第2話 それぞれの休日
ヒラヒラと舞うスカート、ふわふわのフリルやレース、可愛らしいリボン。どれもキラキラと輝いて見えた。初めは母親の手伝いだった。母親の経営する洋服ブランドの女児服のモデルが最初のきっかけだろう。気がつくとそれは僕の趣味になっていた。
「いってきます」
誰もいない広い家に挨拶を投げかけ家を出る。ウキウキと心弾ませて街へと繰り出す美しい少女の正体は、薫である。そう。これこそが彼の最大の秘密なのだ。別に女の子になりたいわけでも、男が恋愛対象なわけでもない。ただ、女性物の服や化粧が好きな女装癖持ちなのである。そして、毎週末、彼は女装をして街に出掛ける。ショッピングをしたり、喫茶店でお茶したりと様々だが、これが楽しみでしかなかった。
「今日はどうしようかなぁ」
スタイルがよく美しいどこからどう見ても完璧な少女である薫はとにかく人目を引く。母譲りのセンスのいい服装もよく似合っており、男女問わず目を向けずにはいられなかった。だが、薫がそれに気づく素振りは一切ない。時折彼に付き合う美奈がいれば呆れてため息を零したことだろう。
新作のコスメと洋服を目的に決めた薫は寄り道をしながら目的地へと向かうことに決めた。
「圭吾様と休日に過ごせて幸せですぅ」
「ケーゴぉ。今日はどこ行くのぉ?」
美人の分類に入るだろう女性を三、四人侍らせ、街道の中心を闊歩する男はそれはそれは人目を引いた。歩道を占拠するように広がり、それぞれの女の主張するような香水が混ざり合い辺りへと漂う。羨望の眼差しなどではない。人々の目に映るのは明らかに嫌悪だ。男はその視線に舌打ちをする。
金も魅力もねぇ庶民が俺様をジロジロ見んじゃねぇよ。
キッと睨みつけられたカップルは逃げるようにその場を去る。その態度がまた気に食わない。彼、五十嵐財閥嫡男、五十嵐圭吾は他人が気に食わなかった。街にいるすべてを自分より身分の低いものと嘲笑い、その容姿と財力に寄ってくる女を物のように思っていた。すべてが馬鹿らしく、自らの手に入らないものは無い。本気でそう思っていた。
「お兄さん」
低く落ち着いた艶やかな声が耳に入った。庶民の分際で自分を呼び止めるとは有り得ない。身分を知らしめてやろうと舌打ちをして振り返った先にいた人物に五十嵐は息を飲んだ。
たいそう美しい天女のような女性がそこに居た。これ程美しい者は初めて見た。数多の女優やモデルたちも叶わない。世界で美しい女性。手に入れたいと思った。だが同時に、手に入らないとも思った。五十嵐にとっては初めての経験である。これが俗に言う、一目惚れ。恋である。
「お兄さん。これ、落とされましたよ」
女性の言葉にハッとした。その手には、確かに五十嵐ものであろうブレスレットが握られていた。
言葉が出なかった。女にかける言葉などいくらでもあるはずなのに何一つ出てこない。
初めて見る五十嵐の姿に周りの女たちも不安げに見上げる。女たちは誰一人として圭吾がこの女性に惚れたとは思わなかった。五十嵐が本気にする相手などいるはずない。そう決めつけていた。
女性も困ったように五十嵐を見上げる。だが、一向に五十嵐から何かが発せられる気配はない。女性は気に触っただろうかと思い、周りの女の一人にブレスレットを渡した。
「では、私は急ぎますのでこれで」
女性が逃げるように去る。女性はあっという間に人混みに紛れ、五十嵐の視界から消えてしまった。
「圭吾様、これ……」
「……れよ……」
「えっ?」
「散れっつってんだよこのブスどもが!!」
「ちょっ、急になんなのよ!」
「二度とオレに近寄んじゃねぇよブス!」
「なにそれ! 酷いわ! もう知らない!」
女たちは次々と腹を立てその場を去っていく。女たちが今まで五十嵐に肯定されたことは一度たりともなかった。だがそれと同じく、否定されたこともなかった。これが五十嵐からの初めての否定であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます