第五十七話 『暗い日曜日』


「……ッ!!」


 隼志紗織を完璧に救うことが出来る。


 まさか樋田の口からそんな言葉が飛び出してくるとは夢にも思ってもいなかったのだろう。

 松下はその瞳を大きく見開き、まるで石像にでもなったかのように立ち尽くしてしまう。しかし、それでも彼女はすぐにこちらをキツい瞳で睨み直す。


「……つまらない冗談はやめてくれませんかね」


「嘘じゃねえさ。どうやら俺の『天骸アストラ』には、ありとあらゆる術式の制御権を奪い取る特性があるみてえでな。嘘だと思うならテメェの記憶にあたってみろ。俺ァお前の前でも何回かこの力を使ってみせているはずだぜ」


 彼が言うのは、つい先程松下の自作自演だと判明した二日前の出来事だ。

 その日、『叡智の塔』の中で繰り広げられた隻翼との戦いの中で、彼女も樋田が敵の術式を乗っ取る様を実際に目の当たりにしている。


「……へぇ、あれはそういう仕組みだったんですか」


 松下もそこでようやくそのことを思い出したのか、その疑念に埋め尽くされていた表情に僅かな綻びが生じた。

 しかし、それでもまだ足りない。

 然らばここでもうひと押しと、樋田は更に言葉を重ねていき――――、


「そもそもテメェが正直に話してくれりゃあ、態々学園から反転記号を盗み出す必要もなかったんだよ。隼志にかけられている天使化の術式だって、俺なら触れるだけであの子の体から引き剥がすことが出来たんだからな」


 そして、最後に改めて真実を突きつける。


 

「俺の力を使えば隼志のことは今すぐにでも救うことが出来る。だから、もう馬鹿なことをすんのはやめろ」



 そうだ。

 本来初めから樋田達と松下の間に戦う理由は存在しない。

 それでも、彼女がこうしてしたくもない人殺しに手を染めようとしまったのは、不幸なすれ違いか、或いは運命の悪戯であったとしか言いようがないだろう。


 だが、そんな悪夢ももうこれで終わりだ。

 その胸の内の全てを曝け出し、あまつさえ他に方法あればと本音を漏らした今の松下ならば、きっと樋田の提案する真の最善策を受け入れてくれるに違いない。

 そう信じて彼は目の前の少女に手を差し伸べようとする。されど――――、



「……で、それがなんだっつーんですか?」



 松下はそう言って、再び樋田の方に双剣の切っ先を突きつける。


「テメェ、一体どういうつもりだ……?」


 そんな予想外の反応に驚く少年をよそに、彼女はその整った顔を再び歪に歪めていく。その表情に満ちる感情は悲しみでも、或いは苦しみでもない。

 そこあるのは、まるで熱く燃えたぎるような明らかな怒りの色であった。


「……何がどういうつもりだ、ですか。ふざけんじゃねぇ、ふざけんじゃねぇですよ。私は紗織と今までずっと一緒に生きてきた。紗織のことを助けてくれる人なんて誰もいなかったけど、それでも私だけはどんなことがあってもあの子の隣に居続けようって、私はこれまでずっとそうやって生きてたんですよッ!!」


 初めは押し殺すようにボソボソと語っていた松下であるが、最早溢れ出る感情を抑えきれないと言わんばかりに段々と語気が荒くなっていく。


「それをろくに私たちのことを知りもしないヤツが横からいきなり入って来て、それも上から目線で何もかも俺が全部救ってやるだなんて……そんなの認められるわけがないじゃないですか。私がこれまであの子を救うためにやってきたことは全部無駄だったって貴方は言うんですかッ!?」


 その訴えは語気が荒いのをとっくのとうに通り越し、最早ヒステリックとしか思えない金切り声と化していた。


 ――――クソッタレが、何を言うかと思ったらくっだらねえッ。


 しかし、加速度的にヒートアップしていく松下とは対照的に、樋田の心の中は自分でも驚くほど急速に冷め切っていく。

 例え言葉は足りなくとも、彼女の心が今どのような色をしているかなど手に取るように分かる。何故ならその色は今の樋田可成のものと非常によく似ており、それでいて彼のそれよりも明らかに醜く淀んでいたからだ。


 樋田はこれまで友人のことを第一に思う松下の懸命な姿を、かつて自分が憧れた晴の高潔な生き方と重ね合わせてしまっていた。

 だがしかし、もしかしたら自分はこの少女のことをどこか勘違いしてたのかもしれない。


「……松下ァ、テメェ自分で自分が何言ってんのか分かってんだろうな?」


「分かってますよ。所詮そんなのは私のエゴに過ぎないってことも。確かに先輩の言うことが本当ならそれが一番の最善策なのかもしれません。だけど、あの子を救うのはいつだって私じゃなくちゃいけないんです。隼志紗織が膝を抱えてうずくまっているとき、一番最初にその顔を上げてあげるのは必ず松下希子でなくてはならないんです」


 そうして松下はその双剣の鋭い切っ先に目を落とす。


「先輩、さっき私に人殺しは無理だと言いましたよね? 正直、図星でした。それに先輩達のことを殺したくないと言ったのも嘘ではありません」


 そこで一度「ですが」と言葉を切り、


「そんな甘ったれたことを言い訳にするぐらいなら、最初からこんな大それたことを仕出かしはしませんよ。知っていますか先輩? 人を殺すことが出来ないなら、殺すことが出来るようになればいいんだけなんですよ」


「……悪りぃがくだらねえとしか思えねえよ。他にもっと楽な道があるっつーのに、態々荊の中に足を踏み入れる必要がどこにある」


「まあ、普通はそう思うでしょう。でも、それは普通の人間同士の普通の関係性のなかだから通用する理屈ですよね。だけど、私は罪人ですから。その罪を償うためには、他人に彼女を救う義務を全て押し付けて、一人楽な道に逃げるだなんて許されねえんですよ」


「だが――――」


「クドいですよ先輩ッ!! 私達には私達の罪重ねがあるんです。そんな表面的なものしか見てない薄っぺらい説教で、私の決意が覆るわけがねえでしょうッ!!」


 そうして最後に彼女は再び、手元の双剣を樋田の喉元に突きつけて叫ぶ。



「紗織を救うのは私です。紗織の味方は私しかいないんですからッ!!」



 そのエゴに塗れた醜悪きわまる松下の姿に、かつて晴や紗織と仲睦まじく語り合っていた頃の面影は既になく、樋田はどこか悲しそうに眉をひそめてしまう。


 松下希子と隼志紗織の間にかつてどのような過去があったのかは知らない。

 しかし、それでも松下が隼志にどこか異常に執着しているのは明らかだ。


 一言で言えば

 彼女は恐らく隼志を助けられるのは自分だけだと思い込むことによって、自らの存在意義を保とうとしているのだ。


「ああ、そうか。ならもう小言は言わねえ。テメェがそれでいいと思うならそうしろ」


 ここで松下が黙って首を縦に振ってくれれば、これまでのことは水に流そうと思っていた。真の敵であるこの学園を打倒するため、再び共に手を取り合ってもいいと、本気でそう思っていた。


 だがしかし、コイツはもうダメだ。

 例え表面的には真逆のようでも、コイツがやっていることの本質は、かつて晴を見捨てた樋田のそれと何も変わりはしない。

 ならば、その目を覚まさせる方法も同じだ。

 口で言って分からないならば、もう力ずくでその間違いを正してやる以外に方法はないのだから。



「だが、肝心のお前がそれじゃ、紗織はいつまで経っても救われやしねぇだろうがな」



 だから、樋田はこれが最後通牒だと言わんばかりに吐き捨てる。しかし、その何気ない一言が、松下の張り詰めた神経を更に逆撫でする結果となった。


「部外者が知ったような口をきくんじゃねえええええええッ!! アンタに私の何が分かる。アンタに私達の何が分かるってんですかッ……!? いいでしょう、ならこちらももう手加減はしません。舐めたことぬかしてくれた代償は、その命をもって償ってもらいますッ!!」


 松下はそう叫んで一度大きく距離を取ると、手元の双剣を体の前で十字に交錯させる。

 続いて彼女がまるでバイオリンでも演奏するのように、その双剣をギチギチと擦り合わせ始めると、たちまちに頭の中を直接抉るような不協和音が通路中へと響き渡った。


 ――――なんだ、この音はッ……!?


 その瞬間、樋田の全身をブルリと気味の悪い悪寒が走り抜けた。

 一体松下がこれからどのような攻撃を仕掛けてくるのかは分からない。

 だが、それでも本能が叫ぶのである。今すぐ逃げろ。さもなくば、必ず殺されると。


 しかし、樋田がそう思った頃には既に、松下は彼の命を死へと誘う鎮魂歌を奏で始めていた。


「『奏で殺すワルツァーヘルツ=惨劇波トーデストリープ』」


「――――――――ッ!?」


 直後、唐突に耳を疑うような不協和音が全方向から樋田の体へと殺到する。いや、どちらかというと、音が織りなす世界の中に取り込まれたと言った方が正しいだろう。


 それは人の悲鳴か、或いは赤子の泣き声か、それとも呪いを抱きし悪霊のせせら嗤いか。まるでこの世の不快な音の全てを寄せ集め、無理矢理一つの形に仕立て上げたようなその音色に、樋田はどうしようもないほどの吐き気を覚える。

 気付けば床に膝をつき、最早自分が今上下左右のどちらを向いているのかすらも分からなくなっていた。


 しかし、それでもこれはまだほんの序の口だ。

 松下の奏でる死の旋律は、次の瞬間をもって遂にその最高潮を迎えるのだからッ――――!!

 


音式自殺教唆おんしきじさつきょうさ――――『暗いソモルー=ヴ日曜日ァシャールナプ』」



 周囲の光景が徐々に味気ないモノクロの世界へと変わっていくなか、樋田の耳は最後にそんな松下の呟きを微かに捉える。



「あ」



 そしてその直後、彼の頭の中は真っ白に――――いや正しくは真っ黒になった。


 闇が訪れる。

 深く、暗く。

 まるで胸の中を鉛が満たすかのように。

 漆黒が到来する。


 死。

 死ぬ。

 死にたい。

 死を欲する。

 死に消され、死に滅され。

 ただひたすらに、

 押し寄せる濁流が如き死を求めん。


 松下を改心させねばならないだとか、この学園の横暴から罪無き女生徒を救おうだとか、そんな考えは一瞬で消滅した。いや、正しくは他人に気を配る余裕がなくなったのだ。

 とても自分のものとは思えないほどに陰鬱を極めた樋田の精神は、客観的な鋭さをもって自身の内側へとその矛先を向ける。


 然して、樋田可成という一人の人格に対し、総括と自己批判の嵐が巻き起こった。


 何だ、この屑は。

 何だ、この狗の子が如き劣悪な生物は。


 樋田可成は最悪の人間である。


 自身の不幸を免罪符に、よく知りもしない他人を勝手に屑だと決め付け、まるで自分が正義であるかのように暴力を振るう屑の中でも最低最悪最劣等の屑。


 他者をしばしば罵倒し、幾度となく聞くに堪えない暴言を吐きながら、自分はそういう性分だから仕方がないと開き直る屑の中でも最低最悪最劣等の屑。


 そんなどうしようもない人間でありながら、一度弱者を助けたくらいで全部許された気になって、あまつさえ正義のヒーローなどという幼稚なものに憧れを抱き出すその思い上がり甚だしい様は万死に値する。


 今こうしてこの屑が命を懸けて戦っているのも、本気で松下や他の女生徒を助けたいと思っているからでは断じてない。

 いや、そもそも一ヶ月前筆坂晴を簒奪王の魔の手から救ったことさえ、所詮は自分本位な打算の上に成り立っていたに過ぎないなのだ。


 あの一連の出来事で、樋田可成は甘い蜜の味を知ってしまった。

 他者と繋がりを持つことによって、孤独を紛らわせ、一時的に自己嫌悪を忘れ、その醜い承認欲求を満たす術を知ってしまった。


 だからこそ樋田可成は人を助けるのだ。

 自分の命を危険に晒してでも、他者のために力を尽くそうとする。

 なぜなら、命を懸けて誰かを助ければ、その誰かも自分のことを気にしてくれると気付いてしまったから。


 そんな下賎で下劣な期待が、果たして今の自身の心の中に一切無いと言えるだろうか。いや、言えるはずがない。

 なぜなら今もこの男は、この争いを丸く収めたのち、松下が自分を受け入れてくれることを心の底から期待しているのだから。

 

 樋田可成による偽善の根源はただ一つ。

 それは「俺はお前のことを助けてやったんだから、お前も俺のことを受け入れろ」という醜悪極まる欲求に基づいたものに違いないッ!!


 気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


 この男はどうしてこれほどまでに気持ち悪いのだろう。

 樋田可成が一分一秒長く生きるごとに、世界の損失が雪達磨式に増えていく。こんな下衆で下劣で卑劣な人間は一刻も早く死んだ方がいい。


 誰にも記憶にも残らず、ありとあらゆる痕跡を残さず、初めからこの世界に存在しなかったかのように死ぬことこそが、この男に許された唯一の道なのだから。


 そのとき、突然カランと足元で金属音が鳴り響いた。


 樋田が音につられて下を向くと、そこには松下が投げ渡したと思われる双剣のうちの一本が転がっていた。

 モノクロの世界の中で取り分け異彩を放つその刃の煌めきに、樋田は心の底から救われた気分になる。

 良かった。助かった。

 これでようやく自分も死ぬことが出来るのだから。


 だから、樋田はそれを感慨深そうに手にとり、――――一切の躊躇なく己の頚動脈を掻き切った。



「がああああああああああああああああああッ!!」



 まるで噴水の如く吹き出る鮮血と、肉を裂かれたことによる耐えがたい激痛。

 しかし、恐らくはその衝撃のお陰であろう。

 少年の頭の中からおぞましい総括と自己批判の嵐は消え去り、不気味なモノクロと化していた世界もたちまちに元の正常な状態へと戻っていく。


「なっ……にが、起こったッ……!?」


 そうして、それから数秒もした頃には、樋田の精神状態も周囲の光景も全てが元通りになっていた。

 今となっては何故自分があんなことを考え、あまつさえ死のうとまでしたのか本気で理解することが出来ない。

 その如何にも現実離れした異常な感覚は、まるでつい先程まで悪い夢でも見ていたかのようであった。


「……ぐぎっ、ガッ!!」


 しかし、兎にも角にも今は自分の命が最優先だ。

 流石にこの出血量はまずいと、樋田は慌てて『燭陰ヂュインの瞳』で首元の傷をなかったことにする。


 そうして彼がようやく顔を上げなおすと、そこでは松島希子がその頬にヘラヘラとした意地の悪い笑みを浮かべていた。


「ははッ、どうです? 自分で自分を殺すってのはなかなか新鮮な経験ではありませんでした? 」


「テメェ、今一体俺になにしやがったッ……!?」


 首の傷自体は『燭陰の瞳』で治ったとはいえ、あのモノクロの世界の中で樋田が受けた精神的苦痛は筆舌に尽くしがたいものである。

 しかし、そうして今にも気を失ってしまいそうな彼に対し、松下は少しも悪びれる様子を見せず、むしろ意気揚々と声の調子を張り上げていく。


「ハッ、別に何かそう特別な事をしたわけじゃありませんよ……私はただ、先輩にちょっと特殊な音楽を聞いてもらっただけですから」


「音楽ッ、だとッ……?」


「意外そうな顔ですね。ですが、音楽には皆さんが思うよりもずっと、人の心に大きな影響を与える力があるんですよ。力強い曲を聞いて明日も頑張ろうって思ったり、失恋ソングを自身の恋愛経験と照らし合わせて号泣したりするのがその典型例ですね」


 そこで松下は得意げそうに頭の天輪を指差して笑う。


「そしてご存知の通り私の『我が主は神なりエリヤ』はありとあらゆる音を操る権能ですから。その力を使ってそれぞれの対象の精神状態に最も適したメロディ、それもとびきり煽情的なヤツを調律してあげれば――――心を操るとまでは言えなくとも、人の精神状態を誘導するぐらいのことなら出来るんですよ」


 そこまで言われて樋田はようやく松下が自分に何をしたのかを確信した。


 彼女が口にした『暗い日曜日』という曲名には聞き覚えがある。

 それは確か第二次世界大戦前夜のハンガリーで作曲され、そのあまりにも陰鬱な歌詞と曲調によって、世界中で数百人の人々を死に駆り立てたと噂される通称自殺の聖歌。

 しかしそこに科学的な根拠はなく、件の曲による自殺者の大量発生も都市伝説の域を出ないのであるが、そんな悪名高い楽曲の名を松下は態々自身の異能の名に冠しているのだ。そこへ彼女のいう音楽が人の心に影響を与えるという話を合わせれば、そこから導き出される結論はたった一つである。


、ってとこか。いくらなんでも陰湿過ぎるだろ……」


「ははっ、流石は先輩です。ご察しの通り私の『暗い日曜日』は対象の死の欲動デストルドーを爆発的に増長させ、ありとあらゆる人間を半強制的に自殺へと追い込む術式です。例え曲を聞かされた人間が強い心の持ち主であったり、或いは異常にポジティブな性格であったとしても例外はありません。人間は誰しもが多かれ少なかれ死への逃避願望を持っているものですから。ですが、その中でも特に――――」


 その瞬間、松下の口元に嗜虐的な笑みが浮かび上がる。


「特に先輩みたいな自己嫌悪大好きメンヘラクソ野郎にはよく効くことでしょうよッ!! 」


 然して彼女は再びその惨劇波をもって、樋田可成を暗い総括と自己批判の世界へと誘う。


 ――――畜生、これじゃまたッ……!!


 抗えるはずがなかった。

 耐えられるはずがなかった。

 そもそも自分自身を嫌悪している樋田にとって、この手の精神攻撃は最も苦手とするところなのだから。


 ――――やめてくれ……。


 そうして彼は此度も曲を聞いてから数分もしないうちに、暗い現実から逃げるように自殺という安易な道を選びとってしまう。


 しかし、そのショックで意識が戻れば、当然樋田は即座に致命傷を『燭陰の瞳』で治療する。


 ――――やめてくれッ……!!


 だがそれでも、その意識はすぐに再びモノクロの世界へと誘われ――――自殺し、再生する。

 自殺し、再生し、自殺し、再生し、自殺し、再生し、生と死と、破壊と創造とを何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返す。


 ――もう、やめてくれえええええッ!!!!!!!


 首を切り、頭を割り、腹を裂き、そこから溢れた内臓を引きちぎり、自殺し、自死し、自刃し、自害し、自刎し、自決し、自裁し、自尽し、そうして幾度となく自己批判と自傷行為を強制され続けたその果てに――――、



「……ぁ、あああ……ああっ、アアアアッ」



 樋田可成の精神は遂に崩壊してしまった。


 最早ピクリと指先を動かすも出来ず、たた惨めに床に這いつくばる少年の姿を、松下希子はやけに冷たく、それでいてどこか悲しそうな瞳で見下ろしていた。



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