第九十七話『小さな体に大きな罪』其の二
そうだ。今回の作戦に駆り出された
かつての松下は学園にひたすら媚びることで、
そのときから隻翼にされた少女達が、その後どのような運命に巻き込まれるかは理解していた。分かっていながら、それでも松下は紗織の存在を免罪符にして、自らの犯す罪から目を逸らし続けてきたのだ。
だが最早現実逃避は出来ない。知らない分からないなどという言い訳は通じない。
実際に松下の目の前で彼女達は死んだ、殺された。松下が余計なことをしなければ、彼女は今も普通の学生としての生活を過ごせていたかもしれないというのに――――、
ならば、彼女達は実質松下が殺したようなものではないか。
その事実を改めて受け止め、小さな体を小刻みに震わせる松下に、陶南萩乃はなお続ける。
「……これは私の単なる予想なのですが、もしや殺してくださいというのも実は方便なのではないでしょうか? あれだけ
「うるせえええッ!! そうですよアンタの言う通りですよッ!! でも、だからってどうすりゃいいってんですかッ!? 私がこれから何をしたところで、一度起きたことはもう変わらない。死んだ人達はもう生き返らないんですからッ!!」
松下は半ば悲鳴じみた勢いで叫ぶ。
こんな罪、最早死ぬことでしか償えない。いや自分なんかが死んだぐらいで償えると思うことがそもそも傲慢なのだろうか。それでも、死ぬことは出来ない。死にたくはない。幼い頃に家族を失った隼志紗織の隣に、自分だけは彼女の最期までいてあげたいと思うから。
それでもその罪は容赦なく少女の未熟な精神をどうしようもなく圧迫する。どうしてこんなことになってしまったのだろう、そんな最早無意味な問答をもう何度繰り返しているだろうか。
「大丈夫ですよ」
俯いていると場違いな朗らかな声が降り注いできた。それは啓示か、あるいは福音か。思わずそんなことを思ってしまうほどに優しい声であった。
顔を上げる。そこにいたのはやはり陶南萩乃だ。しかし、笑っている。例え人が生きようが死のうが、一貫して無表情を貫いている彼女が笑っていた。そんな初めて見る少女の顔に、松下希子は思わず呆気にとられてしまう。
「例えその手を罪を汚した過去があろうとも、我等が主は差別なく貴方のことを迎え入れます。貴方はもう充分に己を責め、自らの行いを悔いているではありませんか。そんな貴方をなおのこと責め、寄ってたかって迫害するような法は我々の内にはありません。憎しみや怨嗟は何も生まないということを、我等が主は他の誰よりも理解しておられるのですから」
しかし、やはりまた例の病気であった。罪を憎み、人を恨まず、例え自らを暴力で害そうとする相手とも、対話による調和を試みようとする病的なまでの博愛主義者。
彼女の語る主とやらがなんであるかは百羽の五位である松下も分からない。何者なのかと問うても、それに答えるのは意味がないと言われた。主はその人間一人一人によって、最も適した姿で最も適した教えを下す。だから他人に主の正体を聞いたところで、それはその者にとっての主であるから、自らの主を見出すことは出来ないのだという。
何度聞いても馬鹿げた話だ。ありとあらゆる神話伝承が天使に由来するものだと分かりきっているこの世界に、主や神などが存在するはずもない。そんな世迷言で、こちらの気持ちを分かったような物言いをする陶南に、松下は怒りを通り越して呆れを覚える始末であった。
「アホくさ……」
「松下さん。やはり、貴方はこのような立場に立っても主に心を預けてはくださらないのですね。ならば、主に代わりまして私が貴方に導きを――いえ、傲慢でした。ですので精々参考程度の助言を」
思わず耳をそばだてる。神の言葉とやらに興味はないが、この訳の分からない女の考えにはいささか興味がある。もしかしたらそれが、今の鬱屈した自分に対する答えになるかもしれない。そんな可能性が高いとは思わないけれど、それでも藁にでもすがるような思いであったのだ。
陶南はごほんと咳払いをする。そしてこれまでどおりの平坦な口調で淡々と告げた。
「私は人の心がよく分からないので気の利いたことは言えません。ですが、貴方が罪を償うには――――正しくは貴方が自分で自分を許すには、やはり貴方の思う贖罪になり得る行いを着実にこなしていくしかないのではないでしょうか? 色々と考えを突き詰めれば、結局そのような結論になると私は思います」
正論であった。しかし、嫌味はない。人としての感情が薄く、余計な私情を交えない陶南萩乃が告げたからこそ、その言葉はすんなり松下の心に入ったのかもしれない。
それでもそんな単純なことではないのだ。少女は再びうつむき、犬歯で下唇を噛みしめる。ヴィレキアの虹弓で真っ青に晴れた空は、いつのまにか再び灰色がかっていた。
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