スクールカーストと転校生の置き土産

 号令の後、委員長二人は石橋先生と共に視聴覚室を出ていった。

 緊張の糸が切れたため息がクラスメート各位から漏れる。その場で背伸びをする者、すぐさまスマホを取り出す者、席を立って集まる者、仲良し同士で話す者。各々が束の間の休み時間を過ごしはじめた。


「シン、ちゃんと聞いてた?」

「……。ああ、激しかったな!」

「聞いてないのね」


 前の席から振り向いて高部に問いかける園元そのもとここあ。彼女の呆れ声を耳にしながら、渉も席を立った。


(話しかけるな、と言われたけど……)


 渉は、目標の背中を見る。

 橘芽亜凛。彼女は席に着いたまま、視線を下に落としている。

 先日拒絶されてしまったばかりだが、聞いてみたくなったのだ。今の、芽亜凛の心境を。


(こんなんじゃ、響弥に誤解されても仕方ないな)


 自虐的な自覚をして、渉はゆっくりと芽亜凛のほうへ歩み寄った。だが――


「お、っつ……」


 すんでのところで世戸、瀬川、楠野、岸名きしなの女子四名が芽亜凛を取り囲んだ。渉は仰け反るようにしてビタッと止まる。


「あんまし気にしないほうがいいよっ」


 眼鏡越しに柔らかい笑みを浮かべて言う岸名さやか。岸名の一言を聞いて、今度は瀬川がにんまり笑ってみせる。


「三城のやつ、ヘンに目付けてるからねー。あたしらにもうるさいけどー」


 瀬川はそう言って、どこから取り出したのか、チョコ菓子を一本口に咥える。怪我もしていないのにいつも眼帯を付けているのはファッション故か――


 このクラスは、大きく分けて三つの女子グループが存在している。

 ひとつは、玉森和可奈を中心にした三人組、通称『不思議ちゃんグループ』。クラスでは腫れ物扱いされているような、自由で掴みどころのない天然の集まり。オカルトを信じているらしく、E組内では数少ない肯定派と言える。


 ふたつ目が、世戸優歌を中心にした『世戸グループ』。歯に衣着せぬ物言いの世戸の周りに、よく喋る連中が集まった砦のようなグループだ。噂好きの瀬川がいるため、流行や最新情報を仕入れるのが最も速い。


 そして三つ目、三城楓が中心の『三城グループ』。運動神経のよい体育会系の集まりで、このクラスで最も権力を持っていると言っても過言ではないグループだ。その理由はいくつかあるが、リーダーの三城が他クラス共に人脈が広く、そして信頼されているというのが一番の理由だろう。彼女はE組の不良生徒――宇野、新堂しんどうつじとも仲がいいほどだ。


 そして、このうちのふたつ。世戸グループと三城グループは、互いに仲が悪い。はじめは三城楓が一方的に世戸優歌を嫌っていたらしいが、今では世戸たちも同じように敵視している。

 なぜ転校してきたばかりの芽亜凛まで三城に目を付けられているのか、渉は知り得ていない。だがそれは、世戸たちが芽亜凛を庇う理由になり得るというわけだ。


「にゃ? どしたの望月」


 気配を感じたのか、野生の本能で楠野が振り向いた。ほかの三人も『ん?』と顔を上げた。派手めな女子四人の視線が渉に一斉集中する。


「橘さんに、用がありまして……」


 うろたえて、堅い口調で申した望月渉。

 楠野と岸名は「え」と同時に発し、菓子を食べ続けている瀬川は「ふーん?」と声を漏らす。世戸は腕を組んだまま何も言わない。

 ――道を開けてくれるだろうか……それともそれも伝えるべきだろうか……。

 不安に思った矢先、芽亜凛はスッと立ち上がって列の間に出た。目を丸くした渉の顔を見て、芽亜凛は目で訴えかけてくる。

 渉は慌てて席の間を通り、廊下に出ようと向かった。それから、後ろを付いてくる芽亜凛を確認するついでに振り返り、まだこちらを見ていた瀬川らに一言告げる。


「……ここ、飲食禁止な?」


 渉が言うと、女子四人はぽかんと口を開けて、拍子に『ぷふふっ』と笑い声を弾けさせる。――瀬川の「知ってるよー!」という声を後頭部で受けながら、渉は廊下に出た。


 視聴覚室から離れた階段の踊り場にて、渉は単刀直入に問う。周りには自分たち以外、人はいない。


「会議のこと、きみはどう思ってる?」

「いいんじゃないですか、高校生らしくて」

「……は」


 何も考えていないような芽亜凛の回答に、渉は失笑した。


「このふざけた話し合いが高校生らしい?」

「ええ、とても」

「……興味なしか?」

「興味も何も、学校からの指示だって萩野くんが言ってましたし」


 芽亜凛は相変わらず淡々と言ってのける。話しかけるな、と言った件については触れてこない。

 渉は頭に疑問符を浮かべた。

 学校からの指示。確かにそんなことを言っていた気はするが、だからどうしたというのだろう。

 芽亜凛は顔色ひとつ変えずに話を続けた。


「このタイミングでクラス会議を開けだなんておかしいと思いませんか? ……誰かが知ったんだと思いますよ、記事のこと」

「記事……オカルト雑誌?」


 知っていたのか、という言葉を飲み込んだ。

 芽亜凛は頷くことはせずに、渉から目線を外した。


「あの雑誌は月に二回、一日と二十日に発刊されるんです。不審物があったのは十八日。休校の最中に雑誌を手に取った、……おそらく親か住人が、学校にクレームでもしたんでしょう」

「だから学校は、対策をしている事実を作るために、E組に指示を出した……? とりあえずのクレーム処置として?」


 芽亜凛はイエスと言っているような、柔らかな眼でこちらを見上げた。

 そういうことかと、渉は納得する。

『問題のクラスでは会議が行われました』という事実さえ作れば、内容などはどうでもいいのだ。そのクラスの生徒が真面目に行おうと行うまいと、学校にとってはどうでも――


「この会議に意味なんてないんですよ」


 渉の思考に合わせて、芽亜凛が真意を口にする。

 拒絶を言い渡された以来にしては、特に嫌がっている素振りもなく、自身の考えを教えてくれた芽亜凛。その口ぶりは物怖じしない芽亜凛らしいものであったが、こうも素直に言われると――渉は自分自身を疑ってしまう。もしかしたら彼女のことを、酷く誤解しているのではないかと。

 芽亜凛は「ああ、それと」と言って、置き土産をくれた。


「凛のことは守ります」


 そうするのが当たり前だと言うふうに、橘芽亜凛は口にした。捨て台詞のような言葉には、何の感情もこもっていなかった。けれど瞳は冷たいものではなく、暖かいものとも言い切れない――生暖かい目。

 渉は何も言い返せず、芽亜凛もそれ以上は続けずに、方向転換して視聴覚室へと戻っていった。間もなく二時限目がはじまる頃だ。

 芽亜凛はいつも寂しさを残していく。だから、苦手なんだ。

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