人を愛するまでの時間と理由とそれからの言葉

久しぶりのキスにどうしたものかと、過去の性体験ライブラリを検索しながら、

そもそも罠じゃないのかと戸惑っていた。

彼女、レナはレナで小さく離れてはまた口付ける、小動物の挨拶のように繰り返し、

俺の困惑は増していた。

単純な繰り返しを10も20もした時に、レナが止まった。

1秒も見つめ合っていたわけでないが、レナの後頭部に手を添えて引き寄せて、

今度は俺から口を合わせて目を閉じた。

漏れた月の光が映す、彼女のポートレートを銀板写真のように瞼に残せれば最高だった。


目の前の女性を差し置いて昔の女性を思い出しキスの作法を再現する、

というのも失礼かもしれないが、そのようにして俺はレナの舌裏をねぶる。

肩を握ったレナが一瞬硬直し、やがて弛緩し身体を預けながら漏らした鼻息が、

俺の首筋をぬるくくすぐった。

負けじとレナから侵入があり、また逆襲したりされたりした口腔内の小競り合いの末、レナは声を上げつつ、口から糸を引きつつ顔を離した。


レナが俺の手を取り、ジャケットの中へ引き入れるとインナーの繊細な質感の向こうに、乳房のしっかりとした重みを感じた。

手のひら全体で包み、彼女の乳房をそっと持ち上げるように動かすと、

指の先に堅い突起を見つけ、少し動かした。

その性的な尖りの感覚に、レナは呻くと小さなため息をついた。

俺は半身を起こしてレナを抱え込み、キスを深く深くし、レナも貪るようにして強く引き寄せるのだった。

やさしくこねるように乳房を動かしつつ、長く口づけていた。


「ボク、裸になりたいな」

レナは俺を正面から見つめ、そう呟いた。

俺はうなずき返して、左手をレナの背中から腰骨、腹部へと手を滑らせる。

そして、再度腰を探るが、無い。

恥ずかしいことに、ジャケットの留め具がどこだかわからなかったのだ。

脱がせ方がわからないと端的に言おう。

これが初見殺し、いわゆる「童貞を殺す服」というヤツか。

と一人手間取っているのがレナに伝わったのか、レナは俺に背を向けて立ち上がる。


レナは月の光の中で、右の腰から背に手を伸ばすと、軽い金属音がした。

ジャケットは、それまで包んでいた中身の圧力に弾かれて広がり、

レナが両肩をすくめて振るとジャケットは形を残したまま地面に落ちる。

ジャケットは腰から肩甲骨にかけての生地に金具が幾つか光っていて、これにフックをかけて留める作りだった。

レナはインナーシャツも、ためらうこと無く脱ぎ捨てる。

背中の窪が描く美しいS字と、なめらかな稜線に俺は見入っていた。

レナはレギンスに手をかけたまま振り向くと、花の蕾のようなバストトップまで上半身を露わにしたまま、俺をジロジロと眺めて、また目を合わせたレナは苦笑いを浮かべた。


「キミも脱いでほしいな。えと、その、キミの服って変わった作りだから」

レナはそう口ごもるように言うと、また背を向けてレギンスを緩めはじめた。

言われて気づいたわけだが、たしかにこちらもこのままでは不公平なので慌てて、

上着やらボーダーシャツやらを脱いでは、今は誰も腰掛けていない椅子の上に畳んで置いた。

ズボンもボクサーズパンツまで丸めるように畳んでいたのは、俺も緊張していたからで。

俺が上下の脱衣から、整頓までしている間にレナは入れ替わりにベッドへと入り、

行儀よく掛け布に収まっていた。


次いで俺もベッドに入り、素肌にシーツや布団、そして触れ合う太ももから先のあたたかさを懐かしく感じつつ、

レナと密着する範囲を広げ、組み合わせられる場所を探していく。

そうして、指を絡ませあおうとした瞬間、堅い触感がそれを遮り、グローブを付けたままでいたレナが頬を赤らめた。

「しまった。グラブ付けっぱだったね」

グローブを外すの手伝うため、俺がグローブの端を摘んで持ち上げると、

レナの肘が上がり腋が開いた。


腋のくぼみのうっすらと金糸のような体毛、

そのまっすぐで上品な揃い方に神の創意めいた美しさを感じた。

レナは俺の気付きに気づくことなくグローブから手を抜き、もう片方は自分で外す。


自由になったその両手で俺の顔を包み、指の腹で頬を撫で続けた。

俺はレナの手首から腕にかけて尺骨のラインに沿うように、指先を滑らせる。

肩、ジャケットが残した胸の痕へ、そして、ヘソの周辺にたどり着くと、

ゆるく開いた指の爪でしなやかな腹部の上をアイスダンスのように愛撫した。


レナが大きなため息に隠した弱々しい甘い声を聞きながら、

俺は太ももの柔らかい部分は指の腹で撫で、腰骨を爪で掻いては彼女の高ぶりを確かめていった。

首筋への滑るようなキスと、つま先での外踝への愛撫、俺自身を伝えるための密着、

そして、レナが俺を迎え入れるその場所への事前準備。


「……来て」

俺が違和感を覚えたのは、その古風な呼びかけというだけでなく、

まだ彼女の陰部が充分な潤いを帯びていなかったからだった。

彼女の内部への刺激で一度軽度の絶頂を与え、柔らかくしてからと考えていた。

そのため、彼女の求めは若干性急なように思えたが、

性に関わることは人それぞれということなのかもしれない。

または、判断するには単に俺の経験人数が少ないだけかもしれない。


俺はというと、熱を帯びたレナの裸体と、か弱い反応に充分用意は整っていて、

レナも俺の一物を弱々しく握って、そちらの方に導こうとしていた。

「こっちは熱いくらいなのに、こっちはひんやりしていて不思議だね」

とレナは俺の陰茎と陰嚢を比較するように弄っては、無理に作ったような引きつった笑顔を浮かべた。


俺が両腿の間に膝を進め、先端と秘裂のお互いに触れ合った時にひとつ気がついて、逡巡した。

俺はまだ付けるべきものを付けていないのだ。

突発イベント用のコンドームを収めた財布は、デスクに置き去りのままだと先程気づいた通り。

どことも知れない異世界で、美少女と出会ったその日に大きな責任を設けるとは、

なかなかの放蕩者っぷりではないか。

このまま雰囲気に流されていいものではないだろう。


「大丈夫だよ。さっき、"石女のリンゴ"を食べたから、赤ちゃんできないよ」

完全に見抜かれていたようで、レナは俺を力づけると腰を浮かべて、より強く性器を密着させた。

レナが俺の両腿に乗り上げ、卑猥なアプローチをしているように見えるポーズと、

その真面目な顔を見比べる。

彼女の言葉を信じる信じないはさておいて、いささか申し訳ない気持ちになった。

俺は覆いかぶさるようにしてゆっくりと、押し入った。


彼女にとっての異物が進むにつれて切なげに漏れる彼女の息を耳元で聞きながら、俺は彼女の肩を抱き、下腹を押し付け、出来るだけ深く挿入して止まった。

彼女の内部が俺の形を受け入れ、それに馴染むまでの時間、唇を合わせ、肺も気道もまるでひとつになったように息を交換し続けた。

レナも両手足で力強く俺を引き寄せ、離さないでいた。


「動きます」

レナに囁く返事に「うん」と聞こえた俺は膝を軸に小さな振幅で抽送をはじめる。

そういえば、直接中で触れ合うことは初めてで、充分な潤いもなく、

補うための潤滑剤を用いたわけでないので、動きがぎこちないのはそのためだろう。

レナをちらっと見ると、何か目を反らしてはいけないと自分にでも言い聞かせているかのように、俺を見つめながら口で息をしていた。


俺は抽送と合わせて、空いた右手で彼女の淡い草むらから下の蕾とその周辺を刺激し、時には強く腰を打ち付け、レナはその度に軽く驚いたような声を放つ。

レナの身体は俺を悦んでくれているのだろうか、それとも単に内部への異物侵入に対して反射的な反応を示しているだけにすぎないのだろうか。

声を抑えようと口を覆った手とその影で、今の俺からはレナの表情は見て取ることはできなかったが、その仕草を愛おしく思った。


その後も、幾度か体位を入れ替えながら、彼女の内部に押し入っては引き返し、

探るように押し当てては、しばらく繰り返し試し続けた。

だが、溢れる汗がレナの胸で弾け、混じりあうたび、落ち着いていく心の動きを感じていた。

レナもまた、俺と指を絡ませ手を離すまいと握り返すものの、その瞳には情欲の炎のゆらめきは見られなかった。

真顔で見つめる数十秒、規則的にベッドが軋んでいた。


「そろそろ、やめておこうか」

俺はそう呟くとゆっくりと腰を引き、寂しそうに眉を寄せるレナから一度、目を逸らした。

レナは続けるように言いたかったのだろうか、開いた唇を引き結ぶと、そっと頷く。

俺は彼女から性器を引き抜くと、脱力していくそれと同じく弛緩するようにレナの隣に倒れた。

「ごめん。戦犯は俺です。こんなに好きなタイプの女の子としてるのに申し訳ない」

うっかり謝られないように俺が先手を取る。

つまらん男だと謗られるのだったら、それはそれでよかった。

「ううん、違うんだ。ボク、ちゃんとした人と、その、するの初めてだったから。

ほら、まだ緊張してる」

レナはことの始まりの時のように、俺の右手を取って自分の胸にあてがうと、

早く打ち続ける胸の鼓動を俺に伝えた。


「初めてだったの?」

初体験にあたって、はっきりわかる女性とそうでない女性がいるらしいとは聞いている。

自分の記憶を振り返ると一度だけ、蚊に食われた程度の出血を見たことがあったが、今回それすらもなかった。

一方、性交における手順といえば、ふれあい相手を確かめ合う純粋すぎるものでアダルトビデオで知っているようなお作法ひとつなかった。

「ううん。前にもしたことはあるから初めてじゃないよ」

レナは行為の時にもそうしたように、指を絡めてくる。

「その、ちゃんとした人ってのは?」

「それは、好きになった人のことだよ。そう、キミ」

レナは照れ隠しのように俺の口を使って自分の口を塞ぐと、

俺がそうしたように奥深く貪るようなキスをした。


ちゃんとしていない人。例えば、愛していない人や友人家族、もしくは強姦魔。

ちゃんとしていない何か。例えば棒状の何かが事故や事件。

レナの初体験に少しばかり思いを巡らせると、下衆めいた気持ちになって慌てて振り払った。

聞く限り性の初心者のレナを喜ばせることが出来なかった後悔が、入れ替わりに襲ってきて声にならない声が漏れた。


「少し眠ろう。もうじき小さな夜が明けるから」

レナは軽く口付けると布を掛け直し、月明かりの中で目を閉じた。

長いまつげの影が落ち、つい先程身体を許しくれたのが信じられないくらい美しく凛々しい寝顔だった。

「瞼を撫でてあげよう。君が良い夢が見られるように。俺の大好きな作家が言っていた」

言葉の通り振る舞って、俺もレナに向ったまま目を閉じた。

「キミは本当に素敵な言葉を使うね。愛しているよスミス。おやすみ」

俺は暗闇の中で聞いた、彼女の言葉をいつまでも扱いかねていた。

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