被害者リスト
「芽亜凛ちゃん、図書室にいたんだ……?」
歩み寄った凛の問いにも反応せず、芽亜凛はテーブルの上に視線を落としている。机上にはノートと参考書が広げられており、誰がどう見ても勉強しているふうにしか見えない。
渉は上から覗き見るようにして彼女に近付いた。
「テスト勉強か?」
「見てのとおり」
「……帰ってしたらどうだ?」
などと意地の悪いことを言うと、案の定、凛に素早く睨まれた。が、渉は気づかぬふりをする。
芽亜凛は走らせていたペンを止めて、キッと顔を上げた。
「そんなこと、言われる筋合いありません」
いつものような冷めた様子ではなく、熱を持った怒りの声だった。
なんでそんなに怒ってんだよ。と渉は思ったが、すべての非は自分にあるので、目を泳がすだけで終わりとなる。
「あのね、私たちE組の――呪い人について調べに来たの」
(おい……)
余計なこと言うなよ、と渉は目を細める。
しかし芽亜凛は、「そう」とだけ答えて、ノートとの睨めっこを再開した。興味を示した様子もまるでなかった。
「じゃ、邪魔しないようにするね……!」と、凛が最後にかけた言葉にも無反応だった。
(何だか冷たくないか……?)
渉は首をひねりつつ、芽亜凛とは離れた場所の長テーブルへと向かう。カウンターには司書の先生もおらず、ほかの生徒の気配もない。図書室内は、三人だけだ。
鞄を下ろしながら渉は凛に尋ねる。「いいの?」
凛は静かに反応した。「……何が?」
「いや、その……」
「渉くんこそ、すぐ突っかかる」
こちらの考えなど凛にはお見通しのようだ。
渉は凛に連れられて、隅の棚のほうへと向かった。奥のほうには、色褪せてしまった古い本や、誰も読まなそうな英文学などが揃っている。
「どれが資料?」
「んー、これかな……?」
凛は一番下の段に羅列する紺色のクリアファイル、そのうちのひとつを抜き取る。表の紙にはマジックペンで『二〇〇〇年』と書かれている。
めくられたファイルのポケットに収納されていたのは、
「新聞の切り抜きか……!」渉は目を丸めた。
「西暦二〇〇〇年……適当に取っちゃったけど、結構――いるね……」
何枚かの切り抜きは、事件性のあるものばかりで、犠牲者の顔写真や名前が集められていた。犠牲者の数は、ざっと数えて八名。
事故死、行方不明、死体遺棄、自殺。呪われた学校、呪われた生徒――呪い人。
切り抜き部分にあるそんな文字が――見出しであったり、タイトルであったりと事件の規模を主張している。
(これ全部、今までの……?)
よく集めたものだ、と思った。渉はしゃがみこんで棚の下段に目をやる。そして一番隅にある、黒のフラットファイルを抜き取った。
なかを開くと、横書きに入力された細かな文字が飛び込んできた。
「凛、これ、今までの卒業生が載ってる」
渉が手にしたのは藤北の、今までの二年生の名簿だった。アルバムではないので顔写真は載っておらず、個人情報などもない。ただ名前だけが、二年生の時のクラス名簿としてずらりと載っている。
「じゃあそれと照らし合わせる?」
渉と凛はファイルを棚からごっそり抜き取って机に運んだ。崩れてしまわぬよう、表と裏を交互にして積む。
「災厄が途切れたのが十年前だから、二〇〇九年……二〇〇九年……」
凛が置かれたファイルの表紙を確認していく。渉はそれに合わせて名簿をめくった。
二〇〇九年の二年生のクラスは、E組まであった。――出席番号一番、金古流星……出席番号二番、近藤……。
印刷されたプリントは綺麗な状態である。メモや落書きなどは見られない。
「少年一名が負傷」
新聞の切り抜きを見て、凛が言った。
「それ以外は特に何も、書いてないみたい。本当になくなってるんだね……」
凛はファイルを傾けて、切り抜きを渉に見せた。
まずはじめに目に付いたのは『呪い消滅か!?』という見出し。凛の言うとおり、ほかに目立った切り抜きはない。負傷した少年についても、顔や名前は載せられていなかった。
「……おかしい」
名簿を睨みながら、渉は呟いた。凛は「何が?」と聞き返す。
「E組だよ。……E組がある」
「え? そりゃ……あるでしょ」
「俺は、オカルトがなくなったのはクラスが減ったからだと思ってたんだ。なのに二〇〇九年、E組は存在している」
凛は目を丸くして、「確かに……E組がないなら何も起きないし、E組があるのに、なくなった……?」
渉は名簿をぱらぱらとめくった。
以前、姉の
だから十年の間、呪い人がなくなっていたのは、E組のクラスそのものがなかったせいだと思っていた。
しかしだ。考えてみれば、十年間D組までと言うほうが難しい。今まで五クラス以上あったことを踏まえればなおさら。
「二〇〇九年だけじゃない。その次も、その次の年も、E組までクラスがある。――ないのは二〇一五年と……二〇一八年……。十年の間で――E組がないのはこの二年だけらしい」
E組まである年は何度もあった。しかし災厄は起きていない。なかった間がずっとD組までだったのなら、クラス数のせいにもできたろうにと、渉は頭を悩ませる。
凛は積まれたファイルの表紙を一つひとつ見ていった。
「ファイルも二〇一三年までしかないし、それ以降は新聞に取り上げられることもなくなったんだね」
「前に
「ちょっと待ってね」
凛は二〇〇八年のファイルを手に取る。渉も隣から覗き込んだ。
「……三件。交通事故と、自殺がふたつ……被害者の名前は――」
上げられた名前を名簿で確認していく。全員藤北の生徒で、全員――
「……E組の生徒だ」
「覚悟はしてたけど……嫌だね、こういう話は」
渉は、うん、と同意した。
それから遡って、二〇〇七年から二〇〇五年の被害者数も見ていく。二〇〇六年と二〇〇七年は四名。二〇〇五年は――
「この年、F組だ」
「E組じゃない?」
「E組がない。E組の代わりにF組がある」
呪い人というフレーズが新聞に上げられていたのが二〇〇〇年。とすれば、学校側はクレーム対策でもしたのだろうか。対策としての、F組。
だが二〇〇五年の被害者数は九名で、ほとんどが二年F組の生徒だった。それと、生徒と同じ苗字の大人や、もっと幼い子――つまり、家族。
この異常な犠牲者数、確かに呪いと言われても仕方がないレベルではある。これだけ話題になっているのなら、いつ廃校になってもおかしくないと思うが――
今度は二〇一〇年から二〇一三年。犠牲者がないであろう残りのファイルを見てみる。
「渉くん……!」
二〇一三年のファイルを見ていた凛が途端、声を上げた。
「ここ、最後の記事」
指をさしたのは、中タイトル――『教師自殺。正体は暴力教師だった?』という文面。
渉は凛からファイルを受け取った。
記事は二〇一三年、藤ヶ咲北高校で教師を務めていた男が、その夜車内で練炭自殺を図ったというものだった。暴力教師という件については、生徒八名の証言が元となっている。その生徒はみな、重軽傷を負っていた。死亡者はその教師のみであり、余罪の追及は困難であるとされて記事は終わっている。
六年前――そんな近々にあった事件。都内ではニュースになったはずだが、新聞記事の大きさからして、全国的ではないだろう。
(
と思ったが、さすがにこじつけがましいか、とかぶりを振った。
調査に没頭していると、図書室の扉がガラリと開いた。入ってきたのは国語教師、
「あなたたち何してんの。早く帰りなさい」
植田はこちらと芽亜凛とを交互に見るなり、億劫そうな声を放つ。
「あーすんごい散らかしてー、もうー。ちゃんと片付けてね?」
「すみません、俺たち調べ物をしてて……」
「なぁに、調べ物って――」
歩み寄り、机の上のファイルを見た植田は、大きく目を見開いた。震える瞳を渉、凛、芽亜凛に順に向けていく。
「あなたたち、二年E組……?」
「はい、そうです」
凛が答えると植田は、気味が悪そうに表情を歪ませ、後ずさるようにして図書室を出ていった。顔色は真っ青だった。
「…………」
渉と凛は顔を見合わせて、口をつぐむ。まさか教師からそんな目で見られるとは思わなかった。
一方、テスト勉強を続けていた芽亜凛はそそくさと帰る準備をはじめた。
時刻は昼過ぎである。まだ調べたいことはたくさんあるけれど、今日はここまでのようだ。
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