第4話-5
後日談というのは、どの日常生活にも存在する。
物語というのは、そういうデンジャラスの一日が終えた後の話をさすことが多いが、今の日本映画ではそういうものをあえて放映しないケースが多い。だが、それは視聴者に今後の物語を丸投げする非常にヤリ口の汚い手法だということは言うまでもない。
非日常だった日々を終えた美紀は、疎遠になった親友の墓参りへ向かった。
そりゃ死者と疎遠になるのは当然なことなのだが、その言葉自体には、彼女のそうならざる負えない時代との風刺的な思考が含まれる。
ユキは電車に轢かれて殺されたという事実は変わることもないし、その中には自身が関わるのも言うまでもない。
古くから伝えられる日本昔話が、実のところ子供たちを嚇すために作られた逸話だったように、誰かが語る言葉のひとつひとつにはそれなりの意味がある。
その人の癖だったり、趣味だったり、苦しみだったり………伝えたいことだったり。
そして、罪は消えることはなく、死神の鎌のよう美紀に安心感を与える。死とは、自身が救われることができる唯一の手段だと言わんばかりに、罪は美紀にとっての安定剤のような存在だった。
それでも、生きる理由は―――少女が存在したからで、未だに明日に、どんな人間でも幸せに生きることができる世の中を夢見ていたのだ。
それは、日本だけではない。
戦争や宗教、貧困、裏切り、障害、病気………スベテを踏破して、全人類が幸せに生きることができる明日を信じていたのだ。それは、大切な人を失う明日があったから、そう考えることができた。
イジメにあっても、妖精の少女は笑顔だった。
それは、キリストが信じた『汝、敵を愛せよ』にも、ブッタが悟った『他愛』にも似た、真に平和を望む者の考えだと、美紀は信じていたのだ。
だが、現実は違う。
キリストが弟子に裏切られたように、ソクラテスが自ら毒を飲したように、ジャンルダルクが魔女と疑われ火焙りの刑の処されたように―――真に平和を望む者、非力の少女がそうだったように―――石を投げられ、存在自体を壊されていく。
疎遠になった―――には、それをさせてしまった美紀自身の『誓い』も含まれた。
もうこんな、守られてばかりの人生に終止符を打ちたかったのだ。
墓参りに行こうと誘ったのは美紀ではなく、宗助だった。
彼からそんな人道的なセリフが出てくるとは思いもしなかった。ただ、そう言われると―――美紀自身、断るワケにはいかなかった。
それが、男女ふたりだけの約束だとしても、彼がどんな
それに―――ひとりでも多くの人に、ユキがこの世にいたことを知ってもらいたかった。
新聞や雑誌に掲載されるような自殺事件での彼女ではなく、誰に縛られることなくどんなときも晴れやかな笑顔でいることのできた彼女のことを周りには知ってもらいたかった。
そして当日、宗助は美紀の豪勢な一軒家二階のベランダ(美紀の部屋と隣接された)に現れた。
「――よっ!!」……ガラガラ
閉めた。
「おいっ! 開けろバカ‼」
宗助はドンドンとガラスを鳴らす。
「今から墓参りに行くぞ? てか、外から下着丸見えだぞ?」
美紀、下着を見られたことに思わぬ舌打ち。
正直、男として生きてきた彼女にとって、下着だけの容姿は別に不思議なことではない。だが、ヘタに注意をされると、その部分が欠如していることを指摘されたように、女性としての自身が汚されたかのように、ムカつくのも確かだ。
とにかく下着だけだった容姿を直した。そもそも、ここは二階のベランダなのに、どうやって彼は侵入したのだろうか?
「それで、墓参りってなんのこと?」
美紀、既に認知症の疑いあり。
「ユキちゃんの墓参り。昨日の約束忘れたのか?」
「あぁ………」
美紀から思わずボヤけた声が出る。
彼女の墓は、あろうことか宗助たちが通う東城高校を北上した田圃道のその先に存在した。美紀は名も知らぬ花束を宗助に言われるがままに購入し、そのままバスを引き継いだ。
線香の煙が天へと伸びていく中、お互いに手を合わせているときだ。
「ユキから伝言だ」
宗助は、墓標の目の前で話し始めた。
「伝言だって?」
「ああ、一緒にいてくれてありがとう、だってよ」
「はは………そうかい」
そんな言葉で美紀の瞼には涙が溜まる。
そんなお礼を言われる筋合いはなかった。
だけど、美紀はもう二度と触れることのできないと思っていたユキの魂に触れることができた。そして、彼女を本来あるべき道へ戻せた。それだけでも、この似非占い師を誤解していたことを認めなければならない気がした。
思えば、怪しい男だとかなり疑っていた。
今でも、その見た目は不審人物そのものだが、逆にそれは美紀自身が見えている事柄に縛られている真実が見え隠れしていた。人は見掛けに依らずというが、今回の件でそれが美紀に痛感の想いだった。
思えば、その感情はユキを愛しいと思えた頃のあの感情と瓜ふたつ―――ただ、そいいう感情は、言葉にはしない。することは、できない。だって、美紀は未だに決め兼ねていた。
男としての自身と、女としての自身、おそらく未だに美紀は『男』のままなのだ。
「宗助………、くだらないことだと思って聞いてくれ。カラオケボックスで、君は雄蕊と雄蕊じゃ受粉しないっていったじゃないか? 私は思わずキレてしまったが、その通りかもしれない。俺は………未だに女性にはなれない」
「ああ、そうかい。でも、俺はオメェに言ったと思うぞ? 可愛ければどうでもイイって」
「―――え?」
「まあ、人はそういう男とか女じゃねぇべ。俺は、オメェのそういうとこは気にッている。そうだな。トマトジュースぐらいにはな」
彼にとってのトマトジュースの基準はどれぐらいなのか、思惑が湧いたが、正直に理解できるはずがない。
おそらく、それが宗助の狙いだということも判っていた。
ワケが判らないことで事を濁されるのも、美紀は嫌いではなかった。
世界は、嘘で覆われている。
嘘を使わないで済む方法があるとしたら、それぐらいにしか彼女も、おそらく彼も思いつかなかったのだろう。
「なんか、いろいろとお世話になった。宗助くんは………」
そして、これだけは聞きたかった。
「どうして―――こうも私を助けてくれたんだ? こんな見知らぬ私を、ここまで………」
だが、その質問に宗助は軽く笑って、それ以上この疑問に答えることはなかった。
その代わりに、宗助は別の言葉を用意していた。
「オメェさ……。ひとつどころかいくつも誤解してるんだよ」
「は?」
「人はな? 死ぬ瞬間に幸せを願うもんなんだ。そして、死して尚残された意識は、こう考えるようになるんだ――死ぬ瞬間に殺されてでもずっと好きな人といたいってな」
「そ………それは、なにがいいたいんだ?」
「最初の穢れが創り出した幻、突き落とした犯人の顔がオメェになってた理由だよ。ユキはそうやって、最後の時を大事な人との幸せに変えていたんだ」
その言葉の理由―――美紀が、一番に抱えた闇に光を帯びた鍵が差し込まれた。
「それってつまり………」
「これは、馴れ合いでもなんでもねぇぞ? ユキは、最後の時をハルとの柵に変換することで、どうにか完全な穢れになることを防いでいた。俺が見つけたユキという少女がオメェを好きだったように、それだけは間違いネェよ」
そう、自信を持っていいと、宗助は、
その文面、『入部届』という文字の下には、既にオカルト研究部という字が汚く書かれていた。誰が書いたのか―――見た目通りというかなんていうか………
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