悪い悪い、用事で

 藤ヶ咲ふじがさき北高校は都内に所在する公立高等学校である。元々進学校として知名度が高く、芸能人や政治家および著名人の卒業生も少なくない。

 そんな藤北は今、別のことでも名が知れている。三件の連続生徒行方不明事件、校内に届けられた不審物騒動。いずれもテレビニュースで報じられ、ワイドショーをも賑わしていることだった。


 時刻は午後一時、昼休みの真っ最中である藤北の廊下を、一人の少年が口笛を吹きながら悠々と歩いていく。

 少年の容姿は、身長百七十センチ前半、体格は痩せ型。艷やかな黒髪をアイロンとワックスで外側に跳ね返らせ、耳にはイヤーカフを付けている。衣替えを済ませたカッターシャツの袖を肘まで巻いて上げた、一見不真面目そうな生徒であった。

 昇降口に差し掛かるまで口笛を吹いていた彼は、誰もいないことを知ると途端、唇をつぐんでやめてしまう。そして廊下の左右を見て、人が来ないことを確認すると、二年E組のシューズロッカーへと駆けていった。


 少年は、薄地のスラックスからハンカチとチャック付きポリ袋を取り出した。透明のポリ袋のなかには、一枚の紙切れがふたつ折りにされて入っている。シューズロッカーを開け、なかにその紙切れを入れた。がつかぬよう、ハンカチを握った手ですべて行う。最後にロッカーを閉めるときもだ。

 再び口笛を吹き、少年は何事もなかったかのように昇降口を去っていく。

 閉められたロッカーの番号プレートは二十八番であった。




 二年C組の教室に入ると、一番奥の席にいる男子二人が同時に彼を見る。


「おっせえよ響弥きょうやぁ」


 そう言ったのは中肉中背の男子生徒、清水しみずはやと。その隣にいる細身の男子は林原はやしばらごう。二人とも二年C組の生徒だ。

 軽い謝罪を述べながら、自分たちでくっつけ合った席へと着く。


「悪い悪い、用事で。でかいのしてた」

「ちょっ、僕チョコパン食べてるのに!」

「ぷっはははははっ!」


 購買のパンを頬張っていたゴウを見て、清水が盛大に笑う。揃っているのは彼らと自分と――その隣は空席だった。


「――柿沼かきぬまは? 来てない?」


 空席はE組の、柿沼慎二しんじのものである。

 清水とゴウは顔を見合わせて眉をひねった。


「あー……どうする、呼びに行く?」

「メールじゃ『もう俺と関わるな』なんて言ってたけど……」

「E組は大変そうよな……」


 うん……とゴウが弱々しく頷いた。

 二年E組でクラス会議が行われたのは、今日の午前のことである。議題は、藤ヶ咲北高校二年E組にまつわるオカルト、『呪い人』について。会議の噂が広まったのは、E組の誰かが愚痴っていたせいである。

 なんでも、とあるオカルト雑誌が原因でこんな会議が開かれたとか。雑誌の内容には呪い人が含まれていて、それを読んだ親か住人らが、学校にクレーム電話をかけたとか――


「柿沼はああ見えて結構不安定なところあるから、今は……そっとしといてやるか」


 彼のことを考えて提案してみると、清水とゴウは深く頷き同意した。


「響弥もさ……あんまり一人で抱え込むなよ?」

「へ?」

「そうそ、たまぁに出てるもんねぇ。愛しのダーリンはどこぉーって、顔に」

「今も出てる?」

「出てる出てる」


 口を揃えて言う二人に、少年は物憂げに微笑した。


「……って、お前らも少しは寂しがれよ!」

「いやいやいや、俺らまで顔に出すと誰が雰囲気盛り上げるんよ! キノコ生えちまうよ!」

「まあ渉は鬼だし? ゴリラだし? 怪物だし? 僕は正直心配無用と見るね」

「それ本人に言ったら殴られっぞ……」

「ははん、今なら喜んで殴られるし、業界ではご褒美だからね!」

「何だよそれ意味わかんねえー」


 清水とゴウは場の雰囲気を読んでけらけらと笑う。彼らとて寂しい気持ちは同じだろうに。行方不明の親友を憂う自分に、温かい言葉をかけてくれる、優しい友人たちだ。

 望月渉。

 ただ一人の親友。大切な親友。

 彼と早く再会できることを、少年は心から願っている。

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