第九十五話『日本とゾロアスター』其の三
「……なるほど、確かに言われてみればそうね。昔の特撮に出てくる怪獣とか悪の組織とかじゃないんだし、態々ピンポイントでこの国のこの街を狙う理由もよく分からないわ」
「あぁ、別に他の国にも適性持ちは幾らでもいるし、そもそも数と量を確保したいだけならば…………言い方はアレだが、もっと人口の多いところでやった方が遥かに効率がいいしな」
「それに仮に黒幕がダエーワを生み出して使役する術式を持っているのだとするなら、神話的に考えても地元のペルシアでやるのが一番効果的でしょう。そもそもなんで日本で態々ダエーワなのかしら。うちの国ってゾロアスターと無関係か、あってもかなり薄い繋がりしかないと思うのだけど」
「なら、日本でやらなきゃいけねー理由があると考えるのが自然だろ。例えば殺してー奴がこの国にいるとか、あるいは何か欲しいもんがこの国にあるとかかも知れねーな……って、そーいえばちょっと前も似たようなパターンあったな」
「そうだな。確かに以前討伐した
いきなり蚊帳の外にやられてショボくれるなか、簒奪王という懐かしい名に樋田は思わず唾を飲む。
あの王様が日本にやってきた理由。確か奴は日本に堕天してきた
――――あれ、晴ってそもそもなんで日本に堕天して来たんだ……?
今まで考えたこともなかったがよく考えればそうである。
世界に国なんていくらでもある。そもそも世界の陸地のうち日本が占める割合などごく僅かだ。
たまたま堕ちてきたら真下がここだったのか? もしかして人を隠すならば人の中とでも思ったのだろうか? いや、そう考えても態々東京を選ぶ根拠は薄い。
今は何も分からないのだから、こういう小さな疑問も積極的に調べるべきだろう。今日家に帰ったら晴に聞いてみようととりあえず心に決める。
「つーかうちの国色々異能絡みの厄介こと抱え込みすぎだろ。簒奪王が来襲したり、人類王とかいう大物が勢力張ってたり、そもそも社会の裏側では異能者による内戦状態ってアホかよ。そんで今回のダエーワの一件ときたもんだ。それとも今この地球上では世界中あらゆるところでこんなわけのわからねえことが起きまくってんのかよ?」
そんな樋田の疑問には隣の漢華ちゃんが真っ先に応えてくれた。
「いえ、樋田くんの言う通りよ。そもそも異能が蔓延ってるのは西欧から東欧、それに北アフリカと乾燥アジア、あとはインドから中国に入って日本に抜けるルートに大体限られているのだけど、ウチの国はそのなかでも特にその手の案件が多いの」
「悲蒼天の本部があるのもここだしな。案件によっちゃ中央アジアあたりまで遠征することもあるが、基本極東での仕事が一番多い。異能絡みの事件が多いから人類王勢力に悲蒼天、
「とにかくね。だからアンタの『なんで東京?』っていう疑問は新鮮だったのよ。私たちみたいな異能にどっぷり浸かってる人間からしたら東京や日本でこの手のことが起きるのは当たり前という認識だったから」
「へえ……」
よく分からないが適当な愚痴で人の役に立てたならこちらとしても嬉しい。と、そこで例の男か女か分からないヤツがパンと手を鳴らす。
「話はそれたが、まとめるとそもそもこれだけ多くのダエーワをゾロアスターと縁もゆかりもない土地で使役出来てる時点でかなり不自然ということになる。それだけそいつが馬鹿みたいに優れた術者なのか、それともこの東京にゾロアスターと縁を結べるような何かがあるか……理由がそのどちらかは分からないが」
「最近話題になった平城京で働いてたペルシア人の役人とか?」
調子に乗ってもう一度口を挟んでみる。されど他の三人は一様に微妙な表情をしていた。えぇ、そんなまずい発言しましたかね……と若干しょぼくれる。
「八世紀のペルシアはイスラム化してるから、ゾロアスター教徒の居場所とかほぼねーよバーカ。それにこれだけの術式を発動するための、縁を繋ぐ因子としちゃいくらなんでも弱すぎるだろ」
言いつつ流れで電子タバコを吸おうとしたところを、隣の茶髪ドレスにベシッとはたき落とされる。色男は手首を抑えつつ「痛あ……」とか小さな声で言っていた。
「まあコイツの適当な思い付きは論外だけど、日本とゾロアスター教ひいてはペルシアを繋ぐことが出来るものを探すって観点は悪くないと思うわ。その方向で絞れたら何か分かることもあるかもしれない」
「それもそうだな。まあ、ペドの言い出したことにしてはそれなりに有意義だったとは思う。惜しむらくは次までの時間が結構押していることだが」
そこで色男は思い出したように腕時計を覗き込む。そして残念そうに眉をしかめた。
「だーもうそんな時間かよ。誘っといて悪いがそろそろ行かせてもらうわ。まあ、またなんか分かったら連絡してくれよ。そんときのこっちの状況にもよるが、直接戦力として手貸してやることもやぶさかじゃないぜ」
流れるような手際で樋田は何か名刺のようなものを握らされた。そこには
待て、裵東賢だと。
ああだからペドなのか……えっ、それ本人意味知ってて呼ばれてるのか……?
知らなかったらこれ完全にイジメじゃん……。
イジメは嫌いだ。悪いことだし良くないことだと思う。イジメ、ダメ絶対。でもコイツのことは嫌いなので樋田も陰湿なイジメに参加することにした。
「……あぁ、そんときは頼むぜペドさんよ」
「なははっ、なんだ最後だけやけに素直じゃねーか。まぁ、いいわ。時間取らせて悪かったな」
笑いを我慢しつつ適当に返す。チラリと鈴久なる男女の方を見るとこちらに向けてグッジョブポーズをしていた。やっぱ確実に嫌がらせで呼んでるやつだコレ!
思っていた以上に急がなくてはいけない状況なのか、イケメンとオカマもどきはすぐにどこかへといなくなってしまった。いきなり呼び止めていきなり話しかけていきなり消える、正に台風のような奴等であった。
「……なんか疲れたわ」
「……そうね」
ゲッソリした顔でベンチに座り直す樋田と秦。そこで唐突に彼女の携帯がプルルとなり始めた。
「はあ、誰だよ?」
「なにキレてんの? てか別にアンタに関係ないでしょ……あっ、クソ
クソ陶南、正しくは綾媛百羽第二位
そんな彼女が電話を掛けてきたとなれば、大方ロクでもない内容なのだろう。面倒な仕事を押し付けられるか。或いは状況が悪くなった事を知らされるか。まあポジティブに考えれば何か新しいことが分かったのかも知れないが。
兎にも角にも秦は渋々電話を取る。その直前ピコンとスピーカーをオンにすることも忘れない。
「もしも……」
「秦さんですね。すみませんが今すぐ品川埠頭に来てもらえませんか?」
陶南萩乃という女を見て、まずはじめに樋田が感じたのはまるでロボットのようという印象であった。
その表情や所作からは一切の感情が読めず、まるで事前に入力されたプログラムにそって動く人形のようにすら思える。
樋田の記憶では確かその喋り方も、抑揚の付け方が一定の半ば合成音声じみたものだった。しかし、それが今は違う。いつでも淡々と話していたはずの彼女が幾らか早口になっていたような気がするし、電話越しですら薄っすらと焦りの感情が滲み出しているように感じたのだ。
「どういうことかしら?」
秦は問う。対する電話の向こうの陶南萩乃は、一呼吸置いたのちに衝撃の事実を口にした。
「……本日、魔王インドラを討伐するために品川へと派遣した人類王勢力の一団が、ダエーワの攻勢によりほぼ全滅しました」
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