第4話-2

 深夜過ぎ、営業時刻を終えた駅のホームは、蛍光灯などのともしびはスベテ消えていた。その中で、ひとり佇む宗助を照らすのは真夜中の月明りだけ、


 だが、冷たい風がなびいた時、暗幕とする雲が黄色い提灯ちょうちんをも覆い隠されると、同時に暗く閉ざされた常闇が訪れた。それはまるで、感情を隠す人の心のように………


 はるか昔、超能力はこの世に存在していた。だが、人間の幾度とない進化の過程で、その力は消えてしまったのだ。政治や戦争、人々の支配―――人の痛みを知ることは、人間の発展には逆に非効率な代物だった。


 それとは相まって、人の感情や怨念といった不可視の力を視ることができる力は―――ほぼスベテの宗教や大国が追い求めた得体の知れない圧倒的支配力の象徴でもあった。しかし、逆にそのような能力を『わざわい』として捉えたり、ヨーロッパなどでは『魔女』として死罪に値された。


 かくして、『霊感体質』といった人物は、世の中に身を隠して過ごす者もいれば、権力の象徴として宗教や国家に忠誠を誓う者に分岐した。


 今は、その力を保持する者はほとんどが滅んでしまった。彼ら宗助たちを含む権力や服従することのなかった一族を除いてだが、


 そして大切なのは、彼らの生き残り掛けた生存ルートではない。

 彼ら霊感体質を保持した人間がいなくなったことが、この世から『穢れ』が消え去ったこととはまったく別問題だということだ。


 人間たち文化の繁栄の裏側では、それによって生み出された怨念は消えることなく彷徨さまよい続けている。『視えない負』は、生命がある限りドコにでも存在する。その背後から忍び寄る邪悪には、現代人では気づくことはできない。


 だが、それを認知しながらも、身を投じることのできる人間―――現代までの時代、穢れによって世界が覆われ消滅しなかった理由を、誰も知ることはない。


 宗助も―――除霊師として、生きることになったひとりだ。


「そろそろ、お別れの時間だよ」

 宗助はひとりごとのように呟いた。


 誰もいない駅のホーム、椅子の横には枯れかけた花束が括りつけられている。その隣には少女がずっと座っていた―――でも、誰も知らない。一般の人間には不可視である概念の集合体と化していた。


 人間や動物、一度は宿した魂は死して尚、物に念が写るように―――残留思惟という形で彼らは生き続けている。今回のユキという少女のように、


「そうなんだ」

 ユキのふわりとした笑顔には、微かに悲しみが含まれる。


「美紀ちゃんによろしく。それと、一緒にいられなくてごめんなさい」


 宗助は、ユキ自身が亡くなったこと、この駅のホームで怨みを抱えて穢れと化してしまったこと―――スベテを話していた。そうすることが、ユキの為にもなると考えたからだ。


 だが、少女はこの出来事を受け入れて、宗助と共にこのホームへと訪れた。

 どれだけ純粋な子だったのか………不安ではあったが、そんな少女で助かったのも確かなワケで、


「ユキちゃん、次はハルちゃんと一緒に墓参りに行くよ」


「えぇ、待っているね」


 宗助は、返事を聞き終えるとユキの手を握手をするように重ねた。同時、ふたりの意識は共鳴―――今から、負の背負ってしまったホームの少女の除霊が始まろうとしていた。


寄坐よりまし』という除霊とは、その負を背負せおってしまった穢れに対して、同情と説得を繰り返し穢れの負の怨念を追い払う方法。宗助がこの除霊法を好む理由は、魂の行方が、穢れによって異なるからだ。


 仏教には引導輪廻という言葉が存在するように、あの世に導かれた魂は、魂の持つ『業』―――すなわち、生前の行いによって行き先が変わる。そして、穢れをはらんだ魂はどうなるのか………。


 ホームの少女を救うためには、彼女と同じ魂と同じである形見、爛漫とした頃のユキが必要だった。この世に残された穢れと同じ『残留思惟』―――それがこの世で一番、呪縛霊を成仏させるにはよいと、宗助は知っていた。


 一体化した少女の意思が、人肌の波が流れ込むように、宗助の内側へと吸い込まれていく。そして、聞こえ始める。その声のない言語、ユキが抱え込んだ闇―――少女が果たせなかった思いが、砕け散ったはずの穢れが、寄坐によって宗助へと伝わる。



『私の障害は『半陰陽』といって、みての通り男としても女としての機能もお互いに保持してるどちらつかずの存在だったんだ。それが原因で二十歳までは生きられないと言われていた』


『いや―――』

 宗助の意識もまた、心の領域では抑えることのできない声のない言語となり、ユキとの会話を始める。


『ふたつの精器が臓器を圧迫して二十まで生きられない―――そういう時代もあったのは確かだ。だが今の医学では、ソレを解除することもできる』


 そうだねと、ユキは言葉を繋げるように頷いた。


『どちらかの性を選んで、生きる道を決めることさえできれば―――ずっとこの先も生きることはできたかもしれない。だけど、私にはソレができなかった。手術を受ける勇気がなかった』


 ユキは、その裸体を晒しながらも、自身の悩みを暴露する。

 少女が抱えてきた生身は、一目瞭然―――だが、その目に見える障害以上に、その生涯を抱える人間の生活は苦渋に満ちている。


 だが、誰もが見える事柄だけで判断するのは、大間違いだ。幼少期という無邪気な年齢というのは、行為的であれ無意識的であれ、人の痛みを判断することが危うい時期を、少女は生きてきた。彼女の痛みは到底予測のつかない荒波だったのだろう。


『だから同じ悩みを持つハルちゃんに会って、私は救われた。ずっと生きたかった。だけど、ハルちゃんには別の人生があって、私は、彼の未だ選択肢がくっきり選別できる人生の邪魔はしたくなかった。だから、同じ学校に行っちゃいけないと思えた。そして、恐い手術なんか受けないで、ゴールが見える明日を夢見てたんだ。だけど………恋は盲目っていうじゃない?』


 恋は盲目―――その言葉を、宗助は繰り返す。


『そうだね? 私は恋をして、生きてみたいと思ったんだ。こんな、つまらない毎日が、たとえハルちゃんの戯言だとしても、私の自己満足だとしても、今を生きようって。ハルちゃんに嫌われるその日まで、私は生きていこうって思ったんだ』



 少女は、まだ生きようとしていた。宗助はソレを確信したが、それ以上の慰めの言葉は見つけることはできなかった。


『卒業式の日に、手術を受けようって心に決めていた。そうだ、男になってハルちゃんに告白しようって。だから、私は彼のことを死ぬまで愛していたんだよ』


 まるで、暗闇の中に光を灯すように、少女の穢れは消えていく。

 マインドコントロールという自己啓発―――少女はその事実を宗助に伝えることで、自らを抑え込むことができた。その中に、微かに合意した宗助へと意識を付着させながら、


『宗助くんは、ハルちゃんを守ってくれますか?』


 それは、契約みたいなモノだった。

 妖艶に微笑む少女の呪いに、宗助はなにか返事を返していた。


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