第九十五話『日本とゾロアスター』其の二


 ――――なっ、なんだよいきなりッ……!?


 色男は椅子から間抜けに転げ落ちるも、おっとっととか言いながらなんとかバランスを取り戻す。自然三人の視線は突然の乱入者の方へと向く。


「オイ、このクソ忙しいときに何一人でマーキングなんかしてんだクソ発情期野郎。いっそのことそこらの盛った犬みたいに去勢されるのがお望みか?」


 現れたのはなんとも奇々怪々な人物であった。

 栗色の長い髪は左右で明らかに色の濃さが異なり、頭の上でなんかデッカイお団子状に纏められている。

 ところどころシュッとしている癖に、またあるところはひらひらしている、まるでスーツとドレスを足して半分で割ったような装束。そして身につけているものが、なにからなにまで左右でデザインと配色が異なる。

 全身左と右できっかり半分ずつ、意図して作られたとしか思えないアシンメトリー。そしてその道化じみた格好以上に気になったのが、その人物の性別であった。

 腰回りは女性らしいにも関わらず、肩幅は明らかに男性寄り。その顔立ちも男装の麗人と言えばそう見えるし、逆に男の娘だと言われればそれはそれで納得してしまう。


 頭を蹴られたイケメンは当然怒るのかと思いきや、何故か必死に言い訳を始めた。


「イヤイヤイヤちげえって鈴久すずひさ、別にナンパとかしてたわけじゃねーから。言うなら外交だよ外交。お前もアホくせーとは思わねーのか? ダエーワつー共通の敵を持っておきながら、何となく互いを出し抜きあおうとしている、このバカみたいな状況を――――って痛っダッッ!!」


「口で言って分からないなら叩いて躾けるしかないな。オラオラ嬉しいんだろ、ヨダレ垂らしながらブヒブヒ鳴けよ豚野郎」


 いきなり目の前でSMプレイが始まった。

 鈴久とかいう男なのか女なのかよくわからない人間はどこからか黒い鞭を取り出すと、なんと一切の手加減なく色男のことを叩き始めたのだ。

 しばらくベチベチ叩きまくったあと、今度はグググと鞭で首を絞め始める。いつのまにか色男の顔色は冗談抜きで青くなっていた。あらやだ、このままだと死んじゃう……いいぞもっとやれブッ殺せと心の中で男女にエールを送る。


 しかし、こんなドン引き不可避な光景を見せられても秦は完全に我関せずであった。まるで何も起きてないかのように飯を食い続けている。弁当三個を食い終え今度はコンビニスイーツに突入、流石に月餅とかではなく如何にも女の子が好きそうなパンケーキであった。てかコイツどんだけ飯好きなんだよ、最早飯にしか興味ねえんじゃねえかとか割と本気で思ってしまう。


綾媛百羽りょうえんひゃっぱ第四位、秦漢華」


 そこでクソ野郎を殺すことで世界平和に貢献しようとしていた男女は、ふと隣の大食いメンヘラチャイナ娘の存在に気付く。

 途端に彼(彼女?)は色男の首を絞める手を緩めた。ゲホゲホ言いながら首を抑える瀕死のイケメンを見下ろしつつ言う。


「なんだ。本当にちゃんと情報交換していたのか。なら、殺すのはやめにしよう。まあ謝りはしないが」


「……だーから最初からそうだって言ってただろーが」


 色男は変な跡のついた首をさすりながら、不満気に溜息をつく。

 どうやらコイツもコイツで厄介な連れとチームを組まされているようだ。なんか最近変なヤツばかり見てるせいで感覚が麻痺してるが、いきなり人の頭を後ろから蹴っ飛ばすヤツがまともなはずがない。


「オイ、痴話喧嘩は終わったかよ」

「意趣返しのつもりかよ。粘着質な野郎だな」


 樋田の煽りにイケメンは呆れた顔で返す。そして、彼は改めて後ろにいる男だか女だか分からない人物を指差すと、


「で、紹介が遅れたがコイツは栗鳥鈴久くりとりすずひさっつーヤツで、所属は俺と同じ悲蒼天だ。付け加えるなら俺にとっちゃ唯一無二の相棒でもある」

「黙れ、たまたま一緒になることが多いだけだろ」


「……へえ」


 本当はこんな胡散臭さしかない奴らに自己紹介とかしたくないが、向こうが名乗ったのにこっちはスルーというのは信義に反する。だから、いちおう適当に申し訳程度に応えてやることにした。


「…………樋田可成ひだよしなり

「…………秦漢華よ」


 いつのまにか秦は飯を食い終わっていた。早食いにも程がある。


「本当揃って嫌々だなお前ら。まーいいわ、はいはい可成くんに漢華ちゃんね。よし、んじゃメンツも集まったことだし真面目に情報交換するとすっか……まずはとりあえず今分かっている事実の共有からっと」


 兎にも角にも情報交換は始まった。

 そう言って美形はどこからかタブレット端末を取り出すと、適当にメモのアプリを開き、そこにズラズラと情報を書き連ねていく。


「まず前提として、今この東京はダエーワとかいう人喰いの悪魔が大量に発生している危機的な状況にある。だが、奴等は無闇に矢鱈に人を食い殺しまくってるわけじゃない」


「あぁ、そうだ。術式を扱える人間や、ある程度『天骸』への適性を持つ人間を選んで襲っているところから、目的は単純な虐殺ではなく、捕食を通じた『天骸』の収集ではないかと私たち悲蒼天では予想されている」


「あぁ、あれか。確か適切な術式とそれに見合うだけの『天骸』さえ用意出来れば、異能は理論上ありとあらゆる可能性を引き出すことが出来ますとか言うヤツ」


「……まあ、早計かもしれないけど、大方はそこらへんでしょうね。大きな事を起こしたいなら、とにかくそれだけ多くの『天骸』が必要になる。仮に黒幕が地上に堕ちてきた堕天使だとしたら、統計的にもそれが一番可能性の高いパターンだったはずよ」


 色男、栗鳥、樋田、秦の順で言葉を紡ぎ、そしてそこで再びイケメンが口を開く。


「で、そのダエーワを退治しようと俺たちは日夜頑張ってるっつーのに、連中はいくら殺しても殺しても一向に数が減らねー。まるで無限湧きするゲームのNPCと戦ってる気分だ。そのせいで全体的な趨勢は膠着状態、いやむしろ消耗し続けてる分こっちが日に日に不利になってんだよなー……」


 そこで箇条書きはタンと一行下に改行される。


「まず前提として連中の目的と、そもそも首謀者が誰かっつーのが全くもって分からねー」


「まあ確かにそちらも大事だが、目下一番の問題はそもそもダエーワ無限湧きのメカニズムが分からないことだ。とりあえずは、今の慢性的な敗戦コースから脱出しないことにはな」


「……あぁそうだな。で、今はそのメカニズムとやらを解き明かすため頑張ってるところだ。まあ悲蒼天こっちの認識は大体そんなもんだが、人類王勢力そっちはどうなんだよ?」


「悪いけど大して変わらないわね。あとは精々こっちでは中央区近辺でダエーワの発生率が高いことが分かってることくらいかしら」と、秦漢華。


「あぁ、その情報はこっちも掴んでる。まあ理由の方はそっちと同じで、てんで分からねーんだがな。宗教に土地縁に歴史的遺物、どの視点で考えてもこれといってしっくりこねー。ここらへんは多分なんか見落としてんだろーな、それが何かは知らねーけど」


 見事なまでに知らねえだの分からねえだののオンパレード。加えて色男のハアという溜息のせいで四人の間の空気がなんだか微妙になる。

 悲蒼天と人類王勢力、それぞれの情報を持ち寄ったところで大して進展はなし。これでは何でこんな場を態々設けたのか分からなくなるまである。



「……チッ、頭こんがらがってきたわクソッタレ。そもそもなんで東京なんかで態々こんなことしてんだよ」



 樋田としてはただ現状に対する愚痴を吐いただけのつもりであった。しかし、何故か他の三人は一斉にこちらをガン見してきた。

 そして急に樋田をハブって話し込み始める。

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