第2話-2

 世にも不思議な夜は、未だに終焉を迎えずにいた。

 宗助との約束をどおり、これまた謎の合コンパーティが終了した後も、美紀と幸助のふたりは川越市内を探索していた。


 学生街の中枢とも呼べる大正浪漫夢通りの一角。この商店街を一本 れた街中には この小江戸にはふさわしくないボロアパートがある。


「大丈夫、今から会う人は俺と兄貴の先輩だから」


 怪訝そうな表情がバレたのだろうか? 幸助が優しく美紀の肩を叩いた。


 そんな美紀は思う。幸助はいったい自身のことをどう思っているのか―――こうやって話すのは今回が初めてだが、クラスも隣だし前からお互いに知っていてもオカしくはない。てか、そうであって欲しいのだが、


 だが、その考えは胡散する。


 ボロアパートの綱渡りのように振動する階段。手すりはもはや触ることさえ生理的に不可能なほどに原型を保てていない。

 どうにか登り切った二階の一番手前の201号室、幸助はノックもせずにこの扉をひらいた。


「おい、文華あやかさん、いるんだろ」


 幸助がやぶから棒に靴を脱いで上がりこむのに美紀も負けじと続く。そこは、まるで生活感のない空間――――冷蔵庫もテーブルもなければ、ガスコンロもない。本当に人が住んでいるのか疑いたくもなるが、誰かは住んでいるのだろう。奥のふすまから、わずかに人工的な常夜灯が漏れていた。


 なんの躊躇もなく、幸助は襖をスライドさせた。


「文華さん、お客さんだって………」


 ふたりは明かりのついた四畳半ほどの畳部屋、窓側に押し付けられた簡易式ベッドと畳に直接置かれたテレビとビデオデッキ以外は何もない。だがそのベッドの上―――イモムシの塊のようになって眠る少女がいた。


 寝ているが美紀よりも俄然小柄な風貌、それでいて座敷童のように整えられた前髪。いや、だが思い出す。幸助は、少女のことを先輩と語っていた。


 幸助は無神経にも、その文華のオデコをでる。すると気づいたのか、眠そうに少女の眼がにじみ始めた。

「また………アンタたちなの? まだ眠いのよ」


 時計の針はまだ八時に達していないのに、既に睡眠を取り始める高校生は珍しい。文華の子供じみた手がお布団を強くしがみついたまま外れようとしない。

 

「ちょっと尋ねたいことがあるんだ」


「この場で口頭で言って」尚、文華は布団から目覚める気はない模様だ。


「仕方がない………」

 幸助は例の件を話し始めた。

「今日、宗助がとある駅で、ノルマをひとつ稼いだんだ。だけど、そのときにいっぺん変わった事案に遭遇してしまってね。文華さんの力をお借りしたいと思っている」


 ノルマって……警察の違反切符じゃあるまいし。美紀はほんの少し幸助と言えども心外だった。が、言うまい。そもそももうひとつの疑念が生まれる。ノルマということは、彼らはこのような事案に何度も取り掛かっているということだろうか。


 幸助と文華の会話は続いていた。 

「そうね。まず、なにを知りたいか教えなさい、トンチキ」


「そうだな」

 幸助は一度、言葉を選んでいるようだった。

「男と女を逆転させるような………そんな幽霊か妖怪を知っているか?」


 何を思ったか、文華の目が余計に霞んだ。


「性転換をする幽霊ですって? 性転換をする動物とか、性同一性障害とか……こういう類ではなくって?」


 美紀、ハートを傷める。

 しかし、ふたりの会話は続く。


「いやまさか………。兄貴が『透視』が外れるワケがない。それに俺にでも彼女の沁みついた穢れが視えた。そこには、彼女の性の判別がトリガーになっているって、兄貴が睨んでいるのも、あながち間違えじゃないと思うが?」


 そう、幸助は美紀の肩を叩く。叩かれた本人の頬は紅潮する。

 

「そう、初めまして。私は山田やまだ 文華あやか。あなたは……美紀ちゃんでしょ?」


「―――どうして名前を?」


「今さっき、宗助の奴が電話してきたわ。幸助と一緒であなたのことを尋ねに、ね。それであなたの件だけど―――もしかして、親の風習とかで、十五歳を過ぎるまで男として生きてきた、そうじゃないの?」


「―――え?」

 不意の言葉に美紀の言葉がごもる。


 だがそれは、取り次ぎようのない真実でもあった。


「はい、中学生まで。そういう昔からの仕来しきたりがある家庭で、中学卒業のキリがいいところまで、男として生活をすることを余儀なくされたというか」


 本当は、幸助にだけは暴露をしたくなかった。

 だが、そこまでよくしてくれた彼の行動に報いるためにも、本当のことを話すしかなかったのは言うまでもなく、美紀は腹切の思いでソレを語ることにした。


 それとは別に、文華はちょっぴり嬉しそうな無邪気な笑顔だった。


「やっぱり。どの地域でもあるのよ。かなり昔―――疫病などが流行っていた時代に跡継ぎになる嫡子が天邪鬼あまのじゃくに狙われないように女の子として育てるという風習。それを今でも続けている家庭は未だに存在するわ」


 だけど、文華の言葉には明らかな矛盾がある。

 相違点というべきだろうか。その点に、気づくのは容易い問題だ。


「ちょっとオカしくないか?」

 やはり、幸助は横槍に言葉を入れる。


「この話なら、俺も風習のひとつとして聞いたことがある。だが普通、男の子を女装させるのがつう。ましては、そんな催眠術的な療法で………」


「―――そうよ。まずは根本が違うのなら、そのレールに乗っ取て、尚且つ一般の常識から逸脱した考えが必要なんじゃない?」


 文華は尚、言葉を繋げた。


「例えばそうね。元の男性が女装したのは、嫡子とバレないためだと言われている。それなら、女性が男装だって『』だと気づかれないためにそうしたと考えるのが正解なんじゃない?」


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