極限状態

 夕方には校長先生が、テレビで会見を開くなどして映っていた。一部の報道で言われている『オカルト』については触れられることなく、堅実な会見であった。

 亡くなった小坂めぐみの両親も、カメラの前で悲痛の叫びを上げていた。どうしてうちの子が、どうしてうちの子がと。小坂めぐみは、家族に愛されて育った子だった。

 それからというもの、親御さんに向けた緊急集会が設けられたり、渉の母も集会に行くなどして、土日は慌ただしく過ぎていった。


 七月一日、月曜日。期末テスト当日。

 本日から女子の制服も、夏服へ完全移行となる。机に汗が付くのを嫌悪して、薄地の冬服を好んでいた者も、強制的に半袖となるのだ。皮肉なことに学校の雰囲気も状況も、冷たい空気が一段階増したように思えた。


 藤ヶ咲北高校校門前生徒死体遺棄事件は、連日ニュースで報じられている。そのあまりにもショッキングな出来事から、休校が続くのではないかと示唆されていたが、学校側は大事なテスト期間のため、日数を空けることは憚られたようだ。

 校門前に設けられた長テーブルには、無数の花束が置かれていた。学校周りにはマスコミがうろついているし、警察の姿は校内でも見られる。

 ――こんな状態でテストに集中しなければならない。


 科目は――現代文、古典、数学Ⅱ、数学B、生物学、物理学、公民、外国語、保健体育科、家庭科、そのほか各自の選択科目。これらが四日間に分けられて実施される。この四日間――二年A組は特に、極限状態と言って間違いないだろう。

 朝はまず各教室で、一斉に黙祷が行われた。そのあと自習、ホームルームという流れになり、携帯電話などの私物は学生鞄にしまって廊下に並べるようにと指示がされた。


 三科目三時限――テストは黙々と進められていき、順に終了していく。みな脱力感に駆られて机に伸びており、渉から見る凛の背中も、疲労感を表していた。

 すべてのテストが終わった頃。渉は後ろのドアから廊下に出て、鞄を持って席に戻った。スマホを取り出して凛とのトーク画面を開き、『テスト一日目、お疲れ様』と送る。

 次にグループトークを開くと、清水しみずらが例の掲示板のことを話し込んでいた。渉は画面をスクロールして、過去ログに目を通した。


『やっべー、荒れてんねー』

『クレーマーの気持ちはわかる』

『でも呪いをどうにかしろって……無理では』

『教頭のハゲが加速しちゃう』

『やめろw』


 藤北のあの裏サイト――そちらで情報が集っているらしい。内容を見る限り、思いのほか『呪い人』についてのクレームが、学校に殺到しているようだった。


(インチキ番組のせいで学校側が責められてるのか……アホくさ)


 そう思いながら、掲示板を開いてみる。


 数あるスレッドのなかでも上位五つほどが賑わっているようで、コメント数が桁違いだった。そのすべてが、事件とオカルトとE組に関するものだった。渉は人知れず、ため息をついた。

 帰りのホームルームがはじまるまで休憩を――と指を滑らせて、渉は何を思ったのか、サイトページにあるメールマークをタップした。

 あのメッセージ欄が開かれる。届いているのは一件のまま。新規メッセージはない。


 タップして開いてみた。


『もう! 冗だんだよ! 夕がた先に包ちょう冷やして、二刀借りてる。きょうの夕がた仲よくかえろ? M』


 気持ち悪い文面は変わることなくそこにあって、

 ――――

 ワ、タ――


「――っ!」


 渉は口元に手を当てた。それに一度気づいてしまえば、もう目で追うことは止められない。

 ――どうして気づかなかったんだ。

 ――気づかなかったんじゃない……気づけなかった……?

 確かにあのときは体調を崩し、頭も回っていなかった。だけどこれは――簡単すぎる。


 メッセージの、漢字の部首だけを見る。

 よくある暗号の一例――もしくはそれ以下。一例にすらなっていないそれは、カタカナに当てはめることができている。読める文章は、


「渉くんに……会いたい……?」


 誰にも聞こえぬ声で、渉は呟いた。肌がざらつくのは、冷房が効きすぎているせいじゃない。

 匿名であるはずの裏サイト。

 なのに渉は、このイニシャルMに――自分の存在を把握されていたのだ。

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