遊園地
図らずも、一週間後の日曜日に遊園地へ遊びに行くことになった。それまでの日々は何事もなく、以前のような平凡な毎日となった。少し前まで生徒の間で持ちきりだった――元生物学教師の死因についてもとうに散った話となり、まるで六月上旬の数日間が異常だったのではないかと思わされるほどに、平和な日々が過ぎていった。
ちょっとしたイベントと言えば、この一週間が橘芽亜凛にとってテスト勉強期間になったことか。受けていなかった一学期の中間テストを、来週に実施するらしい。つまり、遊園地へ行く翌日がテスト日になる。後受けテストは強制ではないが、芽亜凛はけろっとした様子で承っていた。前日に遊んでいても余裕なのだろう。
響弥はと言うと、渉が四人で遊園地へ行くと知ると「ずるい」だとか「俺も行く」と喚いていた。渉は「また今度な」と軽くあしらった。
そんなこんなで、遊園地へ行く当日を迎えた。
場所はレプスディアランド。
渉は凛と家が近所のため、事前に二人で待ち合わせをし、後に芽亜凛と朝霧と合流するという流れを取った。挨拶したばかりの凛は、いかにも女子高生らしいアクティブな服装に、なぜか中学で使っていたリュックサックを背負っていた。その大きな鞄は、よく言えば彼女の小柄さを引き立てており『中学で使っていた』ことを知らなければ、ファッションとして馴染んで見えるだろう。
鞄について突っ込まざるを得なかった渉は、凛とあれこれ言い合いをしながら、レプスディアランドの入り口へと着いた。まず目に飛び込んできたのは、つい凝視してしまうような美男美女――もとい、朝霧修と橘芽亜凛。
特に芽亜凛は、本当に高校生かと疑う佇まいだ。意外と私服はカジュアルで、キャップ帽とショルダーバッグ、下はショートパンツを穿いている。朝霧は白のシャツに軽めのジャケット、左手には黒の腕時計。鞄は持たない主義のようで、全体的に清潔感のある服装だ。二人ともスレンダー体型に加えて、そのスタイルのよさが周りの目を奪っていた。
「やあ、おはよう」
こちらに気づいた朝霧が挨拶をする。私服で会うのは新鮮だ。
「おはよう、二人とも早いね、待った?」
「ううん、私も今来たところ」
「僕も、さほど時間は経ってないよ」
凛に続いて、芽亜凛、朝霧、みな口々に挨拶をする。早めの集合だったため、入場口はまだ開いていない。集まっている人も予想より少なく、だからこそこちらが目立っていた。
(ああ……胃が痛い)
凛はともかくとして、すでにファッションセンスから格の違いを見せつけられてしまった。注目を浴びれば浴びるほど、ばつの悪さが増していく。三人には申し訳ないが、渉は入場する前から帰りたい気持ちでいっぱいだった。しかし無情にも時は進んでいく。
間もなくして、オープン開始の知らせがその場に響き渡った。
「それじゃあ行こうか」と朝霧が先導する。渉は彼と肩を揃えることにして、凛と芽亜凛はその後ろに並んだ。
「なんだか固いね、もっと気楽に接してくれて構わないよ? 同学年なんだから」
「……悪い、人見知りなんだ」
渉が無愛想に答えると朝霧は『ふぅん』と相槌を打つ。
普段休みの日に外出を一緒にする相手と言えば、響弥や
「きみみたいな人を、何て言うか知ってる?」
「……何?」
「コミュ障」
「…………」
サァー……と、渉は自分の顔色が蒼くなったのを感じた。返す言葉もなく、前の人の背中を黙って見つめた。しばらく二人の間に沈黙が続いて、そろっと朝霧の顔を覗き見ると、彼はニコニコ笑顔で首を傾げた。
(こいつ、マジでさぁ……)
まさか、話して数分でディスられるとは思ってもみなかった。しかも悪意のない笑顔と来ては、責めるに責められない。いや、悪意あっての笑顔か?
渉がため息を殺していると、朝霧は目をぱちくりした。
「あ、あれ? 望月くんなら反論してくれるかと思って、冗談のつもりで言ったんだけど。ごめん、踏み込みすぎちゃったかな……?」
そのように訂正する朝霧修。どうやら彼は彼で、距離を縮めようとしてくれているらしい。
渉はそういうことかと理解して、じろりと朝霧を睨んでやった。
「……冗談がわかりづらい」
「それは悪かった」
朝霧はからからと笑う。
彼は間違いなく渉の苦手なタイプだけれど、歩み寄ってくれていることを思えば、不思議と嫌な感じではなかった。コミュ障と言われたときは泣きそうになったが。
「僕はもっと、望月くんと仲良くなりたいんだ。C組の神永くんとはいつも楽しげに話しているだろ? 僕もあんなふうにできたらなって……」
そう言って、朝霧は照れ隠しするように頬を掻いた。
(ふーん……)
意外と天然、それとも純粋なのだろうか。響弥のことまで話題に出すなんて。
「……何か企んでる?」
渉は素朴な疑問を口にする。
朝霧は「え……?」と、こちらを見て目を丸くしたが、渉の訝しげな視線にやられて吹き出し笑いをした。
「ぷっ、くくっ……酷いなあ、企んでなんかないよ。けど、せっかく遊園地で遊ぶんだ。僕らが打ち解けなきゃ、ね」
「それは……、一理ある」
「でしょ?」
実際、遊園地までの一週間、渉も同じことを考えた。一緒に遊びに行くのは決定済みなのだから、少しは親密になっておいたほうがいいのではないかと。
しかし朝霧はA組の生徒だ。おまけに委員長という立場もあって多忙だろうと予想できる。そもそも、A組とE組の教室はだいぶ離れており、すぐに会いに行ける環境でもない。それに会ったところで話題がない。
何よりも問題だったのは渉の性格上、必死に接触を試みるという行為自体ができなかった。これは芽亜凛に対しても同じである。この一週間を思うと――自分のプライドを折りたくなる渉であった。
「あ、どうせなら下の名前で呼び合ってみる?」
「それは無理」
「んー、じゃああだ名とか?」
「男同士で……?」
「あっくんともっちー、とかどう?」
「キっ、キモいよ……」
「そっか。ならやめとこう」
成績優秀、非の打ち所がないイケメン――朝霧修は、友達を作るのが超絶下手だった。
二人が話している間、後ろの凛と芽亜凛は、互いの私服について談笑中だった。
「芽亜凛ちゃん帽子似合うねえ!」
「凛もその服とっても似合ってる」
「でも渉くんに『そのリュックは何だ』って言われてさあ……そんなにダメかな、中学で使ってた鞄」
二人とも男受けを狙っていないのは目に見えており、この集まりがいかにデートから遠ざかったものかを示している。
「私は凛らしくていいと思うよ。幼馴染なら気にはなるだろうけど……」
「あははっ、芽亜凛ちゃん、渉くんとおんなじこと言ってる」
凛のその声に、渉は『何か言ったか?』と振り返ったが、何も言わずに前を向き直した。
楽しそうな凛に釣られて芽亜凛も表情を崩す。転校してきて二週間、二人の距離は大幅に縮まっていた。
凛は空を見上げて手をかざした。
「晴れてよかったね、梅雨だと心配にならない?」
「予報だと今日は一日中晴れらしいわ。絶好の遊園地日和ね」
「芽亜凛ちゃん絶叫系得意? 私大好きなんだ!」
「ううーん……乗れないことはないかなあ……」
「乗ろう、乗ろう! 乗っちゃおう! 芽亜凛ちゃんと乗るの、楽しっそー!」
「もう、凛ったら……」
アトラクションの話題で盛り上がっているうちに、入場口でのチケットチェックも終わった。四人は遂に、パーク内へと足を踏み入れる。
《ようこそ! レプスディアランドへ!》
パーク内は挨拶と紹介を織り交ぜた放送が流れており、出迎えるスタッフからも「楽しんでいってね」などの声をかけられる。入り口からでも目立って見えるのは大きな観覧車だ。グッズや土産売り場も豊富に備えられているようで――これぞ遊園地。
久しぶりの息抜きに、渉も心が躍った。
「さて、まずはどこに行こうか。百井さん、何か希望ある?」
「はいはーい! ジェットコースターに乗りたいです!」
(言うと思った……)
渉は苦笑いを浮かべる。
「じゃあひとつ目は、ここにしよう。ちょうど近くだし、人も少なそうだ」
朝霧は先ほど入場口で貰ったパンフレットを確認して頷く。指導力と決断力、おまけに頭の回転も速いときた、まさにリーダー的存在である。
「混むのなんてあっという間だからな、早く行こう」
「なんか渉くん楽しそうだね」
「……そうか?」
渉が言うと、凛はふふんと笑ってアイコンタクトで肯定した。
正直なところ、楽しんでいる。
先ほどの時間、朝霧と話しているうちに、徐々に気持ちが楽になった。もしかしたら友達になれるかもしれない、なんて思ったり。たまに出る嫌味は、ただ不器用なだけかもしれないと感じたり――
「せっかくだし、男女ペアで座らない?」
(前・言・撤・回)
ジェットコースターの列に並ぶなか、突拍子もなく提案したのは朝霧だった。
渉はわかりやすく顔をしかめて、一人、天を仰ぐ。せっかく、朝霧と友情が築けそうだったのに――
(忘れていたよ、俺が今ここにいる理由を……。そうだ、遊び呆けるためじゃない。凛から、
がるるるる……と猛犬よろしく目を光らせる渉。朝霧の頭上には「?」が浮かんでいるようだった。
凛は芽亜凛と顔を見合わせて、「んー、どうする?」と尋ねる。
「凛がいいなら、いいよ」
芽亜凛に言われて、凛はいたずらっぽく笑った。
「じゃあお互い、ジャンケンで勝った者同士、負けた者同士で座ろ!」
それなら互いに人を選ぶことはできない。けれど狙うこともできないというわけだ。
そうして行われたジャンケン第一回目。凛と朝霧が勝った者同士、渉と芽亜凛が負けた者同士の組み合わせとなった。
ペアで並ぶように場所を入れ替えて、渉の前に凛と朝霧ペアが来る形となる。二人は学校のことや、委員長の役割について話が弾んでいるようだった。
対する、渉と芽亜凛は、
「…………」
「…………」
互いにだんまりというこの状況。
(き、気まずい……何を話せばいいのかわからない……)
彼女の顔を窺おうとしても、被っている帽子のせいで表情は見えない。こういうとき、響弥なら一方的に喋り続けるのだろうなと、渉は親友に対して尊敬の念を持つのだった。
「た、橘さん」
喉から出たのは掠れた声だったが、渉は思い切って声をかける。
芽亜凛は「うん?」と、素直に顔を上げた。彼女の、奇麗に切り揃えられた前髪と長い睫毛から覗く、大きな瞳が渉を見つめた。
まさか反応してくれるとは思っていなかったため、渉はあたふたとして、咳払いをひとつ。
「……えっと、学校には慣れた?」
――散々悩んで出た言葉がそれだった。
(なに動揺してんだ……!)
クラスメート一人まともに話ができないのか俺は、と自虐する。
挙動不審の彼に対して、芽亜凛は特に嫌そうな顔もせず、そっと前を向き直って答える。
「はい、おかげさまで」
「そ、そう……」
彼女の短い返事を聞いて、渉も冷静さを取り戻し、途端にしゅんと大人しくなる。
――会話が続かない。
何がおかげさまなのだろうと思いつつ、次の質問を巡らせる。
「橘さんはレプスディアランド……だっけ、来たことある? 俺ははじめて、かな――」
そう言ってから、しまったと思った。
(何が『来たことある?』だ――! 転校してきたばかりの子に言うことじゃない。俺すげえアホな奴じゃん……!)
後悔してももう遅い。渉はもう少し考えるべきだったと頭を抱えた。
「変な質問ですね」
まんまと言われてしまい、またしても泣きたい気分になった。
「……自分でも思った。忘れてくれ」
「忘れません」
「――――!」
その言葉に、脳天から心臓にかけて電撃のようなものが走った。芽亜凛の声色が、あまりにもはっきりとした強いものだったから。
渉が見ると、芽亜凛もこちらを見上げていた。
「覚えていますよ――ずっと」
その瞳は恐ろしいほどにまっすぐで、すべてが見透かされているようで。しかし口元は柔らかく、優しげに微笑んでいた。
はじめて渉に向けられた、芽亜凛の笑顔。なのに、どうしてこんなにも、寂しさを感じる――?
永遠とも思えた数秒間、芽亜凛はぷいと顔を前に戻す。
「それに二回ほど来たことがあります。あなたよりは詳しいですよ」
まるで、返事も聞かずに自己完結しないでください、と怒られているようだった。さっきの『変な質問』には意味があった、と。思いも寄らない結果である。
渉は彼女のほうを横目で見ながら「へえ……」と相槌を打つ。
「子供の頃こっちに住んでたとか――?」
そう尋ねたとき、ジェットコースターに乗る番となった。前を進む凛たちに続いて――落下の恐れがある鞄やアクセサリー、帽子などはロッカーに預けて――渉たちも乗り込む。
安全バーをガシャンと降ろされて、スタッフの明る気な送り出しを耳にしながら、数人乗りのジェットコースターは出発した。
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