黒雲
別府は、取り調べを行なっていた相方の刑事の横に座ると、背もたれに踏ん反り返った。
「カメラの中身なあ、確認しましたよ。全部学校の……藤北の生徒らや」
そう言って封筒から取り出した写真のコピーを、デスク上に数枚並べる。
押さえたデータはすべて刑事課で管理している。最も古いデータは二年前のものだった。
映っていたのはすべて女子生徒。誰もが制服をはだけさせていた。現在は特定できた者から順にクラス担任に協力を仰ぎ、撮影されたと見られる生徒一人一人の聴取を行なっている。
「SDカード、随分傷んでましたなあ。相当出し入れしとるみたいで」
「…………」
「いい加減話したらどうなんだ! あ?」
バン、と机を叩いた隣の部下を、別府は「落ち着けや」と冷静になだめる。
笠部淳一の取り調べを任された別府班ではあったが、その聴取は難航していた。笠部は雑談には応じるものの、事件のこととなると依然として黙秘を続けていたのだ。
が、しかし――
「あんたの家なあ、今ガサ入れしとるで。自分の口で話して減刑に努めるか、何もかも暴かれて擁護できんまま地に落ちるか」
別府がそう口にした途端、笠部の片頬がぐにゃりと不敵に歪んだ。また部下が興奮する前に、別府は尋ねる。「何かおかしいか?」
笠部はゆっくりと笑みを消した。
「あいつも終わりだな」
別府は姿勢を正し、机の上で指を組む。
「あいつとは?」
「ほかに共犯者がいるのか?」
「じきにわかる」
笠部がそれ以上話すことはなかった。別府は部下と顔を見合わせ、深い息を吐く。
家宅捜索が終われば判明する何かがあるのか。生徒らの写真とどんな繋がりがあって、そして――
笠部淳一の共犯者とはいったい、誰なのか。
* * *
生物学のトラブルは起きてしまったものの、笠部は無事警察に逮捕され、第三水曜日になった今でも犠牲者は出ていない。
この先は朝霧が凛をデートに誘うか否かにかかっているが、おそらく可能性は低い。念には念を入れて近いうちに一度話しておくつもりだが、最近渉とよく二人でいるようだし、凛を利用して彼の気を引く必要もないはず……。
昼休みは凛と過ごすことが多くなった。先週からE組で神永響弥を見なくなったためというのもあるが、一番の理由は千里が小坂の元に行っているからだろう。
千里が来ないから、凛は芽亜凛に声をかける。断る理由がないから、芽亜凛はそれを受け入れる。ただそれだけのことだ。そこに友情があってもなくても、芽亜凛は自分のできる限りの振る舞いを心がけるのみ。
今日は委員会がある。風紀委員になった芽亜凛は移動教室を済ませて、
いつ頃からか、和倉はマスクを着けなくなった。持久走でもマスクをしたままだった彼女が、いったいどういう心境の変化なのか。
そんな和倉は今、自らに向けられた視線をガン飛ばしている。風紀委員だって人の子だ。彼女の素顔が珍しいこともあり、他クラスの注目を集めているらしい。
和倉の目つきは鋭くて厳しいが、色白の肌は滑らかで、顔の形状にコンプレックスはない。一言で表すのなら、隠れ美人だろう。一度惹きつけた視線の離れなさを芽亜凛はよく知っている。
人数確認を終えて、委員長が号令をかけた。遅刻者のチェックといじめの有無、どちらも特別注意するような報告はなく、時間はサクサクと進んでいく。
窓の外では雷が鳴っていた。雨は降っていないのに、梅雨の空は黒々とした厚い雲に覆われている。
隣の和倉は、毎度放棄していた書記の仕事を全うしていた。珍しいなと横目で見たノートには早速落書きがされている。暇なのだろう、同意だ。
最後に、「生徒同士の不純異性交遊は注意するように」と顧問の先生が締めくくった。生徒同士の、とわざわざ言わずともわかることを強調したのは、笠部の一件のせいか。教師が絡んでいる場合は風紀委員としてではなく、一生徒として相談するようにと、遠回しに言っているように思えた。
委員会が終了して教室に戻る途中、ポケットのなかでスマホが震えた。着信相手は『N』。芽亜凛は迷わず電話に出た。
『お調べしましたよ、神永響弥のこと』
数日ぶりに聞くネコメ刑事の声だった。表示されていたのはネコメを表すNである。警察を意味するKは悟られそうなため(特に朝霧なんかには)、ここは警戒心を強めにネコメからイニシャルを取っている。
芽亜凛は「何かわかりましたか?」と尋ねた。歩きながら話したほうが誰にも注目されずに済むだろう。
『ええ、仕事の合間にコツコツと、大方ね。できれば芽亜凛さんの知らない情報をお伝えしたいのですが。あ、生年月日はいかがです? それとも血液型とか』
「……どちらも知りませんけど、どんなことでも構いませんよ」
芽亜凛が苦笑して言うと、ネコメは『わかりました、ではあとに回しましょう』と引き下がった。軽いジョークのつもりだったのだろう。結局どちらも教えてくれるらしいが。
ネコメは一呼吸置いて続けた。
『神永響弥は養子でした。父、神永
芽亜凛は思わず立ち止まった。
くるぶしを冷たい空気が撫でていき、芽亜凛は横の教室の扉が細く開いていることに気がついた。
見上げた教室の看板は二年C組――神永響弥のいるクラスだった。
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