第一話
欠席の転校生
「
「俺ずっと気になってんだよねぇ、モテて止まないハギタクの好きなタイプ」
「向葉が言うと嫌味に聞こえるなぁ……先週も告られてただろ」
「連絡先聞かれて、断ったら泣かれた。あーいうの面倒だしさぁ、一緒に彼女作っちゃわね?」
向葉はアプリゲームをいじる親指をぐるぐると動かして言った。「人の心ないなぁ……」と萩野が言うと、スマホから肯定するかのように甲高い効果音が鳴った。
「あ、また負けた。一位がケタチなんだよねー」
このASとかいう奴、と向葉は愚痴をこぼして画面を睨む。このままゲームを続けるようなら、萩野もこの話は広げないでおこうと思っていたが、向葉はよほど興味があるのか――単に飽きたという可能性もあるが――スマホを胸ポケットにしまった。
(好きなタイプか……)
萩野は売店の牛乳を飲みきって言う。
「そういう向葉はどんな子が好み?」
「パリッとサクッとしっとりしてる子」
そう言って向葉はどこから取り出したのか、棒付きキャンディの包装を剥ぎ取った。彼の髪色にそっくりな、イエローとピンクが五分五分に練られたキャンディがあらわになる。萩野は抑揚なく言った。
「……それ、菓子だろ?」
「そう。女子じゃなくて菓子」
「菓子持ってる子ならこのクラスにもいるだろ。……
最後の部分は内緒話をするみたいに小声で口にする。瀬川もよく棒付きキャンディをしゃぶっているし、常に菓子を持ち歩いている印象がある。彼女も確か陸上部員だったか、男女分かれているとは言え、向葉と同じ。見た目が派手な点も似ていると思うが――
「んー、俺うるさい女子嫌いなんだよね。イタい奴も無理。あー、彼女作ったらバレンタインチョコ減っちゃうか。やっぱやめた」
彼の早すぎる手のひら返しに萩野は苦笑いした。今の話を女子たちに聞かせてやれば、今年度貰えるチョコレートが半減するだろうに。
向葉総司と話すようになったのは一年の後期――中庭でダブル告白を受けたのがきっかけだった。一人は萩野に、もう一人は向葉に思いを告げて、二人して断ったのだ。相手が去ってからついたため息が被ったことまで萩野は鮮明に覚えている。それからというもの、顔を合わせると話し込んだり連絡を取り合ったりしていたが、今みたいに昼食を共にするのは、今年同じクラスになってからだ。彼は別に女嫌いではないが、曰く男子とつるんでいたほうが楽しいようで、髪を染めたのも女子避けのためだと言っていた。効果があったかは不明である。
お互いやけに女子にモテる――これは決して嫌味ではない――という理由で、友情が芽生えることもあるのだ。ちなみに向葉は甘党というわけではないため、ビターチョコでも喜んで食う。
「じゃなくてさー、萩野は? E組だったら誰とかあんの? もしかして――
「――」
左の視界で、跳ね返った黒髪がぴくりと動いた。耳打ちされたもう一人がこちらを振り向く。
会話はきっと、『なあ
萩野はそちらを見ないように「ないないない! それは違うから!」と声量を上げて、ついでに顔の前で手を振るジェスチャーも足した。左斜め前からの視線はまだ感じる。
「じゃあタイプは? ヒントちょーだい」
向葉はキャンディを萩野に指し、前のめりになって訊く。萩野は右側に目線を向けつつ、「……優しい奴かな」と無難だが正直に答えた。
「は、それだけ?」
「あと睫毛が長い」
「あはは、わっかんねー」
淡白に笑うと向葉は再びスマホをいじりはじめた。追及が来る前に萩野はゴミを持って席を立つ。左側の視線はとっくに失せていた。
(好きなタイプというか、好きな人くらい俺にもいるよ)
――言えないけどさ。
窓際の一番後ろ――
「くううぅ……! 転校生ちゃん見たかったなぁ、風邪なら仕方ないかあ」
「はいはい、残念だったな」
六月三日月曜日。今日は
こんな時期に転校してくるのは、何か複雑な事情をはらんでいるからだ。それは家庭の問題だったり個人の考えだったりと様々ではあるが、夏休みまでの二ヶ月間でクラスに溶け込めるようにという、教師なりの配慮もあるはず。萩野も、できれば仲良くなりたいと思っていた矢先の欠席で、少し残念に思った。
「明日には来るんじゃねえの」と渉が口にする。萩野もそうであってほしいと願った。
「萩野はいるか?」
廊下から呼んだのは、担任の
「今日の帰りに、行ってほしい場所がある」
「…………はい?」
石橋から渡されたのは一人分のプリントだった。印刷された証明写真の横には、名前と生年月日と住所が書かれている。
「放課後、ノートのコピーを届けてやってくれないか」
「ああ、それなら、はい」
萩野は軽く了承した。月曜日は部活動も早めに切り上げられるため、向かうにはちょうどいいだろう。プリントには、ご丁寧に地図も貼付されており、藤北専用バスを使えば迷うこともない。
記載された名は、
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