祓い屋 川越東城高校オカルト部~今日もこの街の自殺者を減らします!

はやしばら

サンプル文(飛ばしても良いよ♡)

 東武東上線(とうぶとうじょうせん)のとある駅。早朝のざわめくホームにひとりの女子高生が独りぼっちで、このていたらくな街の風景のひとつとしてこの場所にいた。

 その少女―――美紀にとって、今を生きるということは戻らない過去を悔やむための延長線であった。

 親友が飛び去った春。失われた希望。美紀がここにいるための理由や夢も……スベテが現実という不可視な運命に辿られていた。だが、未だにそれらここにいる理由スベテを『誰かのため』という本来とは異なるルーチンに置き換えて―――確かに今日を生きようとしていたのだ。

 ―――でも、誰のため? 

 わからない。

 それでも、美紀は心の中で……親友である少女を愛していた。未だに残るその微笑みが、美紀を少女とさせる。それが今を生きるための希望を……誰かを救うための未来を描こうという気持ちへと繋がった。


 だが―――もしそれが、現世に縛られるだけの嘘だとしたらどうだろうか?

 助言するかのような魔が、美紀に対して、この世の異なるなにかに気づかせた。

 何も変わらないハズの駅のホームに……絶望に打ち付けられた汚された言葉の数々、心の負、足の着かない黒潮の中を溺(おぼ)れもがくような息苦しさが美紀の心を蝕ばむ。

まるで五感を入れ替えたかのようなモノクロで黒の靄(もや)がハエの群れのように漂う。それが無意識ながら誰か人の感情だと気づくと同時―――それが他人が抱えるハズだった苦しみだと知ってしまった。

それは、この世に蔓延る闇―――誰もが気づかないフリをした『負の感情』。

そうだ、この世界には希望なんて存在しない。生まれ育てられたその先にあるのは、この世に頭の先からつま先まで、スベテが無意味な絶望。

その先の『死』こそが最大の快楽である。


(なぜそうと判って、私たちは生きているのだろうか?)

美紀は……判っているつもりだった。

中学学生時代の同級生を恨み、自身の生まれさえも、亡くした親友でさえも呪うほどの誰とも違う区別ができない悲劇な毎日を生きてきた。その日々が、誰かが感じている最上級の『苦しみ』より勝っていると思っていた。

だから、もし誰かが苦しんでいるとしても関係ない。

だって、苦しんでいるのは美紀本人なのだから。そのとき、美紀は自身の本心を曲げてまで、なにかから逃げていたのだ。心が。そして、感情が。

そう、耳をふさいだ。誰もが電車を待つ駅のホームで、美紀は誰もが感じることのなくなったこの世の『苦しみ』から逃れようとしたのだ。

そして、気づいてしまった。

この世は、あの世と変わらない。そして―――その狭間には確かに、彼らは存在する。


「やっと、見つけたよ」

立ち眩みにも似た幻影の中から、それは懐かしくも……妖美の高い声が美紀のことを呼んでいた。

 まるで、一緒にいることを望むかのよう―――いや、それとも美紀の死を望むほどの恨みを抱えていたのかもしれない

この世のモノとは思えないその声には、この場に居合わせた誰もが気づかない。だがなぜ、美紀が気づいてしまったのか。その偶然を模索することさえできないまま―――既に心がこの澱(よど)めきへと吸い込まれていく。この言葉の引力に身を任せることは……カタワレを失くした美紀にとって、心が救われるほど軽やかな歩みであった。―――それに、この声は………


人は死を望んだ瞬間、とても静かになれる。

 その中で、美紀は生存本能ともとれる最後の足掻きをみせた。

成長過程の痩せ扱けたコンパスのような腕と脚……美紀は自身を、両肘を抱えるように包んで耐えていた。未だに死を呈としない感情が好きでもない自身にそうさせた。

だがそんな嘘の歯止めは、この先に待ち構えているだろう運命や束縛と比例したとき―――それ以上はなにも考える必要がなくなっていた。同時に、この上ない祝福が舞い降りてきたかのような一種の麻酔が意識を奪っていく。


 気づけば……美紀の近くの椅子に括くくりつけられている枯れかけた花束を眺めてから、失いつつある感情のほぼ無意識が『小さな呟(つぶや)き』をさせていた。

「もう、いくよ…………」

 それから美紀の心が空(から)になる。同時に周りの音がより一層大きく聞こえ始めた。世界の無情や悲劇さえ超越した世界の先へ―――人生最後のカウントダウンにそれ以上何も考えないように努めた。


 五、駅のアナウンスが鳴り響く。

 四、風の音が無になる。

 三、人の騒めき。

 二、命を奪う鉄の塊が近づいてきた。

 一、有(ゆ)希(き)ちゃん……

 彼女はこの世を去った親友の名前が頭から離れないうちに、この身体ごと自身の存在を無きモノにしたかった――――あの世の狭間へ、ゆらゆらと身体を踏み外(はず)そうとした。

その時だった。

竜巻や荒風さえも弾(はじ)くように吐き出された声。あまりにハキハキと土足で、あの男は美紀の元へと現れた。


「ちょっと、アンタやめときや」


 零(ゼロ)……心でも見通されたかのような発言に思わず、美紀の肩が竦んでいた。

 そして、浮ついた声の方向に自然と顔を向けていた。

「なに? なに? ここへ飛び込めば転生するとでも思っている? 最近のラノベ読みすぎなんじゃねぇ?」

 男は、制服(ブレザー)に似合わない古風なサングラス。そこから透かして美紀を睨み、怪訝そうに言葉通りの妬みを吐く。

 我に返った美紀がまず目に付けたのは、男の制服の襟元(えりもと)―――同じ高校を示す紋章に紺(こん)ネクタイ。その色は、美紀たち一年生より一学年上の二学年を示すカラーだった。

(んげ……同じ学校の奴かよッ!)

 

 ふたりが膠着(こうちゃく)している合間、川越駅へと向かう電車は今日も一分の狂いもなく停車していた。サラリーマンや学生たちが、そんなふたりを眺めることもなく鉄の胃袋へ吸い込まれていく。

不本意ながら美紀は、あっけなく男をみやり、電車を見送るほかに選択肢はなかった。

 通学途中だということを忘れていた。

 それでも男は、言葉を繋げる。

「オメェ、死ねば転生してハーレムルートってか? バッキャロ――‼ だから困るんだよ。オメェみたいな自殺した奴がドコ行くか教えてやろうか?」

 男は美紀から目線を外し、乗客たちと同じく電車内部の自動扉へと歩み始める。

 その途中、横切っていく美紀の耳元で、その声は軽蔑の念を込めて呟かれた。


「地獄だ、バカ」

 男は空白になった少女を置いて、カタカタと地面を揺らす騒めき同様に街の一部になろうとしていた―――矢先だ。

 美紀は喰いしばる。そして、今までの自身が行おうとしていた未遂事件を棚に上げて―――この男の肩を掴んだ。その剣呑とした眼差(まなざ)しには、軽蔑を含んだオオカミの眼。誇張しすぎたプライドは、少女を人間ならぬ生物(せいぶつ)へと変貌させるかのように漂っていた。

「言いがかりは止してくれませんか? この最低男………」

 肩を掴まれたことで、男は止む負えなく止まる。しかし――――男は停止する以上に、なにかイケないことに気づいたのだろうか。その表情が……一瞬、毛虫でも肩についたかのような鈍いゆがみをみせた。

 男は自身の『能力』で、美紀の正体を見破った。

 彼女が放つ『言葉』には、少女とは反比例する『ある力』が存在したのだ。

 ブロンドに染めた艶(つや)のある長髪、尖った睫から見える力強い眼、針金のような指先から伸びるスレンダーな身体は、髪からつま先まで未完熟な少女そのものだが………このサングラスの男からすれば、その事実は信じがたい『嘘』が含まれる。

「―――ぁ? ん………、ちょっ待って。俺の思考が追い付かない……なぜか」

 その怪しくも咀嚼(そしゃく)でもするような男の目つき。美紀、思わず手を離しそうになった。

 そう、悪寒がしたのだ。

 今まで感じたことのない鬼のような『疑い』の視線が、なにより耐えがたい。

 いや、まさかと………美紀は今朝の鏡に写る自身の姿を思い出す。

 そうよ! 雑誌のグラビアにでてくる女性よりは胸は劣るかもしれないけど、某アイドルグループの頂点に立てるぐらいの可愛げと華やかさはあるんだから!

 それでも、この高校生活が始まって以来、既に幾人もの男たちの告白を断わってきた。この男も………きっとそのチグハグなゲス男に違いない!

 そういう手を使う男性―――そりゃ世の中にはゴロゴロいるってテレビを見てりゃ判ることだと、男の肩を引っ張りガンを聞かせて、忠告する。

「どうせ意味わかんないこと言って、私に興味あったんでしょ? でも、ごめんなさい。私はアナタなんて興味ないですから」

 美紀は上から目線に嘲(あざけ)るように、言葉を吐いた。

 それでも、人の好意を断わるというのは気持ちがよい。外見で異性を魅了し、その妄想の自身を糧にクソ男共が自慰行為を行っていると思うと………美紀はちょっとだけ快感を感じる性癖の持ち主であるが、

 そして美紀はフンっと鼻を鳴らして腕を組む。

 男がフラれたショックで、この駅のホームから離れていくのを美紀は今は今かと待ち望んでいた。―――そのはずなのに、なぜか男はなにか可哀そうなモノを見るような目を向けた。

 そのあとだ。

 腐ったなまものを眺めるような表情へと変貌。男は、わざとらしく唾を飛ばしながら、その根も葉もなさそうな………少女の矛盾を指摘し始めた。


「だぁれが、オメェみたいな『男』を好きになるか? コッチじゃないんでごめん」

…………………ぁ?

 美紀は真っ白になると同時、電車の出発する汽笛がホームに響いた。

 動く電車……窓側の目を気にもせずに美紀は自身の胸を鷲(わし)掴みした。外見から察する通り、ないのは知っている。けれども、一応には、自身を女性だと象徴するブラジャーのふんわりとした感触を確認したかった。そして……次にその手は股間(こかん)。

 心の中で、呪術のように外見による自身の正体の認識を試みる。それは、美紀自身が女だと思うための術(すべ)みたいなもんだった…………はずだが、男はいう。

「有る、無い、じゃねぇよ? 無い、有るだからな?」

 男は美紀の手ぶりを真似て(上:胸、下:股間)、えげつない口角。

 美紀は、男の眼を観た。「――っふっ」そう、笑いが吹き上げてきた。

 そのあと、ついでに涙が溢れてきた。


 少女にとって―――自身の正体を秘密裏にすることが、自(みずか)らのプライドを保持するためには必要不可欠であった。

 にも関わらず―――その武装は、ホームという公共の場で、いともあっけなく暴露された。だが、そのセリフを聞いたとて、立ち止まる人間はひとりもいない。早朝の通勤時間に、列車の目の前で騒ぎ立てる若者を眺めるほど暇な人間は、おそらく文明が発達した先進国日本には存在しないのは不幸中の幸いというべきか。

 だがそれとは別に、不覚にも浴びてしまった羞恥と痛恨の念を、安易に取り除くことができるほど、美紀の自我は画一されてはいない。

 三十分に一度しか止まることのない電車がなくなった駅のホームには、しっぽを巻いたまま動けない美紀と、怪しい男だけが残される。

 美紀は、愕然と狼狽えていた。当然、学校を遅刻することではない。

 生まれてこの方、目視(もくし)だけで自身の正体を見破った男に恐怖を覚えた。言うなれば、人狼ゲームで占い師が狩猟銃でも担いで来たような衝撃………。そして、男の風貌である。占い師の図体は鬼のようにデカく、世の高校生からすれば平均的といえる美紀の身長とでは、チワワとゴールデンレトリバーほどの差がある。そして、乱れる長髪にだらしない制服、似合わないサングラス―――その違いに、美紀の手足が震えていた。

 そんな小犬(こいぬ)を追い打ちを掛けるように、男の口元から罵声が轟(とどろ)く。

「おい……、次の電車が来るの何時だと思っているんだ、アホンダラッ!」

 迫力はなくにしもあらず……。

 キレているとは知りつつも、美紀は食い下がるワケにはいかない。

「し、知らないわよぉ! こんな、レディーの前でこんなふしだらで出鱈目(でたらめ)言うサイテーオトコォ!!」

「はぁ、あくまで白(しら)を切るつもりか? 別にお前が、女装して学校に行ってようと俺には関係ないね。言うなれば、可愛ければどちらでもいいンだよ?」

 美紀、思わぬ誉め言葉に紅潮。

「ほ、ホントウか……? いや、じゃない? 私は女だ」

「わかった、わかったから……。もうどうでもよくなってきた」

「―――はァ?」

 ちっともよくない。

 男は涙で化粧が落ちかけている美紀を横目にホームから電車の滑走路へと降りた。そのまま、それが自然かのように次の駅へと向かう線路を歩き始める。

 ただ、もう一度だけ、男は占い師のように―――ボヤく。

「もし、ここに存在する『穢(けが)れ』を祓って欲しいなら、俺らの学校でアンタの同学年にいる御剣幸助―――奴に頼めよ?」

 そう、美紀に穢れというワードが胸に突き刺さる。

 そして、指名した男性の名前に、響動(どよめ)きを隠せなくなる。

「御剣………幸助くんに?」

 彼の名前………『御剣 幸助』は、彼女も知っている。

 そりゃ、美紀が今まで虫けらどもに近い男たちをフるにフりまっくっていたのも彼―――御剣幸助からの告白を受けるためなのだから。

 だけど、なぜ御剣に……美紀はその疑問を男に向けていた。しかし、男は二度と振り向きもせずに、軽くあいさつ代わりに片手を振るだけだった。


 男が見えなくなった後、美紀は改めて穢れを祓う対象について考えさせられた。

 おそらくだが、美紀はこの駅のホームに存在するだろう穢れの正体を知っている―――気がした。それは、およそ一か月前に遡(さかのぼ)る。

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