第三話

敵か味方か

 ……どうしたら信じてもらえるかな。あたしじゃないのに。あたし、何もしてないのに。

 普通さぁ、指示したなんて疑う? こっちは助けてやってんのに……なんであたしなの、意味わかんない。

 ううん、何度も言ってみたけど駄目。なんであんなことしたのか、いくら訊いても答えてくんないよ。終いには、理由がなきゃ駄目なのかって開き直っちゃってさ、最悪。


 大体あの子に嫌がらせしてるのはあいつらじゃん。なのになんであたしに言うかな。てか普通に男子の仕業だったら、滅茶苦茶あたしに失礼じゃない?

 あー、思い出すとムカムカしてきた。ペン回しできないように指とか切っちゃえばいいのに。

 ちょっ、あたしじゃあるまいしって何? 料理下手って言いたいわけぇ?

 はいはい、いいよ別に。どうせあたしは不器用ですよー。


    * * *


 売店で買ったサンドイッチを一口、また一口と食べながら、芽亜凛めありは片手で単語カードを捲った。以前まで彼との遭遇を避けて寄っていなかった売店だが、今では毎日のように通っている。別に彼に触発されたわけではないが、これは芽亜凛にとってもいい変化と言えよう。


 響弥きょうやと付き合ってちょうど二週間が経過したその日。中間テストの後受けをした芽亜凛は、午後の部に向けて、ここ――空き教室で昼食を取っていた。

 場所も教えていないのに「来ちゃった」と言ってやって来た響弥は、向かいに席を設けて座っている。その顔にはまだ、宮部みやべりくに殴られた痣を隠す湿布が貼られていた。


「芽亜凛ちゃん全然メール見てくれてないよね。スマホ見てない?」

「電源切ってますから当然です」

「あ、テストだからか! そっかそうだよなぁ……勝手に来ちゃったけど、よかった?」

「来てから言わないでください」


 単語カードを見ながら言う芽亜凛に、響弥は「ごめん……」と肩をすくめた。それから芽亜凛の顔色を窺うように、ちらちらと視線を動かす。


「き、金曜日からずっと怒ってない?」

「別に」

「……………………やっぱ怒ってるよね?」


 芽亜凛はじろりと響弥を睨んだ。勉強する素振りをわざわざ見せているというのに、彼にはこの意思が伝わらないのか。話しかけないでください、と口に出して言わなきゃわからないのだろうか。

 芽亜凛が再度「別に」と語調を強めて言うと、「うっ……怒ってる……」と響弥はますます身を縮めた。


 戸川とがわ先生を殺したのかと響弥を問い詰めたのは、金曜日の朝のことである。当然響弥は否定し、『何のこと?』ととぼけていたが――

 彼と会ってすぐの死だ。彼に危害を加え、芽亜凛にとって不都合な存在であると証明した上での死。ニュースでは事故死と報道されていたが、これほどまでに殺しの条件と理由が揃っていることがあるだろうか。


 それに響弥は、『もしかしたら茉結華まゆかかも』と言っていた。自分は知らない、けれどあっち側はやりかねないという意味であって、少なくともやったという証拠はない。しかし、やっていない証拠もないというこの状況。

 ――神永かみなが響弥のことがわからない。

 あなたは敵なの? 味方なの? 一心同体なのに、責任能力はないの? 仮にもし、もうひとりがやっていたとしたら、罪は誰の手に渡るの――?

 わからない。この先どうしたらいいのか、どうなってしまうのか。響弥ではない、茉結華と会って話してみなければ、この先のことはわからず終いだ。


「あなたはこんなところにいていいんですか。望月もちづきさんが寂しがると思いますけど」


 芽亜凛のほうから沈黙を破ってやると、響弥は餌を与えられた捨て犬のように目を爛々と輝かせた。


「それがさぁ! わたる、A組の奴と廊下歩いてたんだよ。こう、キラキラキラーって星が飛んでるカリスマ委員長なんだけど。便利屋関係かなー……渉もなんだか忙しそうでさぁ」


 先日りんとデートしたはずの朝霧あさぎりしゅうは今日も学校に来ている。

 芽亜凛と付き合いはじめてからというものずっと昼休みを一緒に過ごしている響弥は、彼らの間で起きたデートの誘いすら知らない。よって、朝霧と渉の接点もわからない、と。

 親友には恋人ができて、幼馴染はほかの男子とデートに行き、今度はその男子からちょっかいを出されて……。確かに忙しいだろうなと、渉のことを少し不憫に思った。


(誰も死なないと、こんなふうに時が過ぎていくのね)


 ぼうっとした頭で抱いた思考だった。戸川先生が亡くなってしまった今、誰も死んでいないことにはならないのに。一瞬でも安堵してしまった自分を誤魔化すかのように、芽亜凛は喉の引っ掛かりを牛乳で流し込んだ。

 ――でもきっと、周りの幸せはこれが本物なんだ。

 凛がいて、千里ちさとがいて、渉がいて、朝霧がいる。笠部かさべ先生が死ぬことも、萩野はぎのが犠牲になることもなく、じっとりと時は過ぎていく。

 凛と一緒にいられなくても、千里が生きててくれるならそれでよかった。今頃彼女たちは共に休み時間を満喫していることだろう。それでいい、それが正しい。

 それが本来あるべき、幸せのレールなんだ。




「あと二教科も頑張ってね!」と言った響弥が去った後、芽亜凛はスマホの電源を入れた。ロック画面で目に飛び込んできたのは、響弥からの新規メッセージが五件と、不在着信九十九件という表示。そのどれもが知らない番号である。

 芽亜凛はため息を飲み込んだ。電源を切り、次のテストに備えて席を立つ。


 電話がかかってくるようになったのは土曜日の正午頃からだった。知らない番号には応じないようにしているため、その日も無視を続けていたのだが――その量が尋常じゃない。切れても切れても、絶え間なく電話がかかってくるのだ。

 やむを得ず応じた時、受話器から聞こえてきたのは男の声。

『やらせてくれるって本当?』

 足の先まで鳥肌が駆け抜け、芽亜凛は電源ごと通話を切った。

 いつの間にかどこかから、電話番号が漏れている。しかし自分にそういった心当たりはない。考えられるとすれば、誰かが意図的に情報を流しているということ。

 先日向けられた盗難疑惑が、不安の根を広げていた。

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