朝霧

 建物の陰に隠れた凛が「無警戒だね」と言った。


「バレたら通報は覚悟しとかないとな……」

「え?」

「こっちの話だ」


 二人は朝霧ニイナを追って、学校からぐんぐん離れていった。ニイナは後ろを振り返ったりはせず、ただ早足で歩いている。方角で言えば東に向かっている様子だ。彼女の通う志智しち中学校と同じ方角である。もしかしたらニイナの家も、そちらに位置しているのかもしれない。


 三十分は歩いただろう。閑静な住宅街に入り、ニイナは急に立ち止まった。ヒヤッとして、渉と凛は動きを止める。幸いバレたわけではなさそうだ。

 フェンス越しに様子を窺うと、ニイナの目線の先から声がした。


「朝霧さんの子ですかー?」

「ちょっとお話よろしいでしょうかー!」

「……っ――!」


 後ずさるニイナを見て、身を潜めていた凛が先に飛び出した。


「わっ……あ!」


 ニイナの手を掴んで、凛がこちらに駆けてくる。塀の陰に隠れると、入れ替わるようにして、フードを被った渉がスマホをいじりつつ前に出た。

 報道陣の一人が渉に質問する。渉はきょとんとした顔で答えた。


「女の子? 小さい子ならあっちに走っていきましたよ」


 逆方向を指差して言うと、集団は踵を返してまんまと駆けていった。その一部はまだ家の前に残っている。どうやらここはニイナの家の周辺らしい。


 渉は、何事もなかったかのようにゆったり歩いてフードを外した。塀を覗き込んでやると、凛はニイナの手をしっかり握ったまま、胸を撫で下ろしていた。


「危なかったー……渉くん、グッジョブ。『小さい子』は余計だけどねー」

「そりゃどうも。……怪我はないか?」

「……ないです」


 ニイナは短く答えて、凛と一緒に立ち上がる。


「今家に戻るのはまずいよね。えーっと、ニイナちゃん、でいいんだよね? 今日学校は、お休みかな?」

「……ええ、別にいいですよ。こんなんじゃ、行けませんから」


 凛は「そっか……」と力なく答える。

 ここから志智中学校へはそう遠くない。今から準備しても遅刻にはならないだろう。だがそれは、普段ならばの話である。

 しかし、ニイナの言い方からして、最初から欠席するつもりだったようにも思える。


「飯は?」渉が尋ねるとニイナは小さな声で、「……まだ」


「俺もまだだ。奢るよ。モーニングだ」

「私財布持ってないよ?」

「……二人分奢ります」


 スリーコインは犠牲になるが、凛に奢られるよりはずっといいと渉は思った。モーニングは大抵朝の六時からはじまっているだろうし、平日の今日なら待たされる心配もないだろう。


 渉が先導する形で、三人は来た道を戻るように進んだ。向かうのは、ニイナと訪れたあの喫茶店だ。その付近を通るなかで、登校する中学生の姿が何人も見て取れた。

 渉はしまったと気づいた。あの喫茶店は志智中学校の近くなのだ。知り合いと会って、嫌な気持ちになったりしないだろうか――けれどニイナは、同じ中学の生徒を見ても気にもしていない様子で、凛と並んで歩いていた。

 ホッとしたのも束の間、凛が喫茶店を見て尋ねる。


「渉くんここ来たことあるの?」

「ああ、前に……」


 渉はニイナのほうに視線を逃がし、返事を誤魔化した。凛は「ふーん?」と相槌をし、訝しげに渉を見ていたが追及はしなかった。


 店内は予想通りに空いていた。渉は奥の席を指差す。凛はニイナの隣に座ろうとしていたけれど、彼女に手で促されて渉のほうへと着いた。


 まずはじめに、ニイナと出会った時のことを凛に軽く説明した。朝霧のことが心配で、彼女に話を聞いていたと。ニイナはその間口を挟むことなく、店員が持ってきた水に目をやっていた。

 話の合間にはモーニングセットを三つと、渉はストレートティー、凛はミルクティー、ニイナはレモンティーを頼んだ。


「ニイナちゃんって、どんな字で書くの?」


 おしぼりで手を拭きながら凛が尋ねる。


「虹と、成。虹は現象の虹。成は完成の成――育成の成。それで虹成にいなです」

「虹が成る、で虹成ちゃんかー。いい名前だね」


 その後、自然と自己紹介がはじまった。凛が名乗り、「渉くんとは同じクラスで、幼馴染なんだ」と言うと、虹成は小さく首肯した。二人の関係性をわかってもらえたようだ。

 ドリンクが届き、渉と凛がストローに口を付けるなか、虹成はお行儀よく座ったまま、


「先ほどは、ありがとうございました。おかげで……助かりました」


 テンプレートのような言葉を口にする虹成に、渉は言わせてしまっているような錯覚を覚えた。


「虹成ちゃんは、どうしてあそこに?」


 しばらくは凛に任せるとして、渉は黙っていることに専念した。

 虹成はすぐには答えず、言葉を選ぶようにゆっくりと絞り出す。


「さっきの――見ましたよね? 家の外があんなだから、裏口から出たんです。顔を押さえられてるわけじゃないし、現場を見に行っても問題にはならないかなと思ったんです」

「家の前があんなんじゃ、誰しも驚くよねぇ」


 凛はうんうんと頷いてから、気になった点を聞き返す。


「えっと、現場ってことは……?」

「今朝警察から連絡があって、兄の遺体が見つかったと。それで知りました」

「そっか……、…………」


 虹成は淡々とした口調で言うけれど、凛は唇を噛み、それ以上は続けられなかった。

 連絡を受けたときにはもう報道陣が、家の前にいたのだろう。気持ちの整理もできぬまま、虹成は家を飛び出したのだ。両親はどういう対応をしているのか――渉には想像できなかった。


「言霊ですかね」


 沈黙を破り、虹成は呟く。


「私が……あの人のこと、死んでくれればいいのに、なんて言ったから。だから」

「それは違うぞ」


 間髪入れずに否定した。それは違う、と渉は繰り返し言う。


「兄貴に対して思うことはいろいろあるかもしれない。兄妹の間で腹が立つことだってあるだろう。けど、自分のせいだなんて思うのは、お門違いってもんだよ」

「ちょっと渉くん……」


 咎める凛を遮って、渉は続けた。皮肉と捉えてもらって構わない。


「まあ、発言に注意しろって意味じゃ、言霊は正解だけどな?」


 そう言って苦笑いを浮かべてみせた。

 誰に対しても、言っていいことと悪いことはある。それが伝われば十分だった。虹成はまっすぐに見つめ返して、「……そうですね」と、少しだけ笑った。


「まったくもって、そのとおりです。非科学的なものに惑わされるなんて、どうかしてますね」


 虹成は渉から視線を外し、先ほどまでとは違う強い口調で凛を呼ぶ。


「百井先輩」

「ん、うん! 何?」

「気を遣っていただいてるのはすごくわかるんですけど、私、これっぽっちも傷付いてないので、普通に接してください。私も、普通に話しますので」


 己の殻を破るように話し出した虹成を見て、凛は返事に困っただろう。けれど最後には「……わかった」と深く頷いてみせた。

 渉からすれば、以前の虹成の印象が強烈にこびり付いているため、調子が戻ってくれたほうが気が楽になる。目の前の相手に、うんと甘えればいい。謙遜する必要はない。


 三人分のモーニングセットが届いて、渉はゆで卵に手を付けた。凛はサラダを頬張っている。


「奇抜なヘアスタイルですね」


(突っ込むんじゃない)


 渉は虹成に目で訴えかけながら卵の殻を剥いていく。寝癖を整えられる余裕はなかったんだ。

 一方凛の髪は寝癖らしい跳ねもうねりもなく、まとまっている。サラサラの髪質は羨ましいな、と視線を預けていると「おいしいねー」と笑顔を向けられた。渉はおずおずと頷いておいた。


 ある程度食べ終わった頃に渉が口を開いた。


「虹成ちゃんは今、朝霧のこと……どう思ってる?」

「実感ないですね」


 さらりと言ってのけて、虹成はゆで卵にひびを入れる。


「ずっと家を出てたし、顔を合わすこともほとんどなかったですからね。何より……人に殺されるなんて信じられない。……わからないものですね。大嫌いで、いなくなっちゃえばいいのにって思ってたのに、いざこうして、本当にそうなると……胸にぽっかりと穴が空いたような――そんな気分です」


 彼女の剥いた卵の殻が、ぴりぴりと音を立てて皿の上に落ちた。


「急に思い出すんですよ。仲よかったときのこととか……よく、成績で張り合ってたなあとか。あいつの――ムカつく顔も、ムカつく発言も、全部……。笑っちゃいますよね、死んでから思い出すなんて、馬鹿みたい」

「どうして、仲悪くなっちゃったの?」


 凛の問いかけに、虹成は塩を振りながら「さあ……?」と片頬で笑った。


「原因は、何なんでしょうね」


 よくわかんない。虹成はそう言って、ゆで卵を口に含む。


「今だって馴れ合うつもりありませんしね。私はあの人のこと嫌いです。だけど……一番意識してた。一番、負けたくないって思ってた。あの人にだけは」


 そう呟いて虹成は最後の一欠片を口に入れた。彼女の表情は、前よりずっと寂しげだった。

 ――虹成の、両親に対する冷めきった感情は、前ので知っていたし、実際そういう家庭なんだろうと思う。だけど虹成は、本当は兄と支え合いたかったんじゃなかろうか。そうするべき兄妹なんじゃないだろうか。

 他人には理解できない、立入禁止の絆。それが、朝霧修と朝霧虹成の間には、あったのかもしれない。

 少女はきっと、後々涙するのだろう。渉でさえ気持ちが追いつかずに麻痺しているのだから。


「虹成ちゃんも頭いいんだ?」


 凛が問うと、虹成は「ええ」と肯定した。


「それなりに、勉強はしてます。でも、藤北に通ってる人に自慢できるものじゃないですよ」

「謙遜しなくていいよ、藤北でもやばい人はいるから……。中学生だよね? 私たちでよければ勉強教えられるし、いつでも頼りなよ」

「はい。最近は大学の範囲をかじってます」

「…………」


 凛の笑顔が固まった。渉も無表情のまま、グラスを持った手を止めている。

 虹成は優しい笑みを浮かべて言った。


「先輩。私、負けず嫌いなんですよ」

「…………」

「…………」


 虹成って確か中学二年せ……、そこまで考えて、渉は首を横に振る。紅茶を一口飲んでから咳払いをし、


「虹成ちゃん、あまり凛をからかわないでくれ」

「なっ!? なんで私だけなの、渉くんもじゃん!」

「俺は何も言ってないだろ」

「そういう事言うから余計私だけアホみたいに聞こえるんだよ!」

「中学生だからって舐めてかかるからだろ……教えられないくせに」

「教えられるものはあるよ! 人生経験とか!」

「十六で人生を語るなよ……」


 ドヤ顔の凛に、渉は突っ込みを追いつかせる。口々に喚き散らす高校生を前に、虹成はモーニングセットのアイスクリームを食べていた。無視されている様子が、なんだかこそばゆくて恥ずかしかった。黙々とアイスを食べる虹成を見て、凛もスプーンを手にする。

 そういえば甘いものが好きなんだっけ。渉は、自分の分のアイスが乗った小皿を虹成に差し出した。


「なあ、訊いてもいいか?」

「どうぞ」


 皿を受け取った虹成が言うので、渉は彼女を見つめたまま、「きみらの間柄だから訊くけど、朝霧は……誰に殺されたと思う?」


 普通であれば不謹慎極まりないその質問に、凛は目を見開き渉を見た。『何言ってるの渉くん。ふざけてるの?』とでも言いたげに。

 だが少年は、決してふざけてなどいない。

 この子にしか訊けないのだ。虹成にしか、こんなことは訊けない。だから聞きたい。虹成の意見が聞きたい。


 虹成は、その鋭い眼光に屈することなく、言葉を紡ぎ出した。


「……あの人が、油断できる相手」


(油断できる相手……)


「つまり知り合いってこと?」


 聞き返した渉に、虹成は小さく首を振る。


「不意を突かれない限り、その可能性は大です。普通……知らない人に付いていったりしませんよね。子供じゃあるまいし」


 朝霧修の欠席。失踪。殺害。

 虹成は誘拐の線を疑っているのか、でもその可能性は大いにありえる。いなくなった数日後に、突然遺体で現れたんだ。その場で何かされたわけじゃない。


「問題はどこで、いつ殺されたかですけど」

「ニュースは?」

「いいえ、全然、見てないです」


 単純な話――渉が虹成に会って、朝霧のことを伝えたのが一週間ほど前。虹成はその一週間を空白のもの、つまり失踪期間として捉えているのだ。


「関わってた人間は多くいると思うんですよ。太いパイプは何本も持ってただろうし……怖い人にも……会ったことあります。でもそんな、リスクを冒す人じゃない」

「リスクって?」


 冷たいデザートを食べ進める虹成を、渉が食い止める。


「犯罪はしない――加担していない。そういう人としか、関係は築いていないはずです。白か黒なら白。あの人は、白い人としか付き合いませんよ」


 虹成はそう言って「……腹のなかは真っ黒ですけど」とおまけを吐き捨てた。

 何か危ない事をやっていたんじゃないか。ヤクザ絡みじゃないのか。――渉のなかにあったそれらの考えは、今にして払拭される。だが知れば知るほど、朝霧という人間がわからなくなる。


「あ、朝霧くんって、そんなに怖い人だっけ……?」アイスを食べきった凛が小首を傾げる。「私は、優しい印象しかないんだけど……」

「あの人、はっきり言ってクズですよ」


 虹成はバッサリと切ってみせた。凛は顔色を濁らせる。


「それは、いくらなんでも言い過ぎなんじゃない?」

「妹に援交を仕向けるような人ですよ? クズじゃなかったら何なんですか」

「……!」


 渉と凛は、絶句した。実の兄が、妹に、そんな仕打ちを――?

 心配と困惑とを顔色に乗せた二人を見て、虹成は「あ……」と口を開く。


「今はもう、大丈夫です。変な人も寄ってきません」


 そういうことか、と渉は悟った。以前、虹成が拒絶の声を上げたのは、ただ男の人が嫌いなだけでなく――

 大丈夫、なんて虹成は言うけれど、はじめて会った時、はじめて声をかけた時――あのとき少女が抱いた、恐怖と嫌悪はきっと計り知れない。今になって痛感し、渉はやりきれない気持ちになった。


「望月さんは、あの人と友達じゃないんですよね? 百井先輩は、どういう関係で?」


 だんまりな二人に代わって、虹成は話のレールを敷き直す。

 なんだか誤解を招く言い方だな……と、渉は内心唸り声を上げた。確かに朝霧とは友達と言い切れる関係じゃなかったが。

 凛を見る虹成の顔つきは、どことなくいたずらっ気が含まれている。


「私は友達だよ。朝霧くんの、友達」

「ふーん。じゃああなたも騙されやすいタイプか、見た目どおりですね」

「…………」


 凛はぴくぴくと笑顔を引きつらせた。虹成は嘲笑的に鼻を鳴らし、素知らぬ顔で紅茶を飲む。何だか凛に対する虹成が、酷く攻撃的な気がするが――渉は自分のときもそうだったな……と思うことにした。


「前に俺が、朝霧はいったい何をしていたのかって訊いたの覚えてる?」

「はい、覚えてます」


 虹成はストローを離して言った。渉はもう一度、改めて訊く。


「今でも話せない……?」


 前は口止めされているから話せないという意図を感じたけれど、今なら話してくれるかもしれない。そう思って訊いてみたのだが――

 虹成は少しの沈黙の後、意を決したように口を開いた。


「ダンショウ……って言えば、わかりますか?」


(――、…………)


 渉の瞼が大きく持ち上がった。頷くことはできなかった。まるで脳が理解するのを拒むように、思考の歯車が錆びつき動かなくなる。

 そんな反応は予想の内だったのだろう、虹成は眉間にしわを寄せて。


「あの人は『バイト』って言ってたけど、仕事でもなんでもないんです。簡単に言えば、寄ってきた女に……金を払うならしてやるって言う感じですかね」

「してやるって、何を?」

「凛っ――」

「セックス」

「セッ……………………」


 凛は目を泳がせた後に、「ダンショウってそういうこと……?」と小声で訊いた。渉は額に手をやり、小さく首を振った。

 男娼。売春行為をしていたというのか――あの優等生が、誰にも知られることなく。


「一回、バラそうとしたことがあって。そのとき、先手を打たれてたっていうか……バラそうとしたことがバレて――仕返しされたんです」

「まさかそれが援助交際……?」


 凛が問うと、虹成はおずおずと頷いた。

 あの優等生が売春しているなんて、仮に誰かに言ったところで簡単には信じないだろう。虹成はきっと、決定的な証拠を用意したはずだ。それが兄に見つかって――


(朝霧……お前何やってんだよ)


「大人を相手にしていたかは、わかりません。してたところで首が絞まるのは相手だけですからね。だからお金には困ってなかったと思いますよ。人脈、情報、信頼……築き上げてきたもの全部利用して、うまくやってたみたいですし。……現にお二人は知らなかったわけですから」


 そう言って虹成はストローに唇を付ける。

 事実知らなかった。知るはずがない。噂にだってなっていないだろうし、聞いたこともなかった。――こんな話、響弥だって知らないだろう。

 先ほど虹成が答えてくれたように――オカルトもどきを知らない人間、信じない人間――警察なら、この売春行為や人間関係から探りを入れていくはずだ。


 犯人は、朝霧修が油断できる相手で、一見危険性のない人間。この虹成の意見は、大きなヒントになった気がする。そしてもうひとつ、渉は虹成に聞きたいことがあった。


「朝霧に彼女がいたって、知ってる?」


 虹成はストローから口を離し、「あー、あの馬鹿っぽい人。以前お会いしましたけど、あれはカモでしょう。いくらで付き合ったんだろ、月五十とかかな」と、呑気なことを言ってみせた。


「その子が亡くなったっていうのは――?」


 渉の追撃に、虹成は目を見開く。


「知らない、何それ……」

「朝霧は、その子と一緒に見つかったんだ。藤北の校門前で」


 虹成はまさに驚愕と言った表情を貼り付けた。

 ニュースではすでに報じられていることだが、虹成は見ていない。警察は朝霧家に連絡した際、もう一人の少女のことは伏せたのか。


「その線で考えるなら、相手の男関係……。でも、面倒な種を残したまま、修が女と付き合うなんてありえない」

「うん。俺もそういうのじゃないと思ってる。犯人が女の可能性は――」

「渉くん……っ!」


 凛が耐え兼ねた様子で声を荒げた。それ以上は駄目だよ、と言うように、渉を見て静かに首を振る。渉は開いた口をつぐんだ。

 ――最低なことをしているのは、自分でもわかっている。

 呪い人の存在を知らない人間の一意見が聞きたくて、渉はまだ中学二年生のこの少女に『答え』を求めている。それがどれほど残酷な行いかも、重々承知している。わかっているんだ。だから凛にも、わかってほしい。


「女性、ですか」虹成はマイペースに意見を探した。「そういう人は、あの人の周りじゃ、特別いなかったと思います」


 でも――と言って、虹成は目を細める。


「前に……家の前にいた女の人。あの人は変な感じがしたなぁ……」

「ど、どんな人?」

「ポニーテールで、キャップ帽を被ってて……」

「髪が長くてスラッとしてる綺麗な子?」渉は前のめりになって訊いた。

「いやあ、そこまでは……。知り合いですか?」


 思っていることを指摘されて、渉は思わず凛を見た。凛も渉の顔を見ていた。軽蔑しているような目だった。絶望……とも言えるだろう。対して渉の目は――爛々と輝いていた。

 そして、次に虹成が述べた言葉が、渉を確信へと導く。


「高校生には見えなかったですけどね。モデルとか芸能人みたいな……そういう雰囲気で。私その人から言われたんです」

「なんて?」


 今度は凛が鋭く訊き返した。虹成は静かに答える。


「言葉には魂が宿るから気をつけろって。ちょうど望月さんと会った日の、帰りです」


    * * *


 通勤ラッシュもとっくに過ぎた頃、渉と凛は、虹成を家まで送っていた。渉が先に前を歩いて、家の周りを確認する。報道陣の姿は一人も見当たらない。それを虹成に告げて、三人で家の前に足を揃える。


「ごちそうさまでした。今日は本当に……ありがとうございました」


 礼儀正しく、虹成は頭を垂れた。

 渉が「話せてよかったよ」と言うと、虹成は「私もです」と素直な調子で答えた。


「まだ落ち着いてないけど、少しだけスッキリしました」

「また会おうね」

「会えますよ」


 凛の言葉に断言してみせると、虹成は門扉に手を掛ける。そしてこちらを振り向いて一言――


「お二人のことは、お似合いだと思いますよ」


 そう言って、ニコリと微笑んだ。


「ではまた」


 少女は家のなかへと消えていく。また会える――彼女がそう言うのなら、渉もきっとそうだろうと思った。

 朝霧家に背を向けて、二人並んで帰路を行く。

 凛は渉に説教をしていた。「中学生を相手に――」とか、「仮にも家族を失ってるんだよ――」とか。

 そんな当たり前のお叱りを受け止めながら、少年は愚かにも、誇らしげに笑っていた。

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