし、今日このときに至るまでも――
神永響弥に気をつけてと言えなかったのは、他人を本能的に守れない朝霧の欠点だった。
駅前の広場に着いた朝霧のスラックスの内側でスマホが震える。非通知の電話だった。
無言で切る。またかかってくる。仕方がなく、朝霧は応答マークをスライドし、いつもの癖で録音ボタンをタップする。
聞こえてきたのは『無』だった。静かな夜を思わせる、暗闇に閉ざされた環境音。その一部と化している小さな小さな荒い息遣い。相手からは決して話さないいたずら電話のようだった。さながら獲物を虎視眈々と狙う獣のような不気味さをまとっている。
「何の用?」
声をかけた瞬間、奥から悲鳴が反響した。
『修! 助けてぇ!』
それは四日ぶりに聞いた、小坂めぐみの泣き叫ぶ声。
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