第二話
平行線のまま
別れる気配がない? って、まだ一週間かそこらでしょ。そんな早く別れたらさすがに引くし。
あたしの言う『すぐ』ってのは……一ヶ月以内とかそういうことだから。
賭けるって……馬鹿じゃないの。そんなのするまでもないし。
恋ってのはさ、風邪みたいなものなんだよ。いつかは治るし、それが長いか短いかだけ。別に人生論じゃないけど、あたしはそう思う。
でもあのふたりのは仮病だよ、仮病。もしくはすぐに治る程度の風邪。だから伝染ることもないし、熱も出ないまま終わる。
そこ、ニヤニヤしない。あたしも言ってて恥ずかしくなってきた。
で、風紀委員になったんだっけ? 務まるとは思わないけど、よくやるなあって感じ。
即日付き合っちゃう尻軽が、どのツラ下げてんだって思うでしょ。
* * *
隣を歩く
「
「嫌です」
「みなまで言ってないのに!」
言われずとも知れたこと、手を繋ぎたい、だ。
「い、一週間経つのに、手を繋ぐことも駄目なのかぁ……」
がっくりと肩を落とす響弥。
芽亜凛が響弥と付き合って一週間――正確には九日が経った。その間にもこのやり取りは、何度もしているお馴染みになりつつある。はじめは二日目の放課後のことだ。
『芽亜凛ちゃんっ……手、繋いでいい?』と尋ねた響弥に、『嫌です』と反射的に返してしまったのがきっかけだ。嫌悪感からつい言ってしまったことだが、響弥はめげずにトライし続ける。
つまるところ、
(また蕁麻疹出そうだし……それに、)
「中庭に行って帰るだけの距離で、わざわざ手を繋ぐ必要性がどこにあるんですか」
「俺ら付き合ってるんじゃないの!?」
響弥の挙動に合わせて、昼食のゴミ袋が音を立てる。
雨続きの天気だが、今日みたいな曇り空の日は中庭で昼食を食べることがある。ふたりきりでしか話せないこと、聞き出せないことがあると踏んで芽亜凛は承諾するが、昼休みの中庭は人気スペースであるため情報共有などの会話をした
次いでここでも必ず行われるやり取りが、あーん、だ。響弥は毎日食している売店の焼きそばパンを芽亜凛に差し出し、『俺にあーんってしてほしいです!」と言う。『ひとりで食べれますよね』と芽亜凛は冷たくあしらうので、これも成功例はない。
どうやら響弥は、付き合っているという証明が欲しいみたいだ。恋人らしいことをしたいのだろう。芽亜凛は呆れたように目を細める。
「連絡先は交換したでしょう」
携帯番号もトーク先も、響弥と交換した。情報を得るには仕方ないことだと、芽亜凛は恋人であるからではなく、己の目的のために教えたに過ぎない。
そんなことも知らぬ響弥は、男子に連絡先を渡すことは滅多にないと伝えると跳んで喜んでいた。
「むうー、そうだけどー……」
響弥は不満そうに唇を尖らせる。それはそれ、これはこれじゃん? とでも言いたそうだ。
だが、彼は
手を繋ぐ、昼休みを過ごす、一緒に帰るなど、そのときの頼みを明かすときは必ず『いい?』と芽亜凛の都合を尋ねる。拒否すればその場は諦める。決して茉結華のように脅しをかけてくることはないのだ。
「あなたこそ、そろそろ教えてくれませんか。あの人のこと、どう思って――」
「それは外では話さない約束ーっでしょ?」
響弥は唇の前に両手の人差し指をかざし、バツマークを作った。ゴミ袋がカサカサと不快な音を立てる。
手を繋ぐ等価交換に聞き出せるかと思ったが、やはりギブアンドテイクじみたことには乗ってこない。茉結華なら釣れていたかもしれないが、響弥は妙に誠実な部分があって甘くない。
芽亜凛も響弥も、外で茉結華の話はしないようにしている。響弥が『あまり知られたくないんだ』と言うので、外で話すのは控えるという約束を交わすことになったのだ。
とは言え、前に借りた教科書類を返すために家に足を運んだとき、彼とのことを聞き出そうとしても、『本人のことは直接聞いてほしい、じゃないと怒られる』とはぐらかされてしまっている。今もこうして、頑なにその意識を教えてくれようとしない。
彼らは互いに互いの存在を認識している。その仕組みは何なのか、いつから共生しているのか……尋ねたいことはたくさんあるのに。
そして響弥は――茉結華は――誰も殺さないという約束を守ってくれている。
このまま行けば朝霧と凛は遊園地に行くはずだ。試すようで悪いが、芽亜凛は響弥を信じるしかない。
だから芽亜凛も約束は守らなければならない。そうわかっているが、毎度こうもはぐらかされると不信感は募る。
「恋人のことを知りたがるのは当然じゃないんですか」
「恋人とあれこれしたいって思うのも当然じゃない?」
「じゃあ今夜抱きます?」
C組の入口でわざと大きい声を出してやった。近くにいた生徒が一斉に振り向くが、芽亜凛の知ったことではない。
響弥はすぐさま「しーっしーっ!」と人差し指を立てた。
「おっ俺は、順序を大切にする男だから!」
芽亜凛は、はあ……とため息をつき、響弥の席にまっすぐ歩んで座った。隣の席を拝借した響弥が咳払いをひとつする。
「きょ、今日、委員会が終わったら一緒に帰りたいです!」
「……連れ込む気ですか?」
「帰るだけ! いつもどおり! 帰るだけ!」
響弥の顔は茹で上がった海老のように染まっている。どうせバス停で別れるため、用がなければ響弥の家に寄ることはないが。
「芽亜凛ちゃんってさ……そういうことはっきり言うよね……」
「別にはっきりとは言ってませんけど」
冷めているから淡々としている、その自覚はある。少なくとも今は――響弥相手に燃え盛ることはない。
恋慕の情なんて蕾のまま、とっくのとうに枯れてしまっている。
「あ、委員会ってどこに入った? 俺はね――」
「保健委員ですよね。私は風紀委員に入りました」
「……俺話したっけ?」
覚えてないんですか? と意地悪な返しをしようとして、芽亜凛はやめた。自分の心の傷を抉るような気がしたからだ。
今日は六月十二日。毎月第三水曜日は委員会がある。月曜日の時点で芽亜凛はE組で三人目の風紀委員になった。
「風紀委員ってことは、渉と同じかぁ」
なりたくて風紀委員になったわけじゃない。はじめから空いている枠が風紀委員しかないのだ。
担任の
「そろそろ戻ります。放課後、廊下で会いましょう」
「あ、うん! 気をつけて」
教室に戻るだけだというのに大げさだ。送っていくよと言われなくなっただけ進歩だが、事あるごとに付いてこようとする姿はまるでストーカーなのでやめてほしい、と芽亜凛は思う。恋人のことをストーカーと例えてしまうのは気持ちが離れきっているからか。
D組前に差し掛かると、E組から千里が後ろ歩きで出てくるところだった。「またねー」と手を振る目線の先には、きっと凛がいるのだろう。
芽亜凛は気づいていないふりをしてすれ違おうとした。だが、
「あ。あのっ……芽亜凛さん!」
呼び止められて、視線が交差する。千里は胸の前で握り拳を作り、ファイトのジェスチャーを取った。
「わ、わたしは応援してるからね……!」
何の話かわからない芽亜凛は目を白黒させたが、千里はぱたぱたと上履きを鳴らしながら走り去っていった。
教室に凛はいなかった。千里はいったい、誰と話していたのだろう。
デッドラインを越えた彼女のことを、芽亜凛はまだ知り得ていない。
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