三話

第3話-1

 沈みそうな夕日の中で、下校までの短い道則をふたりは歩いていた。

 秋が過ぎようとする街並み、草木を褪色させ、肌寒い風が頬を霞める。だが、黄昏時の朱色が、生命を吹き込むように世界を一色に染め上げる。


 川端を歩く男女は、恋仲にしてはチグハグな釈然としない風貌だった。

 お互いに頼るモノもなく、結びついてしまった依存関係。そんなふたりだったかもしれない。


 それでも、居場所がないよりかはマシだった。


「高校受験どうするか、もう決めてる?」

 

 男性の風貌をしたハルが、どうでもいいことのように尋ねた。

 聞かれてしまったユキは、ポカンとした表情のまま空に耽っていた。


「ハルちゃんはどこにするか決めたの?」


 まさかの逆質問、苦々しい思考に同じ空を仰いでいた。

 それは、言うべきか迷っていた。愛情や感情と同じく、願いや感情は言葉にしてはいけない気がした。


 いつだって、願いは叶うはずがない。

 いつも間にか、組み立てられた自己哲学を、そのまま固辞しようかとも思っていたが―――それ以外に話題がなかったのだ。


「ユキと同じ高校に行きたいとか、考えてた」


「そうなの?」


「そうだよ」


「じゃあ………」

 妖美を含んだ微笑ましい表情をみせるユキの、心に吸い付くような微かな声がした。


「ちょっとだけマジメに考えとくね」


「もぅ、自分の人生なんだからちゃんと考えないと―――」

 ハル、自身のことを棚に上げて、そう言い返す。


「ヘヘッ、ごめんね。でも―――」

 ふとユキの、振り子が停止。


「私たちみたいに、男も女も―――究極的には生物としての身体からだが保持できない存在に幸せなんてあるのかな?」


 自虐をかたるその表情でさえ、ユキには妖精のようなやわらかな風を感じ取れた。

 その一言一言が、魅了するように、ハルの心を奪っていく。


 言えない何かを返そうとしていた。

 だが、その時のハルは感情に戸惑い、それ以上は言葉を繋げることができなかった。


 だが、それはハル自身の弱味として生き続ける。


 どうして、あのときユキの手を取ってあげなかったのだろう―――

 そして、ずっと同じ世界にいたい、ともっと強く言えなかったのだろうか―――



 それから、ふたりは日々にもみくちゃにされていく。

 受験だとか、運命だとか、イジメだとか――そんなことがすべてが覆いかぶさってきて、ただただ自身を守ることで精いっぱいになってしまった。


 それでもハルは、心の中では一日も忘れることはない。

 ふたりが上手く生きていける世界を心からずっと欲していた。そのためにも、目の前の高校受験に黙々と取り掛かっていた。


 あの時は、冗談としてしかみられなかったかもしれない。

 だがハルは、本気でユキと同じ高校への受験を考えていた。


 ずっとこの先も、ユキが傍にいてくれるのであれば、ハルは鳥にでも何にでもなれた。それは、過言ではなく事実だ。



 そんな日が繰り返されたある日、学校中に広がった『ある噂話』に、美紀は驚きを隠せなかった。それを知った生徒たちも、その対象に憐みにも似た汚物をみるような目を差し向ける。


 それが信じれなかったハル、不本意ながら駅前で彼女を待ち伏せをした。


 改札口の前、ふたりの目が合った。

 待っているのがハルだと判ると、爛漫な笑みが飛び交うユキ。脳裏では待ち伏せをしていたと気づいた―――のかも知れない。そのはずなのに、少女は身体全身で大きく手を振りながら、ハルへと駆け寄る。


 それさえ、怒りにも似た憎しみが、美紀を歯軋はぎしりさせていた。


「―――どうしてよ⁉ ユキ‼」


 感情を抑えられず、美紀は折れそうなほど華奢なユキの腕を揺さぶる。

 そんなユキは、ちょっぴり困ったように眉をハの字に変えた。


「バレちゃったんだね。無断で決めてゴメンね」

  

  ユキは、三者面談で特別支援学校への進学を決めた。

 どこから漏れた噂か判断はできないが―――そのことで、ユキは普通の少女ではないということが学内中に露呈していった。それと同時に、それはハルと約束した高校への進学はできないことを意味していた。


 そう、少女が許せない理由は他にもあった。


 明らかのイジメだ。ユキの髪形は無造作に切り取られていた。それを隠すように、小学生が被るような黄色い帽子をちょこんと頭に載せる。


 それでも、爛漫を固持するユキに、美紀は憤りを超越した涙が流れ出す。


 悔しい、胸の奥が軋むような震え、涙で流せないほどの怒りや悲しみそれらスベテ―――ユキの傷は自身のソノモノだった。


 だって、ハルにとってユキはかけがえのないカタワレなのだから。


「私に相談してくれれば……」 


「それじゃダメなんだよ」

 そして、小柄のユキの指先が美紀の涙へと触れた。


「ハルちゃん? 私のことはもう……忘れて欲しい」


「え?」


「ハルちゃんは……きっとこの先も違う人生が待っている。理解しあえる人ともかならず会える。だからぁ――」

 抑えきれない感情にユキの表情は破顔していく。


「ぜったいに諦めないでぇ!」


 ふたりは、理由も分からず抱き合っていた。ユキの身体は、観ることのできない悪魔か何かに怯えるように震えていた。


 その理由は、あとで知ったことだった。


 ユキが抱える病は、人を短命にする。

 そして、その青春期に向かえる絡み合う性の苦しみは、大抵の人間には想像を絶するほどの苦しみが待っているのだ。


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