第3話-3

 宗助は、昨日除霊が失敗した駅のホームへとやってきた。


 最上階にスイミングスクールが存在するいっぺん変わった7階建ての大型ショッピングモール。その他なにも見当たらない駅の周辺、そこにはホームの少女と同じ制服を着用した生徒が通う中学校が存在する。


 宗助は、そこで人探しをしていた。


 中学校近くから伸びる浅い川端を歩く生徒ひとりひとりに声を掛けて、ユキについて知っている人間がいないかと聞き求めていたのだ。 


 だが、あろうことか苦戦していたのは言うまでもなく―――何度も無言で横切られていた。宗助は自覚がないのかも知れないが、高校生としては高い背も、乱れた長髪も、特にカッコよくもない丸くうす暗いサングラスも、総合的に考えて不審者にしか見えない。


〈だから、聞き込みは嫌いなんだよ〉


 いつもなら、諜報役は幸助の仕事なのだが、今回は止む負えなく、めんどくさがり屋である宗助もその役目を追うことになった。その理由として、情報をかき集めるにしてもあまりに広範囲であり、たとえ幸助ひとりでも不可能だと察したからだ。


 それだけではない。

 宗助は、ホームの少女の除霊だけでない、事件の裏側に潜む『隠し事』が、彼を動かしていた。


 彼は、ある推論を組み立てた。

 ユキは自殺なんかではない―――それは、除霊のために美紀を経由して視ることができた、ユキの『残留思惟』からはっきりしたことだ。


 残留思惟物―――それは、場に留められた記憶や思い。


 たとえば、付喪神つくもがみという言葉はご存じだろうか?

 人に大事にされてきた道具は、100年の年月を経ることで精霊が宿り、それを付喪神と呼称する。また、人々はそのような神を『煤払い』と称して捨てるのだ。

 

 それと同じく、モノに残された『人の記憶』にも魂が宿る。


 それは、超能力者が使うサイコメトリーと似ているが、明らかにそれとは比べ物にならないくらいの質の差がある。


 残留思惟は魂であり、人の意思がある。

 それにくらべて、サイコメトリーは過去の記憶に過ぎない。


 あの時視せられたホームに刻まれた穢れの記憶とは、ユキ自身のメッセージであり、真実でもある。だが………その真実にはユキにしか理解できない彼女自身の世界とも言える。


 その中でも、残留物がユキが堕ちていったホームでの出来事なのは確かであり、その堕とされたという形だけは真実であるのだと、宗助は確信していた。


 その推論をより堅固にするためには、どうしてもユキの情報は必要不可欠なのだが、


 そう道草を踏んでいた時―――宗助の携帯電話が鳴り始めた。

 ホームでじーとっしていた片方の手を動かし液晶をチェックすると、そこには宗助の弟の名前が浮かび上がる。


「どうした、我が弟」


『ああ兄貴、美紀さんの目が覚めたよ。それと中学時代の友人について尋ねたけど、ひとつ面白い話が聞けてね』

 幸助の声は、携帯電話というフィルタリングされた音声では、機械音とそう変わらないの。


「キカインジャー、それをいえ」


『………ユキって子、住んでいたのは隣町みたいだね』


 ―――は? 宗助は、今までの緻密ちみつに折り重ねてきた作業に、骨が折れるような音がした。


「本名はサガラ ユキ。彼女が住んでいたのは東武東上線上にある朝霞駅という駅だとか………。それ以上は知っている人はいなかった」


「ってことはわざわざ中学生なのに、誰でも入れるような私立中学に、んな遠征して通ってたのかよ。俺、今まで美紀の中学校の周りでユキの自宅を知る者を知る者はいないか、探ってたんだぞ?」


 宗助は頭を抱えて項垂れた。


 それもそのはずで、宗助はこの周辺地域の中学生や帰り間際の高校生に片っ端から声を掛けた。だが、彼の能力をもってして誰一人として自身が望む記憶を保持していなかった。


 川端できびすを返しながら、さらに宗助の疑問文は続く。


「んで、彼女のことについてもっと分かったか?」


『そうだな』

 幸助の無表情な声が、携帯から響く。


『東城高校の子からユキについて聞くことができた。彼女はあの学校に転校してすぐはかなり友人たちが多かったそうだ。ただ……ある生徒と付き合い始めてから、友達が減ってったとか、な』


 ある生徒………宗助に思い浮かぶ生徒はひとりしかいない。


「美紀と、付き合い始めてということだろ?」


 それは、話の流れ的にそうだろうな、と安易な思考で宗助はソレを口にした。

 だが、幸助の言葉に、思考が振出ふりだしへと戻された。事実、そこには彼らふたりにも理解不可能な壁が存在していた。


『いや、それが違うんだよ』


「―――は? どういうことだ?」


『俺も初めはそう思ったんだ。だから、美紀さんかって尋ねたんだけど、そうじゃないらしい』


「彼女じゃネェって、いったい誰なんだ?」


『それが、ハルという男の子と付き合い始めたとか。さらにもっとオモシロい話なんだが―――美紀さんのことを、知っている生徒が誰もいなかったんだよ」


 その冗談話のように幸助は淡々と語る。


「幸助、本当に確かな情報かよ?」


『ああ、間違えないね』


「そっか」


 宗助はなんも断らずに携帯電話の通話を切った。

 

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