Eat is Life

グーゾー

第1話 異端の少女

路地裏に6人ほどの男がいた。

彼らは所謂お尋ね者であり、いつものように殺して物品を奪って、逃げていた最中だった。


「──やぁ、ボクは借金取りだ。キミたちからお金を巻き上げに来たんだよ。だから頂戴。命じゃなくてお金。それだけくれれば帰るからさ」


そんな彼らの前に、色白で不健康に痩せた、やや中性的ながらも端整な顔立ちをした少女が現れ、血に塗れ腹が抉れた鴉を片手に笑顔で問いかける。


その姿は浮浪者のようで、ズボンも傷ついたもの。素足を晒し、上半身は胸元を雑に巻かれたサラシだけが覆い、左側だけを覆い隠すようなボロボロのマントを纏った彼女は、その場においても一際異端だった。


「……なんだぁ、てめぇ」


男の一人が警戒しながらも近付き、短剣を向ける。少女は何も思うものが無いのか、鴉を投げ捨てて自然体のままそこにいる。


「ガキの遊び場じゃねんだ、失せろ」

「言ったよ? 借金取りだって。手荒な真似はしたくないんだ」

「……野郎の回し者か。あるいは単なる目立ちたがりか……まぁいい」


なんであっても、自分たちの商売を妨げる者は死んでもらうしかない。例えそれが真っ当に依頼を受けた人間だとしても。自分たちに非があっても。出し抜かれるマヌケが悪いのだから。

男はそう結論付け、少女を殺す事にした。


「消えちまいな」


心臓目掛けて振り下ろされる短剣は、あっさりと少女の胸を貫き──


「……で?」


同時に、男の胴を少女の腕が貫いた。

何故? そんな思考もまとまらない。彼女の腕は臓器を貫いている上に他の臓器に触れている。激痛が走れば思考なぞまとまらない。

残った男たちが状況を把握するよりも早く、貫かれた男の胴が肉が引き裂ける音を響かせて、血溜まりに崩れ落ちる。返り血を浴びた少女は胸に突き立てられた短剣を引き抜きつつ、面倒臭そうに一瞥する。


「んー……出来れば殺すなって言われてたけど、これじゃ無理だなァ。確か臓器と目玉と、あと手首だっけ? 高値で売れるの」


ボソリと呟きながら、ひたひたと血溜まりを歩く。

そのある種の悍ましさをまとった彼女に男たちは怯え、しかし自らを奮い立たせる。何故こんな女に怯えねばならんのだと。どうせ魔法か何かを使ったのだろうと。


そこでふと、黄金の瞳がこちらをジロリと見つめているのを察した。

少女の唇が邪悪に歪み、地を蹴って飛びかかる。

──疾い。

──早いのではない。速いのでもない。


──ただただ、認識出来るか出来ないかというその境界に、それはあった。


「二つ目」


少女の楽しそうな声が聞こえると同時に、一番手前にいた男の左肩が吹き飛んだ。悲鳴を上げるより早く体内に手刀を突き入れ、胴を抉り取る。

手斧を持っていた男がその場にいる少女に接近し、素早く首目掛けて振るう。


「やっ──」

「邪魔」


斧が首に食い込んでいる筈なのに、少女は何事もなかったかのように血すら吐かず言葉を発して、その男の足を蹴る。

──そう、ただ蹴っただけというのに男の足は棒切れか何かのように千切れた。

その千切れた足を素早く掴むと、少女は躊躇いなく頭へと振り下ろし、足と頭はあっさりと砕けた。


「……ずらかるぞ!」


主犯格と思われる男が声を上げると同時に一斉に、それぞれがバラバラの方向に走り出す。

誰か一人が生きていれば、本隊と合流出来る──だからこその分断。それ自体は悪手ではなく、むしろ最善だ。

だが、この少女を相手とした時には。


それだけは、やってはならない悪手であった。



■■■■



「はぁっ、はぁっ、はっ、はぁ……ッ!」


必死になって街を駆け抜けた男は、やっとのことで自分たちの仲間の下──彼らが本隊と呼ぶ集団がいる場所にたどり着いた。

そこはいわば洞窟であり、滅多に人が来ない場所でありながら過ごすにはそこまで苦労しないという、それはもう素晴らしい環境だった。


「やけに遅かったね。どうしたのかな? 道に迷った、とか」


だから、そこにそいつがいるのはおかしい。

足が震え、崩れ落ち、歯がカチカチと音を立てて視界が定まらない。

どうして、どうしてあの女が此処にいる──!?


「まったく、こんなに大人数とはね。これで借金賄えそうじゃないか。裏切れないのは辛いね、ホント」


色白の、痩せた少女が奥から現れる。

ずるずると、赤黒と肌色の塊を引きずって。

男の視線がその塊に向けられてるのに気付いたのか、さも見せつけるように軽々と持ち上げて一言。


「あぁ、コレ? キミのお仲間だよ。ひっどいんだねェ……ちゃんと顔くらい覚えておこうよ。じゃないと嫌われるよ」

「……っ」

「あらら、だんまり? まあそりゃそうか。このザマじゃまともに見れないか。もういいかな、大して美味しくもなかったし。所詮は人肉だね。そこんじょの肉よりくどくて食べれたもんじゃない」


あからさまにおかしい事を言いながら、かつて人だった残骸をボトリと落とし、蹴り飛ばして洞窟の壁の染みに変えた後、パンパンと手の汚れを落とすような動作をした。


「さぁて、あとはキミだけだ」

「ど、どう……して、ここが……」


震える声で尋ねると、少女は気軽に。


「んー? いの一番に逃げ込みそうなのを追いかけてきただけだよ? その方が楽だし。でもまさか結構いるなんてね。おっきいところって聞いてたから、迂闊に攻められないと思ってたよ」


──ま、全部殺しちゃったけど。

にこやかに告げる彼女の表情には何も無い。ただ単に事実を告げているだけ。無慈悲な殺し屋など腐る程いる。

しかしこの女は違う。それらとは何か違う。

何かが決定的に違っている。

"こいつは狂っている"。

人じゃない。人を食った感想を言う人間など、ただの人喰いでしかないのだから──


「んじゃ、そろそろ大人しく死んでくれないかな」


少女がそう言うと同時に振るわれた手刀により、男の首が宙を舞った。


「……失敗、でもないけど微妙かな、この結果。まぁ、どうでもいいか」


金髪混じりの黒髪を揺らしながら、色白の少女──シェオル・カレンデュラはその辺にいた虫をひっ掴み、口の中に放り込んだ。


「……美味しくない」



■■■■



街の一角にある、旅人向けの宿屋の一部屋。

そこで二人の男女が椅子に座り向かい合っていた。


「……言い訳を聞こう」


重々しく言葉を発した長身大柄の男は、机に頬杖をついてプイと顔を背ける女──シェオルの発言を待つ。

やがて沈黙に耐えかねたのか、シェオルは渋々といった雰囲気を醸し出しながら、その体勢のまま告げた。


「状況判断」

「なるほど。それは否定すまい。しかし、一人くらい残して吐かせるようにと言われていたはずだが」

「無理だ。ボクが殺ったのは爪の汚れみたいなもの。アレは知らないよ」


すると男は何か感じたのか、「ふむ」と呟いてからしばし沈思黙考し……


「言えぬ木偶を生かしておく必要も無い、か。しらみつぶしに殺していけば、いずれ辿り着くなら効率的だ」


物凄く、物騒な発言をした。

これには皆殺しにした張本人であるシェオルも流石に顔をしかめたが、しかしものの数秒で元の表情へと戻る。


「……流石、復讐相手とその他諸々を皆殺しにする風習を持つ部族なだけはあるよ。ボクは自分が狂ってると自覚してるが、キミも大概じゃないか。元騎士の名前を捨てて殺戮者を名乗ったらどうだい? ヘンリック・エルンスト」


ヘンリックと呼ばれた男は無言で立ち上がり、壁に立てかけてある棒の近くまで歩きながら彼女の言葉に答える。


「そもそも騎士ではない。最初から狩人だ、それ以上でもそれ以外でもない。ただ、獲物を狩り生きるだけだ」

「ちぇっ、つまんない奴」


吐き捨てるようにシェオルが呟くと同時に──


ヒュンっと長い何かが空を斬り、彼女の首元、そのギリギリの皮一枚と言うべき位置へと当てられる。

見ればヘンリックは元々鋭い目付きを更に鋭くしている。


「……おいおい、なんだってのさ」


こいつを突くような事を言ったか──? シェオルは少し疑問を感じつつも、どうでもいいかと切り捨てる。

やがて視線が下を向き、その長い何かの正体を見る。


それは何というべきものか。大剣と呼ばれるそれに限りなく近いが、全く別のもの。強いて言えば、鉈……のようなものだ。

剣先が歪な四角を描く刀身は分厚く、それこそ成人した女の身の丈ほどもあろうかという長さ。

その姿は人間に使うべきものではなく、まるでそれ以上に強大な敵に使うような──


「あまり調子に乗らんことだ。たかが殺戮を好むだけの獣が、人を惑わす悪魔の真似事など吐き気がする」

「はいはいうるさいな。ボクが悪かったよ、これで満足?」

「……俺は貴様がどういう性格かを知っているが、他の人間は知らん。無益な殺生は起こすな」


その大剣のような別種の刃物を鞘へと納めつつ忠告をするも、彼女は聞き流しながら立ち上がる。


「ところでお腹減ったんだけど」

「金を片手に食いに行け」

「あれ? ヘンリーは?」

「俺はこれから仕事がある。終わるのは夜ごろだろう。好きにしていろ」

「ァーい、ンじゃ好きにしてますよーっと」


眠たいお説教から解放されたシェオルは、小分けにされていた袋を適当に二つ取ると素早い動作で扉を開けて外へ出て行った。

それを見送ったヘンリックは、同じように残った袋を手に取り鞄に入れ、その刃物を腰に挿し、反対にゆっくりと出て行った。



■■■■


"大陸"とだけ呼称されるその場所こそ、彼らの生きる世界である。

強大な力と広い領土を持つ大国を中心に、その他の中小国で成り立つ構造をしているが、実際には大国の保護下に入っているので、属州と言っても過言ではないだろう。


その中でも最も広い領土と科学技術を持つ国、スペルティトゥス帝国。

そこが今シェオルがいる国だ。

元々は大陸の中央にあった小規模な国と友好関係にあった、東の国が合併して出来たものであり、それぞれの文化を受け継ぎながらも新しい国へ発展していった。


「ねー、これちょうだい」

「それは今日無理だ」

「じゃこれ」

「持ち金が足りるのかよ、お嬢ちゃん」

「金貨二十五枚持ち歩いてる」

「……おいおい、何人殺した?」

「数えてないよ。殺した奴の事覚えてる必要なんて無いし。それよりも早く作って」


出ていったシェオルは、その辺にあった料理屋で文字を読む気すらなく適当に物を注文していた。店開きをしたばかりからか、あるいは時間帯が良かったのか。客は彼女だけだった。

そんな彼女に呆れつつも店主はやれやれと支度を始める。暇になったシェオルはその辺に転がっていた文字の書いてある大きな紙を手にとって見る。


「えっと……『宮廷魔術師団が新技術の開発に成功』……? なにこれ、本にしたって大きすぎるし、見ててつまんないな」


が、一瞬で興味を無くし、くしゃりと丸めて床に捨てる。

その様子が目に入ったのか、店主がつまらなさそうに呟いた。


「そりゃ、シ・ンヴ=ォン……だったか、ヌャルスペィパォードゥだったか……? 俺も忘れたが、帝国であった何かしらの出来事をまとめた紙だ」

「する意味がわかんないんだけど」

「俺も知らねえよ。ただなんか、その昔不死どもが持ち込んだ遺物らしいってのは知ってる。が、役に立ちもしねぇもんだよ。言っちまえばゴミだ。んなもん木板見りゃいい」


その真実を知る者はもはや存在しないが、かつてこの大陸には摩訶不思議な姿や服装をしたヒトらしきものが現れ、姿形こそ同じだというのに、まるで別世界の技術のようなものを伝えたという。

その『ヒト擬き』は、若かろうと老いていようとあり得ないほどの知恵を持ち、また言語体系が全く違う言葉を用いた事から、『不死』と呼ばれている。


先程シェオルが手に取った『シ・ンヴ=ォン』あるいは『ヌャルスペィパォードゥ』もその不死たちがもたらした知恵の一つとされる。所謂その日起きた事を大々的に知らせる日記のようなもの……なのだが、書き手に問題があるのか、何があったくらいしか書いていない出来損ないだった。


「ふーん、よくわかんないや。それより……魚? 珍しいね、特に焼いたりとかはしないんだ」

「東の地じゃこれが普通だとさ。行ったことはないんだが、師匠がそこの出でよ。『メ=ゲレ』とかいう凶暴な魚の肉を丁寧に洗って生で食べる奴だ」

「へぇ、それはまた。生肉とか味のない料理は散々食べたけど、そういうのは初めてだ」


それからしばらくして、その生魚の料理が出来、彼女の前へと出される。

出て来た料理をすぐさま食事用の短剣と槍で食べ始めるが、その速度は異常だった。味わって食べる、という訳でもなく。あるいは単に早く食べている、という訳でもなく。ただただひたすらに、それが無ければ死ぬとばかりに食べる。


ものの数分で料理を食べ尽くし、金額を聞くのが面倒だったから、適当に金貨を六枚置いて去る。その姿は、とても上機嫌なものだった。


「ふぃ……美味しかったァ」


夢見心地でそんな事を呟きながら、シェオルはふらりふらりと道を歩く。

別に歩く必要も無く、彼女の能力ならば文字通りひとっ飛びで帰れるのだが、散歩でもしたかったのか、そうして歩いている。


──ただ彼女の姿は否応にも目立つ。

そもそも格好がやつしのそれ、と言えるのもあるが、だが要因の一つに過ぎない。

もっと目立つのは彼女の身体的特徴だ。

そのざんばらの長髪は全体的に黒だが、所々に金髪が混じっている。まるで白髪混じりの頭のようにだ。大きく晒されてる起伏の少ない身体は病人のように不健康に痩せ、肌も白い。

そして何よりも目立つのは──その黄金の瞳。人ならざる異端の黄金としか形容出来ないような、そこにあることすら間違っているような、そんな瞳。


それらがあって目を引かないというのは、いささか無理があろう。


「……さァて、どうしようかなァ」


一切を無視しつつ彼女は悩む。

"ある一つの渇望"を抱えながら。

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