第十話
調査開始
会議室は烈々な空気に満ち溢れ、ベテラン刑事が多くを占めるなか、
会議は
「調査では、女子生徒の死因は失血死ではなく刃物による心臓部分への直接的な刺殺と断定。ほか数箇所の殺傷痕はその後付けられたものであり、かなり怨恨深い犯行と思われます。少年の死因は頭部への打撲で、こちらも損傷が激しいことから……」
起立をしている中年の刑事が調査報告をし終えた。長海は手元の資料と手帳を見比べつつ、その報告を真剣な面持ちでメモしている。
「次ーっ、
朱野に指名されて、風田というベテラン刑事が返事と共に起立する。長海の所属する第五係の班長でもある彼は、手帳を片手に眼鏡を上げてから報告をはじめた。
「鑑識と監察医の死体検案によると、少女に使用された凶器は刃渡り十センチほどのナイフ。一方少年の遺体は、左手首は鋸のような刃物で切断。両足の骨は砕けきっていることから、事件で使用された凶器は少なくとも三種類以上と見られます」
少年の遺体はすでに一部腐敗が進んでいた。なのに発見された直後の死亡推定時刻は六時間から七時間であるとされ、犯人によって生かされていたのだろうと鑑識は言う。損傷の時期は不明であり、司法解剖をしなければわからないとされた。
そのあまりに無残な状態からして、怨恨犯の可能性は濃厚であると方針付けされたが――
「次、長海」
「……っ、はい!」
胃液が込み上げるのを耐え、長海は椅子を引いて立ち上がる。ゴクリと唾を飲み、喉を湿らせてから調査報告を述べた。
「腕時計ショップ、オズにて朝霧修の写真を確認してもらったところ、購入者はこの少年で間違いないようです。少年は一年前から家に帰っておらず、家族が何の関与もしていないことから、単独で金銭のやり取りをしていた模様。――同校の生徒数名に聞き込みをしましたが、日常的に善意溢れる人格の持ち主で、危険な行いは考えられないとの声がほとんどでした」
「善意のある人間だから、危ないことに巻き込まれてんだろうがっ!」
朱野は抑揚をつけて言うと、最後には怒鳴り散らした。長テーブルを叩く音が室内に響き渡った。長海は目を泳がせる。
「っ……すみません」
「もういい、座れ。次――」
朱野の辛辣な態度は変わることなく、長海は静かに席についた。息苦しさを感じてネクタイを少し緩める。隣に座っている先輩刑事から「ドンマイドンマイ」と言われても、長海は唇を噛み締め続けた。
まだ手こずっている防犯カメラの早急な解析と、各班には地取り捜査が言い渡された。また、連続殺人の可能性を考慮し、同校周辺のパトロールの強化。そしてもう一人の行方不明者――
会議終了後。刑事が続々と部屋を出るなか、長海は深く椅子に腰掛けたまま動けなかった。「ふうー……」と細い息を吐き、やらかしてしまったことを悔やむ。すると、
「何を落ち込んでいるんだ?」
頭上に降ってきた声に長海は視線を向ける。上司の風田だった。
「朱野警部のキレっぽさは相変わらずだな」と風田は肩をすくめる。
「俺が悪いんです、もっと調査しないと……」
「そうだな」
風田は冗談混じりに鼻を鳴らし、いつもは険しいはずの表情を、今だけは和らげた。励まされていると気づいた長海は、反芻するように深く頷いた。
「オカルトか……」風田はぼそりと言った。
「え?」と長海は反応する。
「こういう事件を得意としている変人がいてな。お前さんより若い刑事だ」
――オカルトに特化した刑事?
おそらく会ったことのないタイプである。風田のような硬派な刑事から、オカルトなどという単語が出るとは意外であったし、そんな彼がわざわざ挙げるような人物。長海は想像ができずに、「は、はあ」と曖昧な返事をした。
「長海ぃ! 行くぞ!」
「あ――はいっ!」
朱野警部が入り口で顔を覗かせていた。置いて行かれなかっただけマシと考えるべきか、それともそれは朱野の優しさだったのか。
未熟な生真面目刑事は上司と会議室を出ると、警部に続いて捜査へと向かった。
* * *
返信するか、しないべきか。
スマホ画面にはあのメッセージが映し出されている。
――ワタルクンニアイタイ。
ふざけた文章だと思っていた。気持ち悪いし、頭の悪い奴が打ったものだとばかり……。
しかし違っていた。この怪文書――暗号文を送ってきた『M』は渉に気づかせるために、支離滅裂を承知の文を仕立ててきたのだ。
――会いたいって何だよ。
Mがイニシャルの人間なんて、ごまんといる。例えば自分自身、望月渉。幼馴染の
だが渉をくん付けする人間は限られてくる。それこそ、知り合いじゃ凛と千里くらいだ。だが行方不明であるはずの千里が送っているなんてありえない。
よってこのイニシャルMは渉の知り合いではない――そう考えるのが妥当のはずだ……。
(…………)
もし返信するとしたら、こちらも暗号文にして返すのがいいだろう。漢字の部首を使って――支離滅裂な文章に仕上げて。
(『お前は誰だ』としか言いようがねえよ……)
こちらは相手を知らないのに、相手はこちらを知っている。酷く不気味なものである。思い当たる節は『便利屋望月』として駆り出されている部活動くらい。くん付けを考慮するなら、相手は先輩か? 考えても該当者が浮かばない。
しかし暗号に気づいてしまった以上、放っておくわけにもいかず、今こうして悩んでいる。
(お前は誰だ……いや、誰ですかのほうがいいか。となると漢字の部首は……)
「……るくん、――渉くん」
ねえ! という声に「おわ――!」驚きそちらに目をやると、「り、凛!」
幼馴染が傍らに立ち、渉をじっと見つめていた。
「やっと反応した」
凛は眉尻を下げて言う。
いつの間にか帰りのホームルームが終了していたようだ。画面と睨めっこしすぎて、凛に呼ばれていたことさえ気づかなかった。
渉はスマホ画面を消した。
「おぉ……ごめん。な、何?」
「帰る前に図書室行こうと思って。よかったら、渉くんもどう?」
「ああ、うん。いいけど……」
返事をし、芽亜凛の席を盗み見る。凛の隣であるその席に、彼女の姿はない。
「どうかした?」
「んっ――いや、別に」
渉は目をしばたたかせた。笑顔を引っ張り出して、「なんでもない」と首を振った。
廊下で立ち話をしている生徒は、渡り通路が近づくに連れて徐々に減っていった。
「――で、なんで図書室?」通路を進みながら渉が尋ねる。「凛が図書室に行こうなんて、珍しいな」
凛は「んー」と相槌を打ち、「実は今朝、
「相談?」
凛はうんと頷いて、「E組の……呪い人について」と、上目遣いで言った。
「私たち、知らないことのほうが多いからさ……現象についてあーだこーだ言う前に、調べなきゃ駄目だと思ったんだ。もっと早く、こうするべきだったのかもしれない」
「それで図書室か」
「そう。資料がね、あるんだって」
「へえ……」
渉は小説や参考書を借りに平均程度には図書室を利用しているが、確かに呪い人について調べようとしたことはなかった。どの辺りにどの分類があるのかも大体把握しているのに。
「あ、悪い、
凛は「うん、いいよ」と答える。
親友に、一緒に帰れないと連絡するのを忘れていた。知らずに待たせてしまうのは申し訳ないため、慌ててスマホを取る。
響弥とのトーク画面には、『今日も叔母さんが迎えに来ててさ、先に帰る!』といった内容が送られてきていた。その文面に少しの寂しさを感じながら、了解と送信する。
「先に帰ってるって。響弥のほうからメールが来てた」
「物騒だからかな?」
「……どうだろうな。響弥の家は厳しそうだし」
現に今の藤北では、車で送り迎えをする親が増えている。あんな事件があったのだから、当然だ。
図書室の扉が見えてきたところで凛が言った。「明かり付いてるね」
テスト期間である四日間、委員会の仕事は休止するので図書委員はいないはずだ。期間外に堂々とサボりを決め込む委員はいたけれど。テスト勉強をしに図書室を使う生徒ももういないと思うが――
先に入った凛に続いて、渉も図書室の扉をくぐる。
(……っ!)
二人の視線の先で、静かに席についていた女子生徒が一人、顔を上げた。彼女は無感情そうな瞳をこちらに向けて、一言も発することなく顔を伏せる。
教室にいなかったはずの橘芽亜凛がそこにいた。
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