第2話 出会う

「魔物とはこのように狩るのだ」


いやわからねぇよと。

誰かが呟いたのかもしれない。あるいは、呟いていなかったとしても。


先程眼前で行われた"狩り"を見て、彼らはその意味不明さに、ただただ困惑していた。

そして視線を向けられる長身大柄の男──ヘンリック・エルンストは、さっぱり理由が分からないので眉をひそめた。




彼らは帝国の兵士である。

国を守るために日々訓練を重ね、有事の際には戦う戦士たちだ。

だがそんな彼らにも、唯一足りないものがある。

──魔物との戦闘経験だ。


人が魔物と呼ぶその生命体は、獣でも人間でも亜人でもないもの全般を総称する。いわゆる竜と呼ばれるものや、意思疎通の出来るオークと呼ばれるものは例外的だが、彼らもまた含まれる。

理解出来ないから魔物と呼ぶ──聞こえこそいいが、理解出来ない知恵を持つ『人間のような何か』を『不死』と呼ぶのと同じように、そこには一種の忌避感と恐怖があるのだろう。


魔物の大半が人を超えた強大な力を持つ上、種族の本能であるかは分からぬが無慈悲な殺戮を好み、故に生きて帰ってきた者は少ない。それは帝国でも、大陸の南に位置する宗教国家『フェルニクス』でも、西に位置する魔法国家『ヴォリュングヴィ』でも変わらない。


「本日は襲撃だ。最初に手本を一度だけ見せる。あとは死なぬよう、狩れ」


……だが、たった一つだけ例外がある。

彼ら帝国の兵士に対して、魔物を殲滅する方法を教授するために帝国に雇われたヘンリック。

彼の故郷である、北のオーレンティア王国だけが。


「……どうした。何か言いたげだな、先頭の貴様。言え」


兵士たちは駐屯村に集められ、そこでヘンリックから指示を受けるのだが、決まって彼の指示は大雑把だった。

やれ魔物の生態を探れだの、やれ毒を作れだの、やれ木々を見分けろだの……

割と理詰めで生きている帝国人にとって、オーレンティア人であるヘンリックの指示は物凄くわかりづらかった。

ついでに言えば彼の姿も問題だった。

何の変哲も無い、ごく普通のコートにブーツ。旅人と言えばそれまでなのに、異質な長い刃物を持っている。


だからこそ舐められていると、不満も溜まるのだが……


「い、いえ……突然の事で驚いただけです……」


その鋭い眼光の中に宿る、ギラギラとした何か危険なものを感じ取られずにはいられないのだ。


「なら支度をしろ。機会を逃せば次は長い」


淡々と言葉を告げ、一人黙々と目的地へと向かうヘンリックの後ろ姿を見て、もう三日以上の付き合いになるが未だに恐怖心を感じるのだと、聞けば彼らは答えたという。



目的地である森の中で集まった彼らは、相変わらず無表情のまま鋭い眼光を向けるヘンリックの言葉を聞いてきた。


「狩りの対象は……確かヴォルフか。名前なぞどうでもいいが、いわゆる狼の中でも凶暴な類であり、また人に近い構造をしている。故に、一瞬で片付けるのが手っ取り早い」


為になるんだかならないんだか、しかし真理を言いながら少し進み、目的の場所へ到着する。


「……着いた。奴らの縄張りの近くだ」


ヘンリックが静かに言い、皆がしゃがみこみ、指示を待つ。その様子を見て理解したのか、彼は近くの兵士に言う。


「矢を貸せ」

「……弓ではなく?」

「矢だ」

「は、はぁ……」


そのようなさっぱり分からない指示を聞き、兵士は矢を一本渡す。それを受け取ったヘンリックは立ち上がり、それを斥候の役割をしていたであろうヴォルフの一匹に向けて投擲する。


「……は……?」


それは誰が漏らした困惑だったか。

その困惑が聞こえるか聞こえないかの狭間で、ヘンリックは疾走した。

投げた矢がヴォルフの鼻頭に突き刺さり、ヘンリックを発見した一匹の咆哮で全てが戦闘態勢に入る。


近くの一匹が人外の跳躍と速度で襲いかかる。防具を何一つ付けていない上に長物を持っているヘンリックでは、迎撃が間に合わず一撃で死んでしまうだろう──


「遅いな」


だが、その呟きが聞こえると同時に。

飛びかかったヴォルフの上半身と下半身が切断されていた。

──右手にはその長く重い、異形の刃物が握られている。


東洋の地では、鞘に納めた剣を高速で抜き一撃を与え、続く二撃目で仕留める抜刀術と呼ばれるものがある。

彼はそれと似たことを、大剣でやったのだ。


宙を舞う下半身の股下を滑り込む形でくぐり抜け、その姿勢から戻しつつ、その刃物を右から左へ大きく振るい、左右から来た二匹の両足を切断。


「──ふんっ」


返す刀で切り上げ、崩れ落ちる二匹の首を落とす。更に正面から迫るヴォルフの眼球めがけて、近くの小石を蹴飛ばす。


もちろん回避される。先程の矢が当たったのは奇襲だからだ。

ヴォルフの右腕が振るわれる。が、ヘンリックは敢えて前に踏み込み、右腕の付け根に、下からその刃を食い込ませる。


──彼らにとって剣とは、「叩き斬る」ものであり、鉈の延長線だ。

長く、重く、そして一撃で肉を断ち骨を砕く。


あからさまに求めるものが違う。

故に──


「邪魔だ」


ヘンリックの剣術とは、それを極めたものである。


力任せに押し込まれた刃が肉を裂き、骨を断ち、右腕を舞わせる。その勢いのまま回転し、その刃を心臓めがけて突き立てる。

響く絶叫は二つ。そのヴォルフの背後から諸共引き裂こうとしていた最後の一匹を察知し、突きを繰り出したのだ。

もっとも、彼の剣は剣と呼ぶには難しい刃物だ。突きなど考えられていない。あくまで突きに"使えない事もない"程度である。それを力任せに突き立てられ、あまつさえ急所を貫かれているなど想像を絶する痛みであろう。


「……くたばれ」


突き立てられた剣が捻られ、肉と骨を巻き込んで痛みを与える。それを力任せに振り抜き、臓器と肉をまとめて引き裂きながら、血塗れの刀身が姿を現わす。

崩れ落ちながらも敵に喰らい付こうとするヴォルフだが、その素振りを見せる前に脳天に刃物を突き立てられ即死。

先に倒れ伏した一匹には、その刃物を以って頭蓋を砕き、念入りとばかりに首を落とした。


その"狩り"はごく僅かな時間だったが、生み出された光景は凄惨であった。

同じ人間がここまで無慈悲に生命を殺せるのかと、たとえ人に害をなす魔物であったとしても、哀れみを感じずにはいられなかった。


故に。


「魔物とはこのように狩るのだ」


などと言われたところで、帝国兵は"いやわからねぇよ"と思うしかなかったのだ。



■■■■



あの後、ヘンリックは「縄張りを殲滅しろ」と言い放ったが、流石に分からないので質問したところ、「遠距離で奇襲をかけ、周辺に伏せたもので全て始末しろ」と返した。

火矢や毒矢などによる絨毯攻撃を行い、逃げるヴォルフを伏せていた歩兵によって奇襲、片っ端から一人残らず皆殺しにさせた。

それは狩りとは程遠い、虐殺にも等しい光景であったと人は語る。


駐屯村に帰還した兵士たちは、疲労困憊であった。まるで国を守る自分たちが、魔物のようなやり口で魔物を殲滅したという事実に、何処と無く嫌なものを感じていたのだった。

まるでこれでは、自分たちもまた獣ではないかと。


だがやっと休める。要は魔物相手にはあらゆる手を使って葬り去れば良いのだ、と理解した彼らはすぐに眠りたかった。

……眠りたかった、のだが。


「何をしている。食え、飯だ」


何故かヘンリックが食堂に彼らを集め、肉を焼いていた。

ただ、焼いただけの肉だ。しかも何肉か分からない。


「あ、あの、ヘンリックさん……。飯って、これが……?」

「あぁ。貴様らを先に返した後、少し近くに、群れからはぐれた獅子の一匹を見つけてな、その肉だ」

「え……」


勇気を出して尋ねた男は、彼から返ってきた答えに絶句する。

獅子の肉。野獣の中でももっとも強いとされる獅子、その肉である。

確かに食用としても問題無いのだが、しかし味がくどく食えたものではないとして、料理に出されるとしても散々味付けして初めて出される代物だ。


それを焼いただけの、おおよそ料理とは言えないもの。

全員の顔が曇る。


「まさか魔物との戦いで上等な飯が食えるとでも思っているのか。食えるのは肉だけだ。


魔物が残っているのに、何故帰る。食い物ならその辺に転がっているだろう。頭を回せ、手段を選ぶな、短期間で殺し尽くせ。でなければ奴らは延々と殺し続ける。


友を守るのだろう、家族を守るのだろう、国を守るのだろう。そのためにここにいるのだろう。そのために敵を殺すのだろう。貴様らも俺たちも、戦場に出れば一匹の獣でしかない。

──文明人を気取り殺し合いに挑むのならば、死ぬだけだ」


淡々と告げる彼の表情は変わらない。


それもそのはず、彼の故郷であるオーレンティア王国は、その環境故にまともな作物が取れず、また年がら年中強力な野獣や魔物と戦闘を続けている国なのだ。

大陸の中で、もっとも地獄に近い場所──その地獄で獲物を狩り、生きていた男は、それ故にこのような事をしているのだ。


「──肉を食え。生命を喰らえ。それが生きるということだ」


帝国は大陸では先進国だ。

王国は建国百年程度の歴史しかなく、しかも北の田舎にある上に技術では劣っている小さな国だ。

帝国に生きる人々からすれば、田舎の時代遅れが何をほざくか、として怒るであろう。


だが逆らえない。

ヴォルフを片っ端から殺すよう命じ、まるで散歩でも行くような気軽さで獅子を殺し──そして通常ならば六匹のヴォルフを一人で殺し切るなど到底不可能だというのに、いとも容易くロクな防具も無く殺し尽くしたこの男は、おそらく自分たちを殺す事に躊躇いなど無いのだろう……そう思うと、ただ恐怖するしかなかったのだ。


そして生まれて初めて、焼いただけの肉を喰らった彼らは。

──北の地獄の、その一片に見えた。



■■■■



「ありがとうございます! 本当に助かりました!!」

「いやさ、ボクに感謝されても困るんだけど……」


店を出て、ふらりふらりと彷徨っていたシェオルは、たまたま困っている少女を見かけ、声をかけたのだ。

……「ギェァッ!?」という意味不明な悲鳴と共に跳ねられたのは、予想外だったが。


「まっ、よかったね。じゃ、ボクはこれで」

「あのっ、お礼をさせて欲しいんですが」


事情を聴くと、何やら魔法の制御に失敗して大切な首飾りをすぐ近くの建物の上へ飛ばしてしまったという。普段なら無視するところであるが、上機嫌だったシェオルはこれを取ってきてやったのだ。

するととても喜ばれ、さしもの彼女も少し困惑したのだった。


(……けど、お礼か)


正直興味は無し、別に付き合ってやる必要も無い。だが、今の彼女が上機嫌だったというのもあるが、子供のお礼と聞いて、どうせ甘い物か何かだろうと検討を付けて──そこで気が付いた。

甘い物、菓子とか言ったか。

……食べてみたい。食べれなければその辺で"つまみ食い"でもすれば良い。

満たされてなお癒えぬ空腹が、食欲が、美味しいものを食べたいという感情が溢れ出す。


「……そう? じゃあ、好意に甘えちゃおうかな」


えへへと笑う二人。

だがこの場にヘンリックが入れば気付いたであろう。


"怪物の顔に、変わっている"と。




そして少女に案内された場所は、教会であった。


「教会……噂には聞いてたけど、結構立派だね。ここが"神の家"、って奴だっけ?」

「カノン様は天使の宿って言ってました」

「……ふーん」


興味が無いので納得した風を装って返事を返す。十字架を掲げる建物だが、さて何やら言いがたい何かを感じる。

どうせ裏で人殺しでもしているのだろうと目星を付けながら、早く菓子か何かが食べたいと食欲が流す。


「あら、おかえりなさい。リリィ」

「ただいま! カノン様!」


そんな思考を打ち消すように、修道女が現れる。

思わずヒュー、と言いたくなるような起伏のある体系であり、鴉の翼のような黒い髪に水晶のような青い瞳は美しさをより強調する。

なるほど、女体の黄金比とでも言うべきか。

目の前の修道女は、それほどに美しかった。


「その方はどうしたの?」

「助けてくれたの! それでお礼がしたくって」

「あら……」


シェオルと修道女の視線が合う。

──知ってる奴だ。

彼女の思考がすぐさまこの修道女の正体を割り出す。

"壊れている目だ"。

普通に溶け込む異常、それは自分も例外ではないが、しかしこれは……


「リリィがどうもお世話になりました。私、この『天使教』の修道女を務めてますカノン・クロウエルと申します」

「ご丁寧にどうも。ボクはシェオル・カレンデュラっていうんだ」


挨拶を交わしても、やはり気になる。

食べ甲斐のありそうな身体だが、それよりも何故破綻しているのに子供に慕われているのか。


面倒事は嫌いだが、シェオルもまた破綻者。

同族としても、気になるものはあるのだ。


「……シェオル、カレンデュラ……冥界と、咲けば不吉を呼ぶ花の名前ですか。偽名とはあまり関心しませんが」

「許してくれよ、ボクだって名前知らないんだ。それより、ここであれこれ話してるとあの子が拗ねちゃうんじゃないかな?」

「そうですね。立ち話もなんですし、教会へ上がってください。リリィの件のお礼もしたいですから」

「ご好意に甘えて、そうさせてもらうよ」


ニヤリと笑うシェオルと、聖母のように微笑むカノン。

相対的な笑顔を見せながら、しかし内面では共通してるのだろうと互いに思いながら、ワクワクしながら待つリリィと共に教会へと足を運ぶのだった。

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