第七話

クラス会議前半

 突然クラス会議をはじめると告げられ、生徒はわけもわからぬまま全員着席を促された。

 円陣が解散していくなか、ふとわたる芽亜凛めありの席を見たとき、彼女は黒板側をまっすぐ向いて着席していた。先ほど見た時にはいなかったはずだが。そう思いつつ、渉も席に着く。

 廊下やほかのクラスにいた者、遅刻ギリギリ常習犯の者も含めて、E組生徒全員が教室に揃ってから視聴覚室に移動するよう指示が出された。ホームルームは開始されているため、ほかのクラスに迷惑がかからないよう静かに移動をはじめる。


 視聴覚室に入ってすぐ、教室のとおり座るよう命じられた。ホワイトボードの前にはりん萩野はぎのが立ち、石橋いしばし先生は最後列の空席に座っている。授業で使われることは滅多にないため、今日はE組の貸し切り状態だ。


「それでは……えっと、クラス会議の内容なんだけど、最近起きてる事件について、です」


 凛が言うと――眼球のみを動かす者、鼻で笑う者、首を傾げる者――みな静かだが様々な反応を示した。

 最近起きている事件について……。渉は自分の顔が引きつったのを感じた。


「みんな知ってのとおり、ここ最近藤北は奇妙な出来事が多い。それで……申し訳ないけど、こういう形となった。信じられない気持ちはわかるけど、学校からの指示なんだ。真面目に取り組んでほしい」


 そう言った萩野の顔は至って真剣である。

 萩野が言いたいのは、四月に話されたクラスの災厄についてだ。渉はその時の話を覚えていないため、響弥きょうやから聞かされていなければ今頃一人『何の話だ?』と不思議に思っていただろう。だが今は、E組の者ならば誰しもが察していることだ。


「じゃあ、早速なんだけど――」


「はあぁぁー?」と、高らかに声を上げるクラスの問題児、宇野うの涼介りょうすけ。右中央列の後ろから二番目の席で机に足を組んで乗せ、ふんぞり返っている宇野は、萩野の言葉を遮る。


「ちょっと待てよぉ、委員長さぁーん。なんでオレたちなわけ? このなかに、人殺しでもいるっていうのかよ?」


 宇野の声は静寂な視聴覚室にキンキンとよく響く。振り向かずとも宇野の発言だとわかってしまう慣れっこなクラスメートたちは、みな前を向いたまま口を真一文字に結んでいる。

 生ぬるい空気のなか次に口を開いたのは、左中央最前列にいる谷村たにむら寿莉じゅりだった。


「はれ? 呪い人についてだよね? そうだよねぇ?」


 天然な雰囲気を醸し出す彼女は、誰も口にしなかった『それ』を平然と言ってのけた。凛と萩野は遠慮がちに頷いている。

 宇野は、ギャハギャハと笑い飛ばした。


「ノロイ? 呪いだって? お前らそれ、本気で信じてんのかよ! 馬っ鹿みてえー!」


 四方八方に向けて指を回し向ける宇野。彼お得意の授業妨害と変わらぬ様子だ。


「きみは怖がってるだけでしょ」

「アッハ――英梨えり、それ今言っちゃやばいやつ」


 真ん中の席で嘲笑ったのはお団子頭の楠野くすの英梨。吹き出して笑ったのは、いつも派手な格好をしている瀬川せがわ千晶ちあきだった。二人に流されて何人かの女子が含み笑いをする。心なしか、少数の男子も頬を緩ませていた。


「んなもん存在しねぇんだから、怖いも何もねえだろーがよぉ?」と反論する宇野。

「……何マジになってんの? はっず」髪をいじりながら追撃するのは、楠野と瀬川の間にいる世戸せと優歌ゆうか

 期待どおりの笑いがドッと沸き起こり、宇野は顔を真っ赤にして彼女らを睨みつける。

 いつかE組でこんな会議が行われたら、クラス全員で委員長二人を責め立てるのではないか。渉はそう悲観的に考えていたが、現実は意外なことになったようだ。どうやら宇野涼介の発言が、女子たちに火を付けたらしい。


「続けなよ萩野くん」


 三城さんじょうかえでと共に表情を固くしていた、椎葉しいばみのりが萩野をフォローする。

 萩野は何度か頷く素振りを見せ、ゆっくりと話を進める。


「このことは……俺だって信じたくはない。でもそういうものがあるっていうのは確かなんだ。――ですよね、先生?」


 萩野がそちらに視線を向けると、みなも一斉に注目した。

 担任の石橋先生は渋顔で顎を引く。大きな丸眼鏡越しの瞳は相も変わらず素っ気のないものだ。


「証拠もないくせに……」全員に聞こえる声で、宇野が舌打ち混じりに最後の抵抗をする。

「ないっていう証拠もないけどね」と、前列から玉森たまもり和可奈わかながボソリと呟く。その声は全員に聞こえるほどではないけれど、ボード前の凛には届いていたらしく、目線がわずかに動いていた。


「呪い人について、もう一度おさらいしよう」


 先ほど谷村が口にしたお陰もあって、萩野は隠すことなくはっきりと口にした。

 凛と萩野の手には同じようなプリント用紙がある。萩野は用紙に目を落としながら、そこにある内容を自分なりに補って音読する。凛は爪先立ちをして、ホワイトボードに書記していく。


「『呪い人』とは、藤ヶ咲ふじがさき北高校に伝わる祟り、都市伝説だ。その呪い人は二年E組にしか現れない。……現れるというよりは、生徒に憑依して呪いを振り撒く存在らしい。そして呪い人のいる年は不幸や災難が多発すると言われており、主にその人物に関わった者、近くにいる者のみが被害に遭うとされている」


 萩野は顔を上げて「ここまでで、何か質問は?」と全員を見渡した。

 四月に石橋が告げた時も、クラスはこんな様子だったのだろうか。

 渉は、ワイヤレスイヤホンを耳にしてリズミカルに上半身を弾ませている隣の席の高部たかべシンを一瞥してから、そっと手を挙げた。当てられて、起立する。


「なんで二年E組かってのはわかっていないの?」

「ああ、残念ながら……」

「そっか……」と渉は自分にだけ小さく残し、着席する。


「しかし記述ではこの災厄は、十年前になくなっている。それからは少なくとも死者は出ていないんだ」


(死者は、か……)


 ここまでが呪い人についての大まかな内容であり、E組の生徒が知っている情報である。響弥から聞いた話とも一致している。


「もし本当にいたとしたらー、その人はどうなっちゃうんですかー?」

「そりゃ学校辞めさせられるのでは?」

「えぇ……由希ゆきはヤダなあ……まだ学校にいたいし……」


 最前列に並んで座っている谷村、玉森、美島みしま由希が順に言った。その質問は答えようがないものであり、萩野も困り顔になっている。


「転校生が来てからだよねぇ」


 沈黙を破って、三城が強い語気で放った。三城は芽亜凛に背を向けたままだが、渉から見てもその背中には圧がある。

 三城の言葉には、『そういうことが起きはじめたのが』という意味が省略されている。先日渉が響弥に述べたことと同じ意見だ。違うのは、渉はあくまで呪い人のせいでないと考えていることである。

「でもたちばなさんってー」瀬川が顔の眼帯をいじりながら、のらりくらりとした声で「前に体育で事故ったし、あれがもしソレのせいだったら、橘さんが受けるのはおかしくない?」

 渉の席から前にふたつ目の位置にいる瀬川の表情は見えないが、彼女の声には笑みが含まれている。対する芽亜凛の横顔は変わらぬまま。ただまっすぐ前方を見つめている。

 三城は、瀬川のいるほうを鋭い目をして振り返った。


「そう見せかけるように仕組んでたら?」

「は? 自分がソレかどうかもわかんないのにするわけないじゃん」

「ソレソレってあんたさぁ、何のこと言ってんの? ちゃんと言ってくんない?」

「うはははは、意味わかんねー」

「は?」

「あぁ?」

「ちょっ……みんな落ち着いて……!」


 慌てた凛が止めに入る。


「あれは人の手によるいたずら……だよね、芽亜凛ちゃん」


 凛が問うと、芽亜凛はコクリと首を動かした。

 三城は口をへの字に曲げて、ぷいっと前に向き直る。瀬川は不機嫌そうに三城から目線を逸らした。

「先生はどう思うんですか?」と柔道部の小林こばやしが、渉とは反対側の列の最後尾から低く問う。

 石橋は生徒の視線をちらほらと受けながら、


「呪い人、などというものはない」


 そう、断言した。


「だが、もしかしたら呪いはあるのかもしれない」


(――?)


 思考がフリーズした。

 石橋の言うことは、まるでわからない。いったい何が違うというのだろう。


 ここで早くも、一時限目の終了を告げるチャイムが鳴った。

 クラス会議は移動と説明も含めてホームルームから通しで行われていたため、生徒はみな疲れたような表情を見せる。議題が異常なものであるだけに、疲労がたまるのも無理はない。


「休憩を挟んで、続きは二限目から行います」


 凛はマジックペンを握りしめたまま、言葉を置いた。

 まだ続くのかと、誰もが思った。

 奇妙なクラス会議は旧態依然のまま、十分間の休憩時間を迎える。

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