第七十三話 『地獄へ上る』
「オイ、中まで入る必要あんのかよ?」
「そりゃあさっき言った使い魔の失踪は、この東京タワー近辺で起きてるのが一番多いからね。それに、一度調べると決めたからには、面倒臭がって手を抜くようなことはしたくないの」
先程の市民公園から徒歩で数分。
ようやく東京タワーに到着した三人は、まずその下にある五階建ての娯楽施設――――通称フットタウンの中を散策していた。
この施設の中には飲食店や土産物屋はもちろんのこと、かなり大きい水族館なんかも入っているようで、休日に来るならば中々楽しそうだなと樋田は素直な感想を抱く。
しかし、今日は遊びに来たのではない。
秦の言うことが正しければ、きっとこの建物或いはその上の電波塔の中に、使い魔失踪事件の手掛かりとなるものがあるはずである。
それを見つけ出すことこそが、今の樋田に課された任務であるのだが、
――――仕方ねぇけど、やっぱ動き辛えな……。
だが、今樋田たちのもとにはこの少年がいる。
当然、初めから危ないと分かっているような場所へ、こんな小さい子を連れていくわけにはいかない。
だから、樋田は秦に一つ提案をすることにした。
「オイ、秦。俺ァこのまま調査を続けるから、お前はここで坊主の面倒を見てちゃくれねえか」
しかし、秦の反応は渋い。
「でも、アンタ一人に全部任せるなんて悪いわよ。それに、もしアンタが一人のときにダエーワに襲われでもしたら……」
「いくらなんでもそこまでヤワじゃねぇさ。つーかガキ連れ回して歩くよりかは、一人の方がよっぽど気楽なんだよ。それになんかありゃあ、すぐに連絡すればいいんだろ。そのためにさっきよく分かんねえアプリ入れたんだろうが」
秦は不満そうに黙り込む。
しかし、それが現状における最善であることは理解しているのか、彼女もすぐに首を縦に振ってくれた。
「……うん、分かったわ。じゃあお願いする」
しかし、そこで「だけど」と付け加えると、
「ちょっとでも危ないって思ったら、すぐ私を呼ぶのよ。深入りは絶対禁止。自分一人でなんとかしようだなんて思い上がりも起こさないこと」
「るせえな、分かってるつーの。そんな口うるさく言わなくても、漢華ママに心配かけるようなことはしねぇよ」
そう口では素っ気ない風を装いながらも、樋田は内心こそばゆい思いであった。
彼はその人生において、これまで心配というものをされたことがほとんどない。確かに最近は晴が幾らか自分のことを気にかけてくれるようになったが、それでも樋田にとっては未だに慣れない感覚であった。
「そ。ならいいわ。じゃあ、行ってらっしゃい。気を付けてね」
「あぁ、また後でな」
幸いそんな気持ちを秦に悟られることはなかった。
振り返れば、彼女が控えめに手を振る横で、少年もまたこちらに小さく手を振っている。
あっ、なんか奥さんと子供に送ってもらってるみたい……と、そんなことを思い浮かべた直後、樋田は渾身の力で舌を噛む。
アホくさい。くだらない。今はそんなバカなことを考えている暇はないのだ。
そのまま樋田は秦から逃げるように、施設の上階へと向かっていった。
♢
「……畜生ッ、もう電池切れか」
秦たちと別れてからおよそ二十分。
フットタウンの五階に辿り着いたところで、丁度ここまで使っていた『
樋田の『
秦から受け取った『顕理鏡』はあと二つ。
一つ目が一時間ほどで崩壊してしまったので、最低でもあと二時間以内にこの件を解決せねばならない。
――――確かに、ここらは結構『
しかし、些細なことならば分かったこともある。
これまでに歩いた六本木から東京タワー付近までは、どこも大体『天骸』の濃度が一定であった。
しかし、このフットタウンの中は明らかに違う。
未だ『顕理鏡』に慣れぬ樋田でも分かるほどに、周囲にはかなり濃い濃度の『天骸』が漂っている。
加えて気になったのが、階を上へ上れば上るほどに、『天骸』の気配が強くなっていることであった。
――――四階よりも五階のが濃いってこたぁ……もっと上か?
このまま単純に上へ行くほど『天骸』の気配が増していくのならば、自然その発生源はこのフットタウン最上階よりも更に上――即ち、天高くそびえ立つ東京タワーのどこかにあるということになる。
――――このまま進むか、一度秦を呼ぶか……いや、まだ何も見つけてねえのにアイツ呼んでも仕方がねえか。
例の少年をダエーワから確実に守るためにも、秦がこちらに来るのは出来るだけギリギリであった方がいい。
なにも樋田だけでその
ならば、例え実際に原因を特定出来なくとも、もう少し範囲を絞るくらいのことはしておきたい。
然して、樋田は東京タワーに登ることを決めた。
勿論、秦には事前にココアトークで連絡を入れておく。
向こうから返事は来ないが、ここでボーと突っ立ているのも時間の無駄であろう。
そのまま階段を上がり、樋田はフットタウンの屋上に出る。
上を見上げると、即座に東京タワーらしい赤い鉄骨の数々が視界に映った。
あっ、オ○ナ帝国……とか思うも、今感傷に浸っている暇はない。当然、エレベーターに乗ってるときに襲われたら完全に詰むので、樋田は外階段を使ってタワーを上へと登っていく。
幸い他に人はいなかったので、あっ、オ○ナ帝国……とか思いながら、六百段を全力疾走で一気に駆け上がった。
身体能力以外これといって取り柄がないこともあって、特に疲れは感じない。
「さぁて、ここらはどんなもんか……」
そうして再び『顕理鏡』を発動させてみると、やはりフットタウンにいた頃よりも明らかに『天骸』の濃度が上がっている。
ここまでは予想通り。しかし、そこで樋田は一つの可能性にふと気付く。
「これ、もしかして飛んでんじゃねえのか……?」
秦曰く、
そもそも何故使い魔は行方を眩ましたのだろうか?
はじめ話を聞いたときは、地上からの対空攻撃や、何かしらの結界に引っかかって堕落した可能性も考えられた。
しかし、そこにこの「高度が上がるほど『天骸』の濃度が増す」という条件が加われば、話は変わる。
使い魔の失踪がこの近辺に限定されていない以上、東京タワーに仕掛けられた何かしらのトラップが使い魔を攻撃しているわけでもないのだろう。
然らば、
「ギーggyg......ギギギャガャギヤガガガgyyygaアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
その咆哮はあまりにも唐突なものであった。
まるで地獄の底より鳴り響くような、聞いた者全てが必ず不快感を抱くであろう怪音。
それでいて、あまりにも騒々しい。
それこそまるで群れで鳴くカラスの喚き声を、何十倍、いや何百倍にも増幅させたものと言えば伝わるだろうか。
瞬間、頭上が陰る。
少年は咄嗟に空を見上げる。
「――――嘘――――だろ」
絶句。
樋田の視界に映ったその理不尽は、
その体躯は至極巨大で、翼を広げれば視界の空が全て覆い隠されてしまうほど。
三つの頭に三つの口に六つの目。まるで蛇と竜を合成したようなその怪物は、もう樋田のすぐ目の前まで迫っている。
防げるか? 否、巨大すぎる。
躱せるか? 否、敏捷すぎる。
ならば――――と、何か対応策を考える暇もなかった。
瞬きの直後、生ける大質量の体当たりが、そのあまりにも単純で恐ろしい暴力が、少年の立っていた場所を爆撃じみた威力で吹き飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます