第5話 文化祭
文化祭開始後、薫たちのクラスは人で溢れかえった。見事に客をさばく薫と、慣れないながらも必死で接客をする五十嵐を中心に、慌ただしくも回転効率よく店は回っていた。
店が軌道に乗り出し、薫と五十嵐の手が落ち着いてきた頃、小さいながら問題は起きた。用意していた紙皿が底をつきかけていたのだ。予備が置いてあるのは家庭科室。
「僕が行くよ。呼び込みも兼ねて。ね?」
まだ三十分くらいはもつ。昼までに戻ってきてくれれば構わないだろう。どうせそれまでは体育館ステージの演劇部に人が取られてそれほど大変になるとも想定されなかった。
「それなら、五十嵐くんも一緒に行くのはどうかな。看板の二人が行けば集客効果二倍だよ」
そう声を上げた女子に賛同する声がクラスに広がった。そして、五十嵐の拒否など受け入れられず二人は呼び込みへと駆り出された。
「ったく。なんで俺がテメェとこんな……」
「そんなこと言わないでよ。せっかくだから、たくさんの人に楽しんでもらいたいし」
「テメェの意見押し付けてんじゃねぇぞ。俺はこんな姿を人に見られんのなんかゴメンだ」
舌打ちをして顔を逸らす五十嵐に薫は苦笑した。こんなに可愛い姿をしてるのに、と思う薫の行動全てが五十嵐と違い女性的なそれであることは無意識の薫も見ていない五十嵐も気が付かない。あの美女は誰か。事情を知らない周囲の男性たちの声は本人たちには届かなかった。
「五十嵐くんはここで待ってて」
家庭科室のある特別棟には生徒会室もある。ついでに生徒会役員を驚かせようと思い、薫は五十嵐を特別棟入口に待たせて自分だけが家庭科室へと走った。
数分後、生徒会役員たちも驚かせられ、ウキウキで戻ってきた薫は五十嵐の必死な声に思わず走った。
「放せよ! 男を捕まえて何が楽しいんだクソ野郎!」
「イイじゃん。ちょっと遊ぼうぜ」
「キミぐらい可愛い子だったら男でも全然イケるわ」
薫が声の元へ駆けつけた時、五十嵐は影へと引っ張られ、彼以上に背のあるチャラい男二人に囲まれていた。何かがキレる音がその場に響いた。
「その手を放してください」
「アァ? おっ、さっきの美人ちゃんじゃん。ラッキー」
「キミもオレらと遊ぼうぜ」
「聞こえなかったですか? 僕はその手を放してくださいと申し上げたはずです」
「おぉ、こわっ。でも、それはできねぇな」
「分かりました。では、力づくでいかせていただきます!」
その瞬間、薫と男たちとの距離が一気に縮まった。驚く男たちが体勢を整える前に、一人の男の顎に拳が撃ち込まれる。顎を抑え、ふらつく男にもう一発。今度は腹だ。男はふらふらとその場に座り込んだ。そして、薫は五十嵐の腕を掴む男を腰を落とした体勢から睨み上げた。
「ヒィっ」
男が腕を放し、一本後ずさった瞬間を見逃さなかった。薫は流れるような動作で男の頭へと蹴りを撃ち込む。男は横へと倒れ込み、意識を失ったようであった。
「…………すげぇ」
「五十嵐くん! 大丈夫だった?」
「お、おう……」
「申し訳ないけど、警備員さん呼んできてもらえるかな」
五十嵐は現状を理解できないまま言われたとおりに警備員を呼びに行き、男たちは数分後、警備員たちに連れていかれた。
「五十嵐くん」
「は、はい!」
「このことはナイショ、ね?」
その時の薫の表情はそれはそれは美しかった。雲一つない青空と相まって、五十嵐の脳裏にしっかりと焼き付き、消えなかった。
「それであんなことになってたわけね」
美奈は堪えきれず腹を抱えて笑い出した。
ピークを過ぎ店が落ち着いた頃、薫と美奈にもようやく休憩の順番が回ってきた。そして、宣伝のため格好はそのまま屋台を巡っていた。賑わっていた周囲の目線は二人に釘付けだ。二人は好意の視線を慣れたものと流して話を続ける。
「戻ってきた五十嵐が心ここに在らずって感じで何があったのかと思ったじゃない」
それがまさかそんなことがあったなんてね。美奈の笑いは深まるばかりで一向に止まる気配はない。こうなった原因は薫から話された例の出来事であった。
「そんなに笑っちゃ可哀想だよ。そりゃあ、自分があんな目に遭ったらビックリするよ」
「そうじゃないわよ。あーあ。よく笑った。最高のネタをありがとう」
「どういたしまして」
こんなに笑うとは思っていなかった薫はぶっきらぼうに応えた。だが、そんな薫を気にもせず、美奈はキョロキョロと辺りを見渡して声を跳ねさせる。
「そうだ。なにか奢ってよ」
「はい!?」
「いいじゃない。アタシに奢れるなんて光栄でしょ」
例の件、手伝わないわよ。美奈は薫の耳元に顔を寄せて囁いた。
「…………仰せのままにプリンセス」
こうして薫は今日も美奈に振り回される。
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