第3話-5

 早良という表札を見つけるのはそう難しいことではなかった。

 豪勢洋風な一軒家、鉄柵からは褐色の淡い光が揺れている。


 ここいらは東京へのアクセスも安易なため、こういった他県(埼玉県)の安い土地で一軒家を買おうと目論み、実行する人間が多い。高い土地で働かされ、安い土地でしか安住することができない賃金しかもらえない世の中に疑問があるが、


 いや、埼玉県にはそういった核家族が多いだけで、相良家がそうだという確証はひとつもない。しかしなんだ………都内で働く者には特有な穢れをはらんでいる。


『病は気から』という言葉があるように、一般の人間はある程度であれば自らの気力で無意識ながら祓いをしている。


 だが、都内で疲労させられた人間が抱え込む穢れというのは、空気にしみ込んだクロロフィルとでもいうべきか。沁みこんだ穢れを浄化するするのは安易ではなく、その人をのっそりと身体の内側から支配していく。


 ただ、この住宅街の平然の中には、そういった癒えない傷が、宗助にも視てとれたということのだけだ。


 それだけのことだ。


 

 宗助が呼鈴を鳴らすと、そこから歳相当の女性が現れた。

 彼女がユキの母親だということはすぐさま理解できる。


「どなた……ですか?」


「夜中に申し訳御座いません。私、御剣というユキさんと同じ中学に通っていた者です」


 宗助が応えると、ユキの母親は少し困った表情を見せた。


「そう、ですか」


「この度は……すみません、こんな時期まで顔を見せずに。生前、仲良くしてもらったので、一度は彼女に会いに来たかったのです」


 会いに来たかった―――その言葉の意味は、言わずとも母親は理解した。


「わかりました。どうぞ、お入りください」


 そのまま、ふたりは無口のまま二階へと上がり長い廊下を歩いた。

 突き当たりにひっそりとした扉のドアノブを回すと、そこには、誰も使われていない子供の部屋が存在した。


「ユキがいなくなってから、まだそのままなの。なんか、未だに彼女が死んだなんて信じられなくて………」


 部屋は、生活感がない人形部屋のようでもあった。ユキが亡くなってから母親が軽く整理をしたのかも知れない。ぎこちなく整理整頓をしたショールームのような整然さ雰囲気に似合わず、私物めいたノートや可愛い飾りが見受けられる。


 宗助はまわりを見渡した。―――同時に視線が止まる。

 そこに、はにかむ一枚の遺影。


 それは、生前の彼女を一言であらわした、溌剌とした爛漫な少女。

 事実、今にも動き出しそうな目じりや、アルビノを感じさせるほどの透き通る肌からは、その人間が悩みの淵に迷い込んでいたとは想定がつかない。


 だが、宗助が視たのはそこではない。


「制服が、違うんですね。コレは確か………」


 いや、ソレを口にするのはオカしい。別に知り得ていても自然かも知れないが、ヘタに詮索されては困ると、宗助は口を慎んだ。


 だが、彼が思わず尋ねていたのは無理もない。


「ええ」

 ユキの母親はピンっと背が伸びた。

 まるで、警察官や嫌な上司から、職務質問を受けた時のような反応だと、宗助は思った。


「恥ずかしながら、ちゃんとした写真が転校前の入学式の際に写真館で撮ってもらった写真しかなくて―――」


「転校前ですか」


 そういや、幸助がそんなことを説明した気もしない。


 だが、ユキの母親は恥ずかしながら―――と誇張するように、この転校についてあまりよろしく思っていないのだろう。とにかく、その転校の理由もひっくるめて、ユキの死因に付属する理由が存在するのではと、宗助は考えていた。


「すみません、しばらくふたりにしてもらっても……」


 思い入れがあるかのように、宗助はカバンを下へと置いた。


「ええ、構いません。今、適当に飲み物を持ってくるわね」


 あくまで、それは宗助の演技だとは知らずに、

 そうして、ひとり取り残された宗助はすぐさま、精神を集中させる。


 脳裏には、図面でもえがくように………その部屋に眠るユキのイメージを探り始めた。だがイメージとは名ばかりで、それは実物に近い―――『残留思惟』とはまさにそういう思いの集合体だ。


 ふんわりと女の子の服、机やその上に置かれた小物、ピンク色のベッド、残されたアルバム―――そこらのユキの意思が集合する。


 ただ、それを照合させるたびに、宗助に邪念が湧く。

 ユキは女性だと思っていたが………少女のカケラには美紀と似ても似つかない面影以上のカケラが胡散していた。


 そう、この答えを知るのも時間の問題ではあるのだが、 


「もういいか………」


 宗助は、そこらに残された彼女が生きていた証拠を―――自身の意識に重ねていく。


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