第十一話
通報を受けて
一一〇番をしたのは高校生――そう聞いて、本部にいた
『切断された頭部が学生鞄に入っている』
発見者は
無線を受けた機動捜査隊により、鞄の確認と学生たちへの手短な事情聴取はすでに行われていた。
鞄の中身は十代とみられる女性の頭部と、壊れたスマートフォンが一台。付近の木に掛けられていたという傘の先端部分は血液が付着しており、おそらくこれが凶器のひとつとみられる。スマホは裸のまま入れられており、発見された時には血まみれの状態であったが、それ以前に何らかの液体をかけられて破壊された模様。
これらの遺留品は、今までの捜査と現場の状況からして――子供らに訊くまでもなく――被害者の少女の物であると断定された。遺留品はすべて鑑識に回される予定だ。
身元確認と頭部以外の捜索は、すぐに開始された。遺体は先月はじめに行方不明となった女子高生。警察がしていた行方不明捜査は、すべて空振りに終わった。
発見者である三人の高校生には、これから警察署にて話を伺う。
みな憔悴しきった様子で――特に女の子は酷くショックを受けており、現場に居合わせた際には問いかけにも応じなかったらしい。
長海はそのうちの一人――通報してきた男子学生の顔を知っていたので、そちらの聴取に立ち会う。もう一人の男子には刑事の
昼食もまだらしい三人には弁当が配給されたが、誰も手を付けることなく聴取の時間を迎える。長海は署の一室、ブラインドが下ろされた小さな会議室で話を聞くことになった。ほかの二人も同じように別室で聴取が取られることだ。
「藤ヶ咲……北高校、二年の……
少年は椅子に深く座り、目線を下げたまま言った。暗い表情は疲労によるものか、緊張はしていないように見える。
「望月くん。以前きみとはお話したことがあるんだが、覚えてるかい?」
「…………ああ、廊下で」
渉は長海の顔を見てぼんやりと呟いた。
長海は頷き、「つらいとは思うけど、お話を聞かせてくれると助かるんだ」
少年は小さく顎を引いた。
長海の斜め後ろには、記入役としてもう一人捜査員が、別の席でノートパソコンを開いている。風田たちは一対一で聴取しているかもしれないが、長海はタイピングが得意ではないため、こういった形を取っている。
自分も懐から手帳を取り出して、ペンを構えた。
「では、発見に至った経緯を教えてもらえるかな? きみたちはどうしてあんな時間に公園に?」
「……俺じゃ、ないです」
渉は顔を歪めて言った。
「
「
「はい……目印に、白い傘って、書かれてました」
まだ整理がついていないのだろう、渉はしどろもどろに言って両腕をさすった。
凛と言うのは三人のうちの女子生徒、
「そうか、きみらの高校はテスト期間だったな……。わかった。そのメールについてはこちらで確認しておこう。――どうして警察に、すぐに連絡をしなかった?」
「……時間がなかったから」
「……、……そうか」
――会えると思ったんだろう。
もし長海が同じ立場なら、自分も警察に言う前に動いていたかもしれない。
彼らは、少女が生きていると最後まで信じていたんだ。信じていたのに――犯人はこんな子供の心を弄んだ。なんて奴だ、許せないと、長海は顔をしかめた。
「あの……これ」
渉はスラックスのポケットからスマホを取り出してみせた。目線をこちらとスマホとで行き来させて、素早く画面を操作し、長海へと差し出す。
「俺の、スマホです……これ、千里さんから……」
「――少し見させてもらうよ」
彼が見せてきたのは、少女とのトーク画面。彼も少女からメッセージを受け取っていたようだ。
――内容は不信感を煽るもので、何より、死亡している時間に送信がされている。時刻としては遺体発見の前後だろう。
「スクリーンショットを撮らせてもらってもいいかな? 画像をこちらに送りたい」
渉の了承を得て長海は席を立つと、記入役員のほうにスマホを持っていく。ケーブルを用いてパソコンと繋ぎ、スクショした画像をコピーして移した。
席に戻った長海がスマホを返すと、渉は不安そうに口を開いた。
「ブロックしたほうが、いいんですかね……」
「そうだね……犯人が千里さんのアカウントと連携しているとすれば、また新たにメッセージが送られてくる可能性はある。でも大丈夫だ。そのときはすぐに警察に連絡し、対処に応じよう。――犯人に、何か心当たりはある?」
渉は余白なく『いいえ』と首を振ったが、
「犯人は……俺たちを知ってる奴です。あの時……きっとどこかに、犯人はいた。じゃなきゃあんなメール……」
口にするうちに少年の顔色が変わる。怯えや嫌悪感より、怒りの感情に近いものが見て取れた。
「……防犯カメラに、映ってないんですか? 何か、手がかりは……」
「うん、現場の捜査員が近くの防犯カメラをすべて調べ上げたが、映っていたのは、周辺をパトロールしていた覆面パトカーのみだ」
「そうですか……」
近場の防犯カメラは数が少ない上、人通りもない。何か映っていれば目立つはずだが、唯一行き交ったのは周辺をパトロールしていた覆面パトカーのみ――警察の目を掻い潜っての犯行だ。
これからの捜査は目撃者情報とその聞き込み、指紋や足跡の解析および科学捜査が重視されることだろう。
「前にきみが言っていた、女の子。あれから何か変化はあった?」
長海はふと思い出したように――軽い気持ちで尋ねる。
何か少年らしいユニークな話が聞けると思ったのだが、渉は予想に反して鋭い目つきでこちらを見た。
「……友達が死んでも、顔色ひとつ変えませんよ」
そして不貞腐れたようにそっぽを向くと、
「それに、最近はあまり、話してないので……よくわかりません」
三人の聴取が終わった後――生徒の保護者と学校の担任教師らが呼び出され、事情説明が行われた。警察署に来たのは望月渉の母親と百井凛の母と姉。高校からは担任教師二名と教頭先生が応じた。
神永響弥は親を呼ばれることを強く拒否した。仕事が忙しいらしく、面倒かけられないのだと言う。すみませんと謝罪を口にする少年は、その瞳に隠しきれない寂しさを滲ませていた。
帰宅が許可される頃には、夕方になっていた。
「お世話になりました」と保護者らが頭を下げるなか、長海が聴取した少年――渉は、母親の傍らから心配そうに何かを見ていた。
辿った視線の先にいたのは、保護者のいない少年――響弥だ。
響弥は隅のほうで巡査と話をしており、必死に首を振っている。何を揉めているのかと思い、長海はそちらに近付いた。
「一人で帰れます」
「でも危ないし……」
「一人で帰れます」
少年の顔色は当初から一向によくなっておらず、一人で帰れますの一点張り。親に面倒をかけられないと言っていたけれど――こんな時くらい、子供を支えてやるのが大人であり親の役目だろうと長海は思ってしまう。
「俺が送っていこう」
そう、長海の背後から言ったのは風田だった。刑事自ら申し出るなんてと、長海は目を丸くしたが、見ていられないと思ったのだろう。響弥は口をつぐんで、抵抗するのを諦めたようだった。
帰っていく少年らを見送ってから、長海たち刑事は捜査の続きへと向かう。
署内に置いてあるテレビでは殺人事件として、すでにニュースが報じられていた。
被害者は近場の高校に通っていた女子高生。松葉千里。
画面の向こう側からは「これも呪いのせいですかね」という声が上がっていた。
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