第十一話
夢を見させて
期末テスト二日目。昨日に続き天気は晴れ。都内全域は朝から梅雨明けを疑うような晴天に恵まれた。煩わしい雨風の音を窓際で聞かずに済むのは、
今日は渉の苦手な外国語のテストが含まれる。気合を入れて挑むのはもちろんのこと、休み時間も無駄にはできない。席に着いてすぐにプリントと単語カードを取り出して勉強に励む。誰にも邪魔されないように下を向き、周りの目をシャットアウトする。
外国語担当の
ラッキーなことに、外国語のテストは一限目にある。朝の勉強後、時間を空けずに挑めるのはモチベーション的にも助かる。
渉はプリントと単語カードを見ながら、朝霧に教わった記憶術を反芻した。モールス信号を用いた、音による記憶術だ。
覚えていることをそのまま転換して勉強に活かせばいいよと朝霧は言う。そんなうまく行くかよと、最初は信じていなかった渉だが、これがやってみるとものすごく楽で。曰く渉は、自分なりの勉強法が見つけられていないだけ。好きなものや特技を取り入れることで、苦手意識も薄れるだろうと、学年一位の優等生は話していた。
なるほど確かにそのとおりだと、今なら素直に思える。ものは考えようだ。勉強も楽しさに変えてしまえば楽になる。
朝霧はそうやって、普段から知識を糧にし、利用し、結びつけて思考しているのだろうか。彼の賢さは『天才だから』の一言では表せない。考え方の変換。見方の工夫。彼はそういった努力家の秀才で、やはりすごい奴なんだなと、渉は改めて感心した。
そうして渉は、視界の端に人影が訪れるまで、勉強に集中し続けた。
「
突然の声かけに顔を上げると、そこには学級委員長の
「何?」
「望月は聞いてるか?
「……ああ」
渉は小さく頷いた。
しかし事情も何も、渉にはすべてが初耳で。登校してから現在まで注がれるクラスメートの視線も、親友の渉なら何か知っているんじゃないかという好奇心からくるものだろう。
「でも、ごめん、全然……俺は知らないんだ。ごめんな」
正直に答えると、萩野は困った笑みを浮かべて、ううん、と首を振った。
「そっか。ごめんな、俺のほうこそ邪魔して……。何かの間違いだといいよな」
「……だな」
萩野はうんうんと頷き、「じゃあ、テスト頑張ろうな」と、申し訳なさそうに告げて去っていった。渉はその背を見送ってから再び机に向かう。が、どうにも集中が切れてしまったようで、単語カードをめくる手を止めた。
何かの間違いだといいよな。――まったくもってそのとおりだ。響弥が逮捕されたなんて、何かの間違いだと思いたい。根も葉もない噂だと信じたい。
けれど、響弥と連絡がつかないのは事実だし、こんな大事な時期に欠席だった。おそらく今日も、学校に来るのは難しいだろう。
考えつくのは飲酒、喫煙、万引き、暴力事件……。しかしあの響弥がそんな馬鹿な真似をするとは思えないし、逮捕自体、にわかには信じがたい話だ。何か別の理由。それこそ間違いであると思いたい、そうとしか思えない。
渉はぺちぺちと頬を叩いた。――今はテストだ。響弥のことを悩んでいる場合じゃない。とにかくテスト……テストに向けて費やさねば。だけど……ああ、くそ。一度考えだしたら止まらない。考えないようにしていたのに、どうして……。
額に手を当ててうつむいていると、机上にふわりと紙飛行機が舞い降りた。
「……?」
連日シューズロッカーに詰め込まれていた紙くずとは違う。綺麗に折り畳まれたルーズリーフ。中央には薄く文字が透けていて、渉はそっとなかを開いた。
『集中しろ』
シャーペンで書かれていたのはたったそれだけ。差出人の名はない。渉は思わず苦笑した。
――こんなの飛ばしてくるの、一人しかいない。
渉は斜め後ろを振り返った。席で
* * *
ネコメとの連絡はまだ取れていない。響弥の事情聴取で忙しいのか、
昨日、
肩を落とす芽亜凛に代わって朝霧が事情を説明し、一刻も早く捜索願を出すべきだと伝えた。母親は父親と連絡を取り、警察署に行くことを決意して、芽亜凛たちは退散した。
もしも、もしも。
響弥が二人を連れ去ったあとで逮捕されたのなら……二人は無事に帰ってくるかもしれない。
知ってのとおり、この場合の
ならば警察は、このタイミングに出された捜索願に疑念を抱き、神永響弥と繋げて捜査してくれるのではないか? いや、ネコメならそうしてくれる。彼なら絶対に。同じ学校の生徒という繋がりを見過ごさない。
二人が生きている可能性はきわめて高い。響弥のいない間に家宅捜索でも何でもして、彼女たちを救い出してほしい。監禁されているはずの二人を見つけて助け出してほしい。
……二人が戻ってくれば、すべてが解決する。この不安も、諦めかけている心も、すべて払拭される。もう誰も死なない。今度こそ、最高のエンドを迎えられるのだ。
だからどうか無事でいて。そして、お願い、私のもとに帰ってきて……。
芽亜凛は祈るように瞳を閉じた。今日もまたテストがはじまる。正直テストなんてどうでもいいし、やってる場合でもないけれど、それは芽亜凛の事情だ。普通の学生生活を送りたいのなら真面目に受けなければならない。
昨日よりは集中できる気がする。テストが終わる頃にはネコメから折り返しの電話が入っているかもしれない。希望は、最後まで捨てない。
「芽亜凛ちゃん」
見上げると、
「夢から覚める時間だよ」
――――え?
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