第3話-2
「……こ、ここは?」
美紀は、しんみりとした温もりの中で目覚めた。
―――見慣れない真っ白な天井。
起きて早々、美紀はいつの間にかに癖になった腕組をしようとして、気がつく。左腕からは白く透明なカテーテルが伸びて、その終着点にはプラスチックケースがぶら下がる。
〈ここは、いったい?〉
美紀は、記憶を辿ろうと、寝ぼけた脳を抱えて考える。
その答えに気づいてたのは、隣にいた思い人の姿からだった。
「気づいたか?」
高校生としては、平坦で落ち着きのある声。
幸助は、椅子から腰を上げて、美紀の表情を覗きこむ。
「よかった。倒れたっきり起きなくて、近くの病院に運び込まれたんだよ」
その証言に、美紀はふと、光彩を大きく輝かせた。
それはけっして、幸助が傍にいることを明確に意識したからではない。彼女は、思い出した。昨夜の、彼の兄である宗助と三人で挑んだ除霊のことを、
そこで、モノクロームな世界に取り残された親友の姿をだ。
ユキの穢れを祓うため、三人は少女が飛び降りた駅のホームに向かった。そのあと、宗助と共に除霊が行われ―――あの異世界とも言える幻惑した世界を彷徨うことになったのだ。
「あの夢は、なんだったのですか?」
口元を隠しながら、美紀は尋ねた。
「あぁ」
幸助はソレに頷く。
「あの世界は、『穢れ』が見せる幻だ。俺たちはソレを
美紀は、全く不可視なオカルトワードに脳内に麻酔を打つような違和感が過ぎる。
だが文字通りであるとするならば―――それは、残留した思惟。美紀が見せられた景色も紛れもなく、ユキの記憶で間違えはないのかもしれない。
いや、ある一点を除いて、
その腹でも
「あの残留思惟って、いったい………?」
その言葉を放つとき、美紀は迷いに震えていた。
その身の内からカタカタと、それは嘘か真か―――その悪夢が露呈することを恐れた。そのとき、初めて自らの代価は、『死』を持って支払うことさえ考えるほどに。
だが、そんな予感に気づいているのか―――? いや、幸助自身もあの残留思惟については気づいていないことを………美紀はただただ、願っていた。
幸助は、そんな彼女の様子も
いや、それは彼なりの忠告だったのかも知れない。
「残留思惟とはそうだな。言葉通り、場に留められた記憶や思いのことだ。言葉に『力』があるように、思いが『呪い』になるようにな―――」
そこまでは、ただの前置き。
幸助は、あえて冷淡な自信を演じる。
「だがな、穢れとは思いが積み重なった言わば『呪い』の一種。今回の残留思惟とは、自殺の元になった原因の根源というべきだ」
それは、つまり………。
美紀の脳内には過去の自身の誤りが渦巻き始める。
空が落ちてきそうな幸助の説明に、隠しきれない感情が
どうして、ユキは―――
もう一度、あの幻が鮮明に思い出される。
モノクロームな世界と彩られたユキ。少女は笑いながら電車へと堕ちた。詳しくは―――美紀自身に突き落とされたのだ。
それがどういうことか、美紀の不確かな思考が覚醒する。
「ユキは………私が殺したも他言ではないのかもしれない」
そう、美紀は呟いた。
あの幻が、ユキが描いた死因で、それを具現化した空想だとしたら―――それを概念的に想像すると、間接的であれ、物理的であれ、ユキを自殺へと追い込んだ人物は………あの夢の中でユキを突き落とした美紀自身ということになる。
そのことを最初から
自身が、ユキという親友に苦痛を与えていたとは知らないで―――
表冷めした脳は、それ以上の思考をシャットアウトした。
ただひとこと、美紀は結果だけを求めていた。
「それで、除霊はうまくいきましたか?」
「あ、いや………」
幸助は言葉に迷う。
それは美紀にとってはよい方向ではないことだけは想像するに容易かった。
「わ、私が途中で気絶したから………ですよね。ごめんなさい」
「いや、美紀さんのせいではない」
幸助は、言葉を
予測不能の質問に、幸助は嘘をつくことを誤ってしまった。
自身の予測変換が外れたことに、思わず目線がズレる。
彼自身、美紀がそれ以上、この事象に関わることがないように差し向けるための方言のつもりだった。傍若無人の宗助との関係も金輪際持ちたいとは思えないほどの、助言をしたかっただけなのだ。
「ホントは、言うべきじゃないかもしれない。自殺や殺害などによって殺された魂から生み出された穢れは、そう簡単に祓えない」
幸助は、イイワケのように言葉を続ける。
その目は、ベランダから見える川越市内を眺めていた。
「穢れが完全に消えるには時間や原因の解明が必要なんだ。特に今回は、簡単に解決できる話ではないのかもしれない」
「そう………なのね」
そう、今は嘘でも美紀は微笑んだ。
その表情、お互いに馴れ合いをしているつもりはない。それでも、こう言った物事を隠すための仕草は敏感に憶測が付く。
「大丈夫。失敗だとは誰も思っていない。おかげさまで、あとは俺と兄貴でどうにかできるレベルには達したから。ただ、美紀さんにひとつ訪ねたいことがあるんだけどいいか?」
「え、なんですか?」
突然の質問に美紀は驚きながらも、幸助を見た。
「ユキさんには他に、久しい友達とかは、いたのか?」
その言葉の意味に、美紀は困惑した。
過去を遡るのは何回目だろうか? あの日から繰り返された日々、登下校、電話、保健室、それを彩ってきた季節―――そこに妖美に漂う少女の口頭から美紀の記憶に付着した『ふたりの思い出』が絞り出される。
ユキには友人と呼べる人間は多かった。だが、ある分岐に達するまでの間―――ユキが特別支援学校への入学予定が学内中に蔓延し、付随して彼女の正体が暴露されるまでの間だ。
それでも、ユキにとって友人と呼べる人間………といえば、
「中学では、最終的に私以外に友人と呼べる人間は少なかったと思う。ただ……」
美紀は、少しだけ聞いたことのある、ある予感だった。
「いつも、彼女は隣町から電車に乗って私の地元にある中学校まで来ていたの。それ以前の友人関係はあまり知らなくて………そこの友人関係は、私は判らないから」
「そっか」
幸助は頷いてから言葉を繋げる。
「それって俺の予測でしかないけど、彼女は元の中学から転校したのって、イジメとか原因があったのか?」
「それは………」
応えられない。
ユキからそういう具体的な話は聞いたことがない。だが、それは確実にありえない話でもない。
少女は、自身の正体を周りに知られることを恐れていたのは確かだ。
あの日、美紀にだけ正体を明かしたように、少女は他の友人たちにはそのことをカミングアウトすることはなかった。それは間違えではないのだが、
「いや、いいんだ。それがわかっただけでも」
幸助はニコッとした表情を見せたあと、病室から背を向けた。
「また、お見舞いに来る。美紀さん、今日はゆっくり休んでくれ」
そのまま、幸助は椅子に置いてあったカバンを肩へと掛ける。
彼がいなくなったあと、この部屋には煩いほどの静寂が訪れた。その何もないという音からは、美紀が抱えたある予感が騒ぎ始める。
それは、さきほどの幸助の質問や、ホームで見せられた幻。その結果が
美紀とて、幸助の『嘘』が判らないほど思考が曖昧なワケではない。
なぜ、美紀が依坐として選ばれたのか―――その理由は、ホームの少女、所謂ユキという美紀の親友に一番同情し得る人間だったからだ。そしてまた、幸助は未だに除霊のための『変わり身』を探し求めている。
それは、先ほどの幸助の
そう思ったときには、美紀はふらついた身体を無理に起こして、カランカランと点滴をぶら下げたまま外へと向かっていた。
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