第1話-4


 褐色のライトの下に男三名、女も三名。なにやらワイワイと話し合う中、天木は高らかと最近のポップスを歌い上げている。


「へぇ、三人とも城東高なんだ? 僕は、自慢になっちゃうけど川高なんだ」

 そう、長身の細男は言う。


 美紀は完全に同じ高校だけの合コンだと勘違いしていた。睨むように制服学ランの襟についた紋章を確かめる。だが、こんな自慢でさえ正直どうでもよいことだ。おそらく、隣の男も川高なのだろう。同じ制服をまとっている。


 一応、川高は川越中央高校の略称で、偏差値はこの地域ではトップの成績、埼玉県内でもトップ5には位置する有数の進学校だが―――だから、なに? と美紀は思った。


「僕は、渡辺和也わたなべ かずや

 細身の男が自己紹介する。


「俺は会田裕也でーす! ゆうやって呼んでいいよ?」

 その隣、背の低い男が言った。


 暗がりの中でさえ、彼らふたりがジャガイモであるぐらい美紀は感づいていたので、乗る気がしなかった。しかし、その中で唯一お目当ての男が軽い腰を上げる。


「俺も………一応、自己紹介しようか?」


 御剣の軽いジョークとともに、その控えめな平坦とした口調、その表情に世の女性たちの心を受け止める甘いマスクがほころんだ。御剣幸助のことを知らない人間はココにはいない。なんだって、彼は東城高校一位を誇る人気者なのだから。


 彼の言葉に、女性たちのハートがドクドクし始める。その鼓動を抑えるために、美紀は両腕で自身を締め付けなければ壊れてしまいそうだ。


 いつの間にか、まるでオーディションのように女性陣も自己紹介していく。それは、あえてもう一度ニアミスを咬ます自己主張に等しい行動だ。


 天木が照れながらも自己紹介をし終わった後、とうとう美紀の番が訪れた。


「私は、美紀です。カ、彼氏募集中どぇす‼」


 思わず、立ち上がり虎口で叫ぶ。―――あんな、オンナたちに負けて堪るかぁぁ!少しだけ笑窪えくぼを持ち上げて、魅惑の女豹めひょうを演じた。そうだ。毎日鏡で一時間、白馬の王子様とのラブラブLOVE LIFEのために練習してきたのだから。


 だが、その矛先にキューピットの矢が刺さったのは………御剣幸助ではなく、その隣にいたませたガキだった。


「ミキちゃんって言うんですね?」

 細身ナスビの渡辺の口元にひびが入る。


「へぇ~、出身校ドコ? 俺は鶴見中……」

 これは、隣の………美紀、名さえ覚えていないのだが―――


 〈またかよ………〉

 美紀は呆れ顔を隠すように口角をぎこちなく整えた。


 手始めのドコ中会話。日常茶飯事の事案に頬の片方がうわずり始める。高校入学以来、コレで何回目でだろうか。数えればキリがないが、それには答えたくない理由が、美紀にはある。


「ごめぇん、ちょっとお手洗いに行きますね」


 そうやってスタスタ立ち上がり、美紀は退避。誰も見てない個室に座り、ため息をついた。


 本当は、鶴見中とは駅を挟んだ逆の方向に、美紀が卒業した中学校は存在する。


 しかし、それを安易にかたることはない。必ず、その噂は蜘蛛の巣の網目のように、あることを知り得るものに伝わることになる。そうなったとき、彼女の存在を懐疑する者が現れることを恐れていた。


 しばらくして、美紀はカラオケボックスに帰ろうとした。汚れていない手を洗いながら、幸助が自身を待っていてくれているという妄想を膨らていた。


 だが、女子トイレの扉を開けた瞬間―――風船を割るように、美紀は夢から覚めてしまった。


「オメェ、まだ話さんのかぃ?」

 聞き覚えのある耳障りな発声、思わず隣の男子トイレの扉へと振り返る。


 ニヤッとした男の表情が、美紀の断末魔を捉えていた。


「あ………あんた、なんでここに?」


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