第九十五話『日本とゾロアスター』其の一


 色男が樋田ひだはたのを伴ってやって来たのは、先程のコンビニの近くにあるとある公園であった。

 公園と言っても滑り台とブランコぐらいしかないショボいヤツではなく、どちらかというとピクニックあたりに向いてそうなだだっ広い自然空間の方である。

 その少し外れ、背後で噴水がバシャバシャ噴き出しているとあるベンチに三人は腰掛ける。樋田が真ん中で秦が左、そして例のクソ野郎が右の並びだ。席順に他意はない。繰り返し言うが、絶対に他意はない。


 ――――一体何が目的だ……まぁはじめから危害を加えるつもりなら、あそこで態々話しかけてくるはずもねえ。あとは精々適当ほざかれて、良いように利用されねえようにすりゃいいだろ。


 正直胡散臭さしかないし、樋田としても早くこの男とはおさらばしたかったのだが、それでも幾らかメリットはあると判断して付いてきた。

 このクソゴミ野郎は気に食わないが、コイツの所属する『悲蒼天ひそうてん』とやらは、他の組織と比べれば幾らか好感が持てる。

 天界や天使、及び連中が用いる『天骸アストラ』によって、人間世界の理が歪められることを厭う反天武装組織――――確か秦はそんな風に説明していただろうか。

 兎にも角にも今ここで他の組織の動向を知っておくのも悪くはない。


「……ん?」


 と、そこで樋田は秦がソワソワしていることにふと気付く。


 ――――えっ、なに、コイツどんだけ腹減ってんの……?


 貧乏揺すりのような見っともないところまではいかないものの、手遊びをしたり三つ編みを弄ったりと何だか忙しない。

 まあ気持ちは分かる。折角餌にありつけると思っていたら、いきなり訳の分からない男に話しかけられたせいで飯の機会を逃したのだから。何だかお預けくらってる犬見てるみたいで段々可哀想になってくる。


「食いたいなら食えよ」


「はあ? 今そういう空気ではないじゃない。なんか色々とその、話すみたいだし……」


「話は基本俺が聞いとく。テメェは適当に耳傾けといて、気になったらそのとき口出すみたいなスタンスでもいいだろ」


「でも、そっ、そういうわけにもいかないでしょ。どっちかって言うと私の方が責任者っぽい立場だし……」


「だぁ、もうめんどくせえよデブ。いいからデブはさっさと飯食って、お腹いっぱい幸せデブホルモンでも分泌してろよデブ」


「……………………ねえ、流石に今のは聞き捨てならないのだけど?」


 鬼の形相で半ば腰を浮かしかける秦。ヤベって思った樋田はそこで彼女が持っている弁当の蓋をこっそり開けた。先程レンジで温めてもらったこともあり、モワモワモワと美味しそうな香りが舞い上がり、それらは全て上手い具合に秦の鼻へと吸い込まれていく。


「…………うっ、うん……あとは頼むわよ」


 はーい、ワレ奇襲に成功セリ。やはり北風より太陽作戦である。

 プリプリしながらもようやく飯を食いだした秦を尻目に、樋田はようやく隣の色男を振り返る。当のクソ野郎はどうかというと、何故かムカつく感じにニマニマしながら樋田の耳にささやいてきた。


「痴話喧嘩は終わったかよ……?」

「……バッ、滅多なこと言うんじゃねえ。っだらねえ、アホ臭え」

「あーあーなるほどなるほど。まだあんま進展してねー感じか。かぁー、若いって良いねー。お兄さん応援しちゃう……」


 一応ヒソヒソ声にしてはくれているが、冗談抜きで殺意を覚える。古今東西女の子にとって興味がない相手との仲を囃し立てられるほど不愉快なものはないだろう。こちらとしても本当向こうに申し訳なくなるからやめて欲しい。


「つーかそのお嬢ちゃんと一緒にいるってことは、お前人類王勢力じんるいおうせいりょくの人間だったんだな……お前本当ちゃんとやっていけてるの?」


「だからなんだっつーんだよ。くだらねえ用事だったら今すぐ帰んぞ」


「用事ねー。まー、ぶっちゃけ有って無ーよなもんなんだが、強いて言うなら……俺とお友達になろうぜ大作戦みてーな?」


「今すぐ死ね。テメェなんざと仲良しこよしするぐれえなら、富士山の上でおにぎり食べる百人の中で一人だけハブられた方がまだマシだっつーの」


「連れねえなー。なんだ、他所の組織の人に話しかけられても付いて行っちゃダメってママに躾けられたのか? そーいうのアホくせーと思うぜ。まあトップのお偉いさん連中は何かよくわからねー思惑で対立してるみてーだが、俺たち末端の馬車馬が考えてることは大して変わらねー筈だ」


 こっちを見ることなくペラペラと話しながら、色男は懐から何かメカチックな細い棒を取り出した。それを一口咥え、息を吸い、そしてくだらないわだかまりごと全てをふぅと吐き出す。


「普通に真面目に善良に生きてる人間の生活が、異能だなんて訳ワカンねーもんに上から目線で壊されるのが許せねー。根っこのところはそんだけだろ」


 なんか俺良いこと言ったわみたいな雰囲気を出しながら、色男は再びメカチックな細い棒を咥えそうとする。

 そこで樋田は非難を込めてその手首を掴み取る。色男は一瞬頭にハテナを浮かべ、そしてあーあー言いながら片手をヒラヒラする。


「いやいや、これタバコはタバコでも電子タバコだから。受動喫煙やら副流煙やらの危険性は全くねーヤツだからな」


「はあん。なるほど、別に俺が煙吸ったところで害はねえと」


「ああ、そうだぜ。だからそんな怖え顔する必要はどこにも――――」


「臭えからやめろ」


「はあ?」


「有害無害関係なしに臭えもんは臭えだよ。吸っていいかよくないかを決めるのはテメェじゃねえ、俺たち未成年だ。だからやめろ。俺が、不快に思うから、やめろ」


 勢いに乗って畳み掛ける樋田、対する色男は助けを求めるかの如く秦漢華はたのあやかをチラ見する。しかし、此度は彼女も樋田の味方であった。良い学校のお嬢様は口の中をハムスターみたいにしながら両手でバツを作っている。

 そうだよね、臭いと飯マズくなるもんね。常に美味しい美味しい〜♫ってしてないとイライラしちゃう漢華ちゃんにとっては死活問題だから仕方ないね。

 秦の飯に対する執着を確認しつつ、樋田はこれ以上ないドヤ顔+非難の目で色男を見る。クソッタレのイケメン野郎はしばらくむぐぐ……と唸ったあと、結局その電子タバコとやらを懐にしまい直した。


 ぎゃはははははははははッ!! ざまああああああああみろおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!  

 見たか、これこそ我等が素晴らしき同調圧力の力だ。やはり弱者被害者とかいう立場は最強過ぎる。一方的に相手を悪人に仕立て上げて、そいつの意見も主張も全部ネガティブなバイアスかけてボコれるんだから負けるはずがない。


 と、糞陰湿な手法で溜飲を下げる樋田であるが、対する色男は話題を元に戻すようにまた手をフリフリしだす。


「って、そんなことよりお前らの方からなんかタレコミはねーのかよ? まあ確かに普段の関係は些かアレだが、とりあえず今は敵の敵は味方理論が通じるはずだぜ。流石にそっちが血反吐吐いて集めた情報をゲロゲロ吐いてくれてとは言わねーから、ちょっとぐらい協力し合っても――――――」


 しかし、ヘラヘラと語る色男の言葉はそこで突然打ち切られた。理由は単純、その後ろに突然現れた人物が彼の頭を渾身の力で蹴り飛ばしたからだ。



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