第3話 平和な日常
それから一週間。生徒会室に工藤が訪れることはなかった。
「平和だね」
牽制が効いたかな、と薫が笑う。その言葉に美奈は工藤から聞いた一つの話を思い出した。
「そういえば、みっちゃんから聞いたんだけど、なんでも五十嵐に好きな人が出来たらしいよ。それで丸くなったって。取り巻きもいなくなったし、告白されても暴言吐かずに好きな人がいるって断るから泣く女子もほとんどいないんだってさ。人って簡単に変わるものなのね」
「へぇ。恋って偉大だね。土曜日に会った時にはいつもと代わりなかったから日曜日に何かあったのかな」
これで当分は静かに過ごせそうだ、と薫はノートに視線を落とした。だが、薫の言葉に引っかかった美奈がそれを許さない。
「土曜日に? 会った?」
「うん。それがどうかした?」
「もしかして、例のアレで?」
「あぁ。うん。そう。それがどうかした?」
美奈の脳内に一つの仮説が立ち上がる。けれど、これを言うにはまだ早い。もしそうだとしてももう少し遊んでみても面白そうだ。
「いや、なんでもない」
美奈は心の中でニヤリと笑った。
それからは今までが嘘だったかのように平和であった。それは逆に彼一人が真面目になるだけでこれほど変わるのかと彼の影響力の凄まじさを生徒会に改めて示したとも言えたが、平和であることに越したことは無い。そして、そんな些細なことも忘れるくらい大変な時期が訪れる。高校生にとって最大かつ最高のイベント、文化祭が近づいていたのだ。近づくにつれ生徒は浮き足立つ。生徒会は忙しさを増し、普段は二人しか居ない生徒会室も人で溢れかえっていた。だが、薫も生徒会長であると共に一生徒である。今年の文化祭は輪にかけて楽しみであった。
「なんでアンタそんなに楽しみなのよ。去年とやることは変わらないじゃない」
下校時、昨年度より楽しみそうである理由が気になった美奈は薫にとうとう尋ねた。
「何言ってるの! 生徒会が大変なことはそりゃあ変わらないかもしれないけど、クラスが全然違うだろ?」
クラス。そう言われてはたと思い当たる。薫がこれほど浮き足立つ理由はあれしか思い浮かばない。
「まさかアンタ……女子制服が楽しみなわけ?」
薫と美奈のクラスの出し物は『男女逆転喫茶』。衣装はそう簡単に用意出来ないため、制服である。
「正解。一度は着てみたいと思ってたんだ。それに、メイクも出来るとなると、メイク道具もしっかりと選ばなくちゃ。新作をいつおろそうかと悩んでたけど、これを機に使ってもいいし……あぁ! でも、普段使ってるヤツの方が合うの分かってるから安全かな? ねぇねぇ、どっちがいいかな?」
ウキウキとメイク道具を思い浮かべる薫に美奈はため息をつく。
「知らないわよ。アンタの方が詳しいんだし。けどさ、男子高校生がそんなもの持ってきて大丈夫なわけ? 他の奴は適当に親姉妹が使ってたり、コンビニで安いヤツだったり使うんじゃないの?」
「えっ?」
薫の顔に浮かんだのは困惑と絶望。そして明らかに落胆したように肩が落ちた。
「そう……だよね……」
今にも泣きだしそうな声である。そんなに拘りたかったのか、と美奈の呆れは増すばかり。とうとう足まで止めてしまった薫に美奈が見かねたように提案した。
「仕方ないわね。アタシが持っていってあげるわよ。好きなの選んでおきなさい」
「ホント!? いいの!?」
薫の顔がぱあっと明るくなる。幼なじみの美奈もこの表情には少し弱かったりする。
「貸一だから。カフェで奢ってよね」
「もちろん! ありがとう、美奈!」
またメイク道具について考え出した薫にこうなると止まらないと知っている美奈は興味をなくしたように薫から意識を逸らした。
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