神様の綻び
各クラス委員が集まる委員長会議は、生徒会長の話で幕を閉じる。思いのほか早かったなと、朝霧は窓の外を一瞥した。
四階の生徒会室から見える外の景色は眺めがいい。人がゴミのようだと言うには低すぎるが、校舎が一望できるこの場所を朝霧は気に入っていた。
今にも降り出しそうなこの天気じゃ、放課後部活は室内になるだろう。混み合うことを予想して早めに終わらせたのか、帰宅部の朝霧には関係ないことである。
号令をして席を整えていると、「手伝うよ」と視界の隅で小さな手が伸ばされた。
「ありがとう
学級を束ねる委員長と言っても中身は普通の生徒と変わらず、自分で移動させた机も直さないで生徒会室を出ていく者がほとんどである。凛の相方の
「A組はモーマンタイかぁ。みんな真面目にやってるんだねぇ。朝霧くんがしっかりしているからかな?」
「あははは、みんな余裕がないだけだよ。ひとつのことで精一杯。だから勉強に集中できる」
「そういう考え方もできるかぁ……」
「そういうものだよ」
二年A組に問題児はいない。出来の悪い小坂めぐみのような生徒はいるが、トラブルを起こそうものなら朝霧が徹底的にマークし、管理する。誰であろうとだ。小坂もその内の一人に過ぎない。
それに比べて、E組の状況は四月から変わらず。問題児三人組が舐め腐っているようで、凛と萩野はほとほと参ってしまっている。今日の委員会でも改善するようにと責められていた。
「元気出しなよ。百井さんのせいじゃないって」
「うん……まあね……」
凛は浮かない顔をして、机の表面を指の腹で撫でた。相方が問題を後回しにしてばかりの使えない奴で可哀想に。代われるものならそうしてやりたいが、凛も慰めてほしいわけじゃないだろう。
「朝霧くんさぁ……」
「んー?」
「最近……渉くんと仲いいよね」
なんだ、落ち込んでいるのはそれか、と朝霧は一瞬考えた。――が、残念ながら声が違っている。
人間の表情、仕草による情報収集は時に厄介で、そればかりに頼っていると大事な部分が見えなくなる。本音が表れるのは声だ。
落ち込んだ素振りを見せる凛の声は、質問と呟きを織り交ぜつつ、かすかに上擦っていた。探りを入れようと緊張しているからである。
「なぁに、寂しいの?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
今度は元気な声で返される。寂しさよりもまだ好奇心のほうが強いはずだ。
凛は最初から渉のことが気になって声をかけてきたのだろう。手助けを口実に近付き、相手を褒めて警戒心を解く。落ち込む素振りを見せると吉か。渉ならころりと騙せるだろうが、朝霧には通用しない。
しかし、いい技だなと感心した。あとで真似するとしよう。
「大丈夫だよ、取って食べたりしないから」
「わ、渉くんを?」
「うん、骨だけ抜いて返すよ」
「ちゃんと骨付きで返してください!」
言って、凛はうつむきがちに眉間に手を当てる。頬の赤みが増しているのは思わず口走ってしまった証だろうか。返してください――それが凛の本音か……。
「言うべき相手が違っているんじゃないかな」
「…………えっ?」
「もう行かないと。隣の会議室に用があるんだ」
じゃあね、と笑って手を振って朝霧は生徒会室を出ていく。
最後に目にした凛の顔色は青白かった。唇の端が声と同じように震えていて。表向きでは強がっているみたいだけど、
どうやら凛は、千里と小坂の関係をよく思っていないらしい。
* * *
落ち着け落ち着け……と念じることで冷静さを保ちながら、芽亜凛は窓から二年C組の教室を覗き見た。黒板の前には三年生がいて、席には見慣れない生徒らが着いている。よかった……まだ委員会の途中だ。
響弥の所属する保健委員会は三年の教室で行われている。大丈夫。廊下を見渡しても今ここに彼はいない。いない、はずなのに……。
芽亜凛は、見られているような錯覚に冷や汗をかきながら、電話に集中した。
「ごめんなさい……少し、ぼうっとしてしまって」
『無理もありません、私も驚きました。ああ、いえ、神永響弥に対してではなく……』
ネコメの独り言は吐息混じりに弱くなる。神永家がネコメの因縁の相手だとしたら、それは間違いなく父親のほうだ。
芽亜凛は周囲に悟られないよう口元を手で覆い、小声で訊く。
「神永家って、いったい何なんですか?」
『……詐欺グループという表現が一番簡単でしょう』
「詐欺、グループ……?」
ネコメは電話越しで苦笑する。
『すみません、今のは俺の憶測で――言葉の綾です。しかし、詐欺に違いはありません。寺ぐるみで人死を利用した悪質なね』
インチキ占い師や超能力者でもよくある話だ。大衆に信じ込ませて金を取る。神永家が利用しているのは呪いであって、そして詐欺の糧になっているのは、
「お祓いですか……」
『そのとおり。彼らが祓えば人死は止む。当然ですよね、仕組んでいるのは彼らなんですから』
神永分寺が動き出すたびに、芽亜凛は怒りを覚えていた。響弥が――
呪い人は人殺しだ。何年経っても再来する、抜け出せない悪循環。
『俺や芽亜凛さんのチカラは本物のオカルトになってしまいましたが、呪い人に超常的なチカラはありません。最初から偽物。言わば、単なる創作物です』
「……それなら、叔母の神永
今までは茉結華に利用されているだけの可能性もあって確信が持てなかったけれど、昔から寺の事情を知っていて、今度は甥に協力しているとしたら……。彼女もまた、詐欺師の一員だ。
『なぜ、グルだと?』
ネコメの声は淡々としたものである。
「
普段はしないように心がけている未来の話も、ネコメ相手なら構わないだろう。このまま神永詩子について調べてもらうのは、さすがにおこがましいか。頼んだらしてくれるだろうけれど――
『それはありえないんですよ』
「……え?」
『グルであるはずがないんですよ。神永詩子は――――』
窓の向こうで雷が光る。教室から生徒たちが出てくる。芽亜凛は、口元を覆っていた手をゆるりと下ろした。
ネコメはすでに神永詩子についても調査済みであった。そして、神永響弥のプロフィールも。
聞かされたその情報は、メモをせずに頭のなかだけで整理するには、あまりにも困難なものだった。
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