√4 監禁編

プロローグ

二周目

 薄暗い部屋のなか、畳の上にただ一人。

 耳を澄ましても物音ひとつ聞こえないその部屋で、私は鼻呼吸を続けていた。

 足首は粘着テープでぐるぐる巻きにされていて、後ろに回された両手首も同じように、テープで拘束されている。手足とも引き抜くことはできず、藻掻けば藻掻くほど、その締め付けは強くなった。

 気持ち悪い……。

 部屋の温度、空気、口元に貼られているガムテープ――気分共々、すべてが気持ち悪くて堪らない。


 なぜ拘束されているのか――そんなことは私が一番聞きたい。

 もちろん抵抗した、抗った。閉め切られた戸に何度も何度も身体をぶつけた。けれどいくら暴れようとも、この状況が変わることはなかった。

 あれから、もう二時間は経っている。抵抗する気力も体力も最早ないに等しかった。

 いつまでこうしていればいい? あとどれだけ待てば、私は――――

 しかし、静寂は途端に壊された。

 足音。軋む床の音。

 あの人が、来る。


「お待たせ」


 低い声がして、無造作に開かれた戸から、その人は顔を出していた。

 揺れる髪の色は、白。


「トイレ我慢してる?」


 問いかけながら、こちらに近付く。その右手には、剥き出しのナイフが握られていた。

 それ以上近付くなという本能的な意思で、私は膝を折って縮こまる。そうして目を合わさずにしていると、その人は何のためらいもなくこちらに刃物を向けた。目と鼻の先でナイフがギラついた。


「返事は?」

「……っ……うぅっ……」


 私はぶるぶると首を横に振った。それでも向けられたナイフは引っ込むことはなく狙いを定めている。


「ふーん……まあどっちでもいいか、ああーでも先に出してもらったほうがいいかなあ……」


 空いているほうの手で頭を掻き、悩ましそうにぼやいて、そして――持っていたナイフをおもむろに、私のスカートに突き立てた。


「んううっ! う……うぅ……」


 あまりの恐怖に喉の奥から悲鳴が漏れる。

 ナイフは膝の隙間に入り込み、そのまま下へと滑らされて、スカートがふたつに切り裂かれた。下着が見えそうになるけれど、私は膝を折ったまま、身動きが取れずにいる。

 怖い。怖い……怖い――! 助けて……誰か、助けて――

 ナイフの先端は脚をなぞっていき、黒のタイツがまるで口を開けるかのように肌色を広げていった。


「うわー……エッロ。普段からこうしとけば、少しは色気出るんじゃない?」


 開いた穴に刃先を入れられて、ぐいぐいと引っ張られる。下品な言葉を並べられ、屈辱的な行為を受け、身体の震えは止まることを知らない。

 顔を背けて耐えていると、この――犯罪者は、ナイフをくるくると回して手中に収めた。そのままポケットにしまわれていくのを目にして、少しの安心感を覚える。けれど、


「――っ!」


 安堵に浸る間もなく、鼻をギュッとつままれた。唯一頼れる呼吸器が塞がれて、当然ながら息ができなくなる。首を振って抵抗してみても、鼻は痛いほどつままれたまま。そしてもう一方の手では、腹から胸元を撫で上げられる。


「犯してあげようか」


 耳元で囁かれた声に、私は甲高く喉を鳴らした。

 痛い、苦しい、苦しい……。意識が、遠のく――このまま、殺されて――


「なーんて、しないけど」

「っ! ……ふっ……、っ……! ぅ……っ」


 パッと両手を離されて、死に物狂いで空気を吸い込んだ。

 身体をいじられる感触はなくなったが、まだ呼吸が乱れているなか――代わりに顎を掴まれた。


「対象者になられると困るんだよね。私にとってそれはりんちゃんだからさぁ、ヒロインは二人もいらないんだよ――響弥きょうやには悪いけどね」

「…………」


 犯罪者の言葉など理解できるはずもなく、私は相手を睨みつけることしかできない。目には涙が溜まっていた。


「いいこと考えちゃった!」


 突然、視界に広がったのは無邪気な笑顔。その素顔は子供みたいで――悪魔のような微笑だ。


「お土産だよお土産。ふふっ……自慢しちゃおうかな――」


 なおもわけのわからないことを口にしながら、悪魔は顔を近付ける。次の瞬間、何をされたのか考える間もなく、私の喉奥は再び悲鳴を上げていた。

 ――髪が、鼻が、顔に触れる。粘着テープの上から貪られるその感触は、まるで虫が這っているようだった。

 息が苦しい……気持ちが悪い。別のことに意識を移そうとしても、喉の奥はわななく一方で――全身が痙攣しているかのように震えてやまない。……頭がおかしくなりそうだ。

 ――散々ぐちゃぐちゃにされた後、ようやく視界が明るくなる。


「苦い」


 最後に聞けたのはそんな言葉だった。

 私の意識は、腹部に走った鋭い痛みと共に――深い闇へと落ちていく。

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