第一章:オオカミ少女は巫女少女⁉
序章
だが、この日は違う。
人は死を望んだ瞬間、とても静かになれる。
成長過程の痩せ扱けたコンパスのような腕と脚、まな板の胸――――最後にこの身を、両肘を
そして――――
この先の運命や期待という束縛からスベテ解き放たれて、それ以上はなにも考える必要がなくなると、この上ない祝福が舞い降りた。
その近くの椅子に
〈もう、いくよ…………〉
美紀の心が
五、駅のアナウンスが鳴り響く。
四、風の音が無になる。
三、人の騒めき。
二、命を奪う鉄の塊が近づいてきた。
一、
この世を去った親友の名前が頭から離れないうちに、この身体ごと自身の存在を無きモノにしたかった――――あの世の狭間へ、美紀はゆらゆらと身体を踏み
その時だった。
あの声は、あまりにハキハキと土足で現れたのだ。
「ちょっと、アンタやめときや」
そして、浮ついた声の方向に自然と顔を向けていた。
「なに? なに? ここへ飛び込めば転生するとでも思っている? 最近のラノベ読みすぎなんじゃねぇ?」
男は、
我に返った美紀がまず目に付けたのは、男の制服の
ふたりが
通学途中だということを忘れていた。
それでも男は、言葉を繋げる。
「オメェ、死ねば転生してハーレムルートってか? バッキャロ――! だから困るんだよ。オメェみたいな自殺した奴がドコ行くか教えてやろうか?」
男は目線を外し、電車内部の自動扉へと歩み始める。
その途中、横切っていく美紀の耳元で、その声は軽蔑の念を込めて呟かれた。
「地獄だ、バカ」
男は空白になった少女を置いて、カタカタと地面を揺らす騒めき同様に街の一部になろうとしていた―――矢先だ。
美紀は今までの自身が行おうとしていた未遂事件を棚に上げて―――この男の肩を掴んだ。その剣呑とした
「言いがかりは止してくれませんか? この最低男………」
肩を掴まれたことで、男は止む負えなく止まる。しかし――――男には停止する以上に、違う理由から表情が曇り始めた。
ただ、この場で謝ればいいものの………男は自身の能力で疑い、そして気づいてしまった。
彼女が放つ『言葉』には、少女とは反比例するある力が存在したのだ。
ブロンドに染めた
「―――ぁ? ん………、ちょっ待って。俺の思考が追い付かないのはなぜか」
その怪しくも、
そう、悪寒がしたのだ。
今まで感じたことのない鬼のような『疑い』の視線が、なにより耐えがたい。
いや、まさか………美紀は今朝の鏡に写る自身の姿を思い出す。
そうよ! 雑誌のグラビアにでてくる女性よりは胸は劣るかもしれないけど、某アイドルグループの頂点に立てるぐらいの可愛げと華やかさはあるんだから‼
それでも、この高校生活が始まって以来、既に幾人もの男たちの告白を断わってきた。この男も………きっとそのチグハグな
「どうせ意味わかんないこと言って、私に興味あったんでしょ? でも、ごめんなさい。私はアナタなんて興味ないですから」
美紀は上から目線に
それでも、人の好意を断わるというのは気持ちがよい。外見で異性を魅了し、その妄想の自身を糧にクソ男共が自慰行為を行っていると思うと………美紀はちょっとだけ快感を感じる性癖の持ち主であるが、
男がフラれたショックで、この駅のホームから離れていくのを美紀は今は今かと待ち望んでいた。―――そのはずなのに、なぜか男はなにか可哀そうなモノを見るような目を向けた。
そのあとだ。
腐った
「だぁれが、オメェみたいな『男』を好きになるか? コッチじゃないんでごめん」
〈え………嘘だろ?〉
美紀は真っ白になる。そして意識が、漂白していく。
思わず、美紀は自ら自身の胸を揉んでいた。外見から察する通り、ないのは知っている。けれども、一応には、女性を象徴するブラジャーのふんわりとした感触を確認したかった。そして、次にその手は
心の中で、呪術のように外見による自身の正体の認識を試みる。それは、美紀自身が女だと思うための
「有る、無い、じゃねぇよ? 無い、有るだからな?」
男は美紀の手ぶりを真似て(上:胸、下:股間)、えげつない口角を見せた。
美紀は、男の眼を観た。「――っふっ」そう、笑いが吹き上げてきた。
そのあと、ついでに涙が溢れてきた。
少女にとって―――自身の正体を秘密裏にすることが、
にも関わらず―――
その武装は、ホームという公共の場で、いともあっけなく暴露された。
だが、そのセリフを聞いたとて、立ち止まる人間はひとりもいない。早朝の通勤時間に、列車の目の前で騒ぎ立てる若者を眺めているほど暇な人間は、おそらく文明が発達した先進国日本には存在しないのは不幸中の幸いというべきか。
だがそれとは別に、
不覚にも浴びてしまった羞恥と痛恨の念を、安易に取り除くことができるほど、美紀の自我は画一されてはいなかった。
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