その情報はどこから
二日間の臨時休校が明けて、藤北への登校が再開された。
休校中に男子の夏服は完全移行日を迎えたため、今日から学ランは強制的に不要となる。女子の制服は、今年は七月に入ってからが完全移行であるらしい。元より、専用の上着がセットである藤北女子の制服は、移行せずとも通気性はあるので、凛も芽亜凛も今年はまだ一度も夏服を着ていなかったりする。
学校の外には朝から警察と、マスコミと思わしき人物が数名確認できた。学校からのメールで、『登校中、テレビ関係者や記者からインタビューをされるかもしれませんが、落ち着いて対応してください』とあったとおりである。もしかすると本生徒のなかには取材を受けた者もいるかもしれない。
むろん今日の朝部活はなしである。
涼し気な夏服を着込んだ渉がE組の教室に入ると、前方の扉側の席で、何やら人集りができていた。円陣のようになっている彼らを、横目で見ながら通り過ぎる。みな何かを見ているようだった。まるで、男子たちが隠れてグラビア雑誌を見ているときのような様子だが、円陣には女子も含まれている。そこから聞こえてくる声は楽しげであったり神妙そうであったり……。たまに集団になってスマホゲームに没頭していることはあるが、そんなふうでもなさそうだ。
渉は、自分の席に鞄を置き、「なんの騒ぎ?」と言って彼らに近付いた。
円陣の一番外側にいた杉野が「あ、望月」と声を漏らしたので、渉は「おはよう」と返した。
「えっと、おはよう。実は、えっと……変な雑誌が……」
「変な雑誌?」
「ん、ほら」と言ったのは杉野ではなく、席の中央にいた女子――三城楓。三城は渉に気づくと、手に持ったそれを差し出してくれた。軽く会釈して受け取り、渉は雑誌に目を落とす。
『オカルト雑誌ムイチ』
そういった界隈では有名な刊行物だった。イマドキの若い子が読むようなものではないし、どうしてこんなものが教室にあるのか――そんな疑問は、雑誌の表紙にでかでかと掲載されている文字を目にした途端に吹き飛んだ。
『某名門校! 最恐のオカルト伝説――呪い人復活!』
「は……?」
胡散臭さしかない文字列に、呆れきった声が自然と漏れていた。
ページをぱらりと捲ってみると、モノクロでぼかし加工の入った写真と、表紙のロゴ体と同じような文字が載せられていた。ページの写真は、藤ヶ咲北高校の校舎を外から撮ったようなものだった。
「朝、教卓にそれが置かれてたんだよ」と三城は言う。
「ふっふふー、見つけたのは私だー!」続けて主張したのは、机に手を置きしゃがんでいた桜井。
渉は、さらにページを捲る。
呪い人復活の記事には、『少女Aの失踪。教師Bの自殺。送られてきた謎の腕』など、藤ヶ咲北高校の最近の事件についてが事細かに書かれていた。生徒も知らない、把握していない内容まで、びっしりと。
記者の名前を探してみるが、そのような表記はされていない。
「腕……? 腕って、あの不審物……?」
隣で覗き込んでいた杉野が、引きつった顔をして口にする。三城は「だろうね」と肯定した。
桜井は目を丸くしたまま「でもさぁ、これってぇ……情報漏洩じゃない?」なんて、もっともなことをのんびりと言ってのける。
渉はなおも記事の内容を瞳に焼き付けていたが、明らかに異常な情報量なのは確かだった。
行方不明である松葉千里の実家らしき写真がモザイク加工で貼られていたり、自殺した教師、笠部淳一の顔写真が目線を入れられてそのまま載せられていたり。
そして、先日の不審物については、段ボール箱の中身が『人間の腕』だったと書かれている。その腕が奇麗に血抜きをされていたことや、手のひらの指紋はすべて消されている状態であること、手がかりは手首につけられていた腕時計のみであることなどまで。渉や生徒たちからすれば、その真偽は定かではないし、知り得られるはずのないことだ。
異様で不愉快な文面は、読めば読むほどに、喉の奥にジクジクと熱を与えていくようだった。これを書いた記者は今もこの校舎の外にいるかもしれない。朝すれ違った人混みのなかに紛れていたかもしれない。そう考えると、どうしようもない不快感に襲われる。
「望月……大丈夫?」
だんまりだった渉を見て杉野が心配そうに声をかけた。渉は、痛む喉から低い声を絞り出す。
「これを……これを、凛には見せないでやってくれ」
杉野も三城もみな、静かに渉を見た。望月渉が人前で、凛を指名するのは珍しいことである。
凛には見せたくない。見せられない。幼馴染だからこそ、渉はそう直感した。
そうこうしているうちに、クラスメートは揃いつつある。渉と同じように円陣を覗き込む者もいれば、普段と変わらずスマホをいじっている者も、話し込んでいる者も。橘芽亜凛は――まだいないようだ。
時刻は、ホームルームを迎える頃になる。E組の教室に、新たに近付いてくる足音。ガラリと開けられた扉に、渉を含めて、円陣にいる者は自然と目を向けた。
真剣そうな面持ちで入ってきたのは、E組委員長の二人。百井凛と萩野拓哉と、後ろから続いて来たのは担任の石橋先生。
凛は鋭い眼差しで、順にクラスメートの顔に目をやった。まだ来ていない者もいるが、ほとんどの生徒は教室内に揃っている。
委員長の二人は教卓の前に歩み寄ると、みなに向かって発表した。
「これから、クラス会議をはじめます」
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