第3話-6

 時間という単位は消え去り、モノクロームの世界に雪の記憶の媒体だけが満開の花弁はなびらのように彩色されていく。そして、どこからともなく蝶のような形になった残留思惟が薄幸の少女を形成した。が―――


「ん―――、そういうことね………」


 宗助は、驚きのあまり思考が減速した。だが、今回は二度目の出来事。そう易々と何度も同じことに仰天する宗助ではない。


 そう、宗助は判っていても、確証を得るために少女を注視した。


 残留思惟として現れるヒトの姿とは、生前のその人物がもっとも自分らしいと考える姿や死ぬ手前の姿として残されることが多い。ただ今回は前者だったようで、


 ユキの未熟な少女の裸体、痩せた腕や僅かに膨らみを見せる胸、それらスベテは女性としての形成をしていたにも関わらず―――陰部には少女なしからぬ、男性としてのアレが付随していた。


 それは、妖美にも男心をくすぐるような本能を抑えるにはちょうどよかったのかも知れないが―――


 そのとき、ホームの少女の穢れとは関係なしに、彼女が抱えてきた重みが、痛いほどに宗助には理解できてしまった。少女の障害を、一目で判別できてしまった。


 知識のない宗助にも、その障害の名は知っている。


 その理由として―――人間を含む生物たちは、よりよい遺伝子を受け継ぐために男女という性別を作り上げた。それと同様に、性を判別するオーラが存在し、性の見分けが朧気おぼろげだった時代、それが唯一の判別器官だった。そして、現代の人類の進化が著しい時代でも、そのオーラというのは存在する。


 御剣宗助を含む霊能者たちのように、古来の人間が保有したテレパシーの中には、そういった男女の見分けを行うためのセンサーを保有する者は多い。


 そして、彼女たちのようなあやふやな存在が放つオーラとは―――その男女を示すオーラとはまったく異なる。それを一目した者は、サイケデリックなオーラにかならず一度は唖然とする。その形や特色、彼ら能力者からすれば、自らの磨き上げた透視能力と感性の八割ほどを支配する視覚を同時に奪われるに等しい。


 それを視てしまった能力者は、必ずといってその正体、理由を求めて師匠ないし知人に正解を求める。宗助もまたそのひとりだった。


 そして、知りえた知識の中に、少女の障害を詳しく理解していたのだ。


 彼女の障害、『半陰陽』という。

 一言で言えば、男女が曖昧な存在である性的障害のひとつ、だ。


 記憶として現れたユキは、目の前にいる不審者にも妖精のような笑みを見せた。

 溌剌とした爛漫の笑顔を固持をできるポテンシャルは、並大抵のマインドコントロールではできないことを、宗助は知っている。


「あなたは―――いったい誰ですか?」


「俺は、御剣宗助っていう………美紀ちゃんの友達だよ」


 ユキはちょっと困ったふうに目を細めた。

「ん……誰のことかな? もしかして、学校ではなさそうだし、塾の友達かな?」


 そうか、少女も塾に通っていたのか。思えば、机の棚には学校の教科書以外に塾のだと思われるテキストや問題集が見受けられる。それら問題集も随分やりこんでいたのだろう。薄い冊子がいくつもズタボロになるまで使い込まれていた。


 宗助は、ユキへの返事に困難を極めた。

 またしてもというべきか、仮にもホームの少女の一部である本人でさえ美紀のことを知らないだなんて在りえるのだろうか? だが、それがありえないということは、真実はコインの裏表のように隠されていることがほとんどだろう。


 それを解くには、数学問題で途中まで書き上げた式を遡り、最初の一行間近を確認するほどの労力が必要だった。


「男の子だけど、女の子。そんな子が学校にいただろ?」


 そう、あまりに矛盾のある回答………それは、少女たちからすれば、当たり前すぎるほど世界の常識となっている摂理だった。誰もが違う明日を夢見るように、彼らの常識は世を生きる多数の人間には理解できないとしても―――彼女たちからしたらそれは、御飯ごはんを食べるくらい『自然』な事象だった。


 ユキは、合点するように手で相槌を打った。


「あぁ! ハルちゃんのことでしょ? でも、あなたもハルと仲がいいってことは………」


 ユキは、わざとらしいニヤニヤとした目線で宗助を見やる。


「あ、俺は違う」


「本当? でも、ハルちゃんが話すなんて、とても信頼されているのね」


 クスクスとくすぐるような妖艶な笑い声がした。


 思わず、駅のホームにいたユキという少女とのギャップに唖然とするが、それもそのはずだ………と宗助は改めて考えた。


 宗助には、はっきりしたことがふたつある。


 ひとつは、幸助が電話で語っていたという少年は、おそらく美紀が中学生だった頃―――すなわち男性として生きていた時の偽名だろう。


 そして、もうひとつ。

 自殺を考えている人間が、自室である部屋でそんな明るく生きていたハズがない。


 宗助が生み出した残留思惟の結晶は、ユキという少女そのもの。特に、長くを過ごした部屋ともなれば、そこに現れたユキの残留思惟は現実に近い存在―――ただ、そこにも一点問題があるのだが、


 ここに現れた残像は、あくまでここで過ごしていた期間の彼女でしかない。

 それは――あの卒業式のあとの出来事については知らない。この部屋に取り残された残像であるユキの残留思惟には自殺による穢れは存在しないのだ。


 それでも、この記憶には穢れを祓うためにはとても重要でもある。――それは、悩みながらも明るく過ごすことのできたユキだからできることかもしれない。


 そして宗助は、ある証拠を探し求めて、もう一度、駅へと戻っていった。


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