09 まちのはじまり
ここはどこだ?
真っ暗で何も見えない世界
そっか……俺死んじゃったのか?
想いだけが反響してきこえてくるーー
そんな世界に俺は今いるらしい。
想いの中から願いが生まれ、それが俺の世界観を創っていく。
俺は、今回は何を願ったのだろうか?
このままでいいのだろうか?
俺はまだ成すべきことがあったんじゃないのか?
そんな一斗の自分自身への問いかけが始まるにつれて、意識が何かに引っ張られていくのを一斗は感じた。
『一斗はなんでそこまで人の役に立つことを率先してやろうとするの?』
『なんで、か……なんでだろうな?』
(目の前にいるのはーー今より若い俺!?)
『どうせあなたがいくら相手のためになることをやっても、みんながみんな有難さを感じてくれないわよ?』
『あははは、相変わらずクールな発言だな。でも……そうだな。俺は今この瞬間の状況ならどんな役割を演じれるのか、ただ試しているだけかもしれない』
『どんな役割を、演じれるか?』
(おれはこの女性と同化しているのか? ということは、この人は俺のことを知っているのか……まさか!?)
『あぁ。といっても、実際そんなこと考えたことねぇーから、本当のところはどうなんかわからんけどな』
『私には到底できないわ、そんなこと。でも……わかったわ』
『ん、何がわかったんだ?』
『あなたがこれからも本気で人のために生きるっていうなら……そんな世界一馬鹿なあなたを一番近くで見守っていくわ、一斗』
女性は一斗の手を優しく包み込んだ。
(まさか……いつも夢に出てくるあの女性なのか?)
『世界一馬鹿って、お前なぁ。でも……ありがとな、○○ーー』
温かな光が女性を通して一斗に次々に流れていくーー
「ん、んん。ここは?」
光に包まれ満たされた心地良いリズムを感じたところで、一斗は目が覚めた。
「どんなけーー寝坊すれば気が済むの?」
声のする方に目を向けてみたら、マイが涙ぐみながら微笑んでいた。
「わりぃ。ずっとマイが看病してくれていたのか? それに……この手も……ありがとうな」
一斗の右手を、マイが両手で優しく握っている。
「こ、これはね! そのね……そうそう、一斗がうなされてたから手を握ったら離れなくてね! 仕方なくねーー」
「あいかわらずツンデレだな、マイ」
「むぅ! 一斗がらしくもなく素直にお礼を言うから慌てただけなんだから!」
(感謝しなければ拗ねるし、感謝すればするでツンツンするし、面白くて憎めないやつだな、こいつはーー!?)
「あ、あれ?」
そんなことを思いながら、一斗はゆっくり体を起こそうとしたが、全身が筋肉痛になっている感じで思うように動かせなかった。
「もう、あれだけ体中のマナを使い果たし、マテリアルにまで影響出てたのよ。後遺症が残らず生きていているだけでも有難いと思いなさいよね」
マイは一斗の上半身を両手で支えて、ゆっくり体を起こすのを手伝った。
「マテリアルってなんだ?」
「生命の核となるもののことよ。マナの源泉ポイントとも言われているわ。一斗、絶対に無茶して氣を使い続けたでしょ〜? 外部から供給が追いつかないまま氣を発散し続けたから、もう体内を巡っていた氣は全部外に出てしまっていたんだよ。供給源がなくなったからマナはほぼからっぽで、ほんと〜に危なかったんだからね」
マイは一斗のみぞおち辺りを人差し指で押しながら、説明を続けた。
「そうだったのか。もう夢中で自分でも何をやったのか覚えてないけど……じゃあ、俺はどうやって助けられたんだ?」
「……わたしよ」
なぜか照れくさそうに下を向いて、マイは答えた。
「マイが? だってお前、
「ちがうわ。アルクエードは願いを叶える魔法ではあるけど、術者がイメージできることという制約があるもの。氣やマテリアルのことがよくわかってなければ、お手上げだわ……もちろんそれ以外にも要因はあるけれど」
「そのそれ以外の要因ってやつも気になるが、じゃあお前はどうやって助けてくれたんだ?」
「それはーー」
***
「なんで? なんで魔法がきかないの!?」
ティスティは泣きながら叫んだ。
「それは魔法が一斗に効かないからよ。あと、今必要なのは魔法ではないわ」
「!?」「マイちゃん!? 今までどこにいたんだ?」
ティスティのすぐ後ろにいつの間にかマイが立っていた。
「まったく……いつも無茶ばかりして……記憶がなくても、やっぱりあなたは変わらないのね」
「どういうことなんですか、マイさん? 魔法が駄目なら、他に一斗を回復させる手段なんて……」
マイが何か独り言を言っていたことを、部分的にしかきこえなかったが、今はそれどころではないと思い、悲観に暮れるティスティはマイに詰めよった。
「あるわよ、まだ試してみていない方法が。あなたにもできるね、ティスティ」
「わたしにもできる……まさか!?」
マイはティスティが考えている最中に氣を集中し始めた。ティスティはそれが〈発〉だとわかったが、その後マイがするだろう行動を止めようとしたーー
「!?」
一足早くマイが一斗に口付けをし、〈発〉で体内に充満させた氣を徐々に一斗の体内に流し込んでいった。
すると、しだいに一斗の体が蒼く光り出し、マイが口付けを解いてもしばらくは光っていて、徐々におさまってきた。
「ふぅ〜、なんとかギリギリ間に合ったみたいね」
そういってマイはしゃがみ込んだ。
「マイちゃん、大丈夫か? もちろん一斗もだが……」
「うん、もう大丈夫! マテリアルも安定してきたしね。後は安静に寝かせておけばーー」
「よっしゃー!!」「よかったわ!!」
「最後まで美味しいところをとっていきやがって! あとでこらしめてやる」「お前にこいつが懲らしめれるのか?」「……」
三者三様だが、まちの住民はティスティだけではなく一斗も無事だとわかり歓喜の声を上げた。
一斗の様子を見てみると、しだいに血色が良くなるのがわかる。
一斗を救ったマイに今度は人が集まり、今度は色々質問攻め似合っている。
「待て待て、お前ら。マイちゃんも疲れてるんだぞ。一斗を寝かしてやりたいしーー」
「じゃあ、この兄ちゃんが以前泊まっていた私の宿屋を使いな。もちろんそこのお嬢ちゃんもね」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えちゃおっかな! よろしく、おばちゃん♪」
(こんなに人だかりができたのは、あの事件があって以来だわ)
そのことを考えると、こうやってまたみんなが集まってわいわいできるのは嬉しい反面、別の想いがティスティの胸中を激しく往来していた。
***
「おい、何でそこで赤くなるんだ、お前は?」
「え、えっ!? あ、赤くなってないわよ。興奮……そう興奮してたの! 一斗にはまだできない技であなたを救うことができたんだからね」
マイは杖をブンブン上下に振りながら、どこか不自然に力説する。
「俺にはできないわざだと!? アイタタタタッ」
「ほらほらせっかく治りかけているのに無理しな〜い。あなたを治した技はまた近いうちに教えてあげるわ」
ベッドから体を起こそうとした一斗を、マイはもう一度ゆっくり横たえさせた。
「……ほんとだな? なんか嘘のような本当のような空気が流れている感じはするが……まぁいいさ。それより、ティスティの容態はどうだ?」
「彼女の方はあなたに比べたら全然ましよ! さてと、彼女も含めてみんながあなたのことを心配しているから、これから目覚めたことを知らせてくるわね。今日はまだしっかり寝て休んでいなさいよ〜」
そう言いながら、マイはドアから早々と出ていった。
「あいつ、絶対に何か隠しているな……まぁあいつのことは気にするだけ無駄か。それにしてもーーつっかれた〜!!」
ベットに寝転んで手足を全開に開き、目をつぶり、大きく深呼吸した。
昨日は本当に色々あった。まちの異変とアルクエード、そして、ティスティの救出。
考えることも確かめたいこともたくさんあるが、とにかく命が助かったことに安堵した一斗だった。
(そういえば、後髪がいつの間にか切られてなくなってるな……まっ、後で、マイに……確認……)
「ーーん〜ん。なんか外が賑やかだな」
気がついたら寝てしまっていて、目が覚めた時には朝になっていた。
朝日で起きたというよりも、いつでも静まりかえっているはずのまちが、何だかすごく騒がしい。
窓から外を見てみると、みんな何か荷物を持ってハルクの建設現場の方に向かっていくようだ。
血相を変えて、というわけではなく、むしろその逆。すごく楽しそうな表情をしていることが、とても新鮮に感じた。
「みんな楽しそうでしょ、一斗?」
「マイ……」
(いつも笑顔で迎えてくれるマイを見ていると、自然と心が落ち着くな。この感じはまるでーー)
「おはよう、一斗! よく眠れた?」
「お、おう! おはよう、マイ!(あれ、さっきまで何を考えていたんだっけ……) あの後、気がついたらすぐに眠っていたよ」
思い出そうにも思い出せそうもなかったので、ひとまず諦めることにした。
「そう、なら良かったわ……マテリアルも完全に安定したし、もう大丈夫ね」
マイは一斗のみぞおちを右の手のひらで何かを確認するかのように触り、確認が終わるとそっと手を戻した。
「ありがとな。そういえば俺の髪だけどーー」
いつの間にかバッサリ切られている髪の毛を触りながら、マイに質問しようとすると、
「あぁ、それね! 実は一斗の後髪が火の影響でチリチリになってたから、私がカットしちゃったわ……ダメだった?」
「ダメもなにも、なぁ。記憶喪失が判明したときから、髪を短くするのがなんか怖くてな。ずっとそのままだったが……まぁ、なくなってみればスッキリするもんだな!」
「そう……ならよかったわ。それより、体の方はどう?」
「動きがなまってしかたねぇから早く動きたいぜ……動きといえば、親方のところは大丈夫か? もうすぐ完成だっていうのに休んじまったからーーってそれなんだ?」
一斗がハルクの話をし始めたとき、何か思い出したのか懐から一枚の紙を取り出し、一斗に差し出した。
「そうそう、ハルク親方からあなたへの贈り物よ♪」
「贈り物って……そんなたいした……な、な、なんじゃこりゃーー!!!!」
マイから受け取った紙に書いてある内容を読んで、一斗は心の底から響きわたらせた悲鳴をあげるのだった。
その内容とはーー
場所は変わり、ハルクの建設現場へ。
そこへ一斗とマイは向かい、ちょうど敷地内の手前でハルクを見つけた。
「親方ー!! これは一体どういうこった!?」
ハルクを見つけるやいなや、一斗は血相を変えて先ほどマイから受け取った紙をハルクの目の前に出して詰めよった。
「おう、一斗! 元気になってなによりだな。それは俺からのお祝いだ。ありがたくーー」
「受け取れねぇーつーの! なんで俺が解雇されるんだよ! 今まで休んじまってたけど……それでも精一杯頑張ってきたし。それに……完成まであとわずかだろ? せめて最後まで手伝わせてほしい! この通りだ!」
「フッ、あいかわらずのお人好しだな、一斗は」
ハルクは本気でお願いしてくる一斗の真っ直ぐな姿勢に、嬉しさのあまり頬が緩んだ。
「もちろんお前と一緒に仕事をしたいのは俺も一緒だ!」
「なら!」
「まぁ、まてまて。話は最後まで聴け。実は……もう工事は終わってしまったんだよ、昨日な」
ハルクの言葉を一斗は理解できずに口をパクパクさせた。
「なっ、なっ、そんな馬鹿な!? だって、二人でどんなにハイペースでやっても二週間、これまで通りなら一ヶ月だって……まだそんなにーー」
「そんなにって。一斗、お前一週間も眠り続けたんだぞ」
「一週間!?」
信じられない顔で一斗はマイを見たが、苦笑して頷いているマイを見ると口裏を合わせているようには見えない。
「まぁ、口で説明するより建物の中を見てくれた方が納得するだろ? こっちに来な。びっくりするから」
「?? わかった……」
(どういうことだ? まだやることもたくさんあったし、とても一人だけでは……)
マイとハルクは歩きながら後ろを振り返り、まったくわからず混乱している一斗が驚く姿を想像して、二人顔を合わせてニ〜っと笑うのだった。
建物の前に着いた一斗は、確かに外見は完成しているように感じた。
入口の扉は誰でも気軽に出入りできるように、中が見えるようになっている。
外から見る限りでは中は真っ暗だったから、一斗は中に入って確認しようとしたらーー
バンッ!
バンッ!
バンッ!
「うぁ、なんだ!?」
突然何かが弾けるような音がしたと思ったら、灯りが一斉につき、周りにはところ狭しとまちのみんなが立っていた。
そしてーー
「「「一斗、回復おめでとう!!」」」
「……ど、ど、一体どうなってるんだー!!」
今度は一斗の魂の声が建物内に響き渡り、一斗を除くみんなが大笑いするのだった。
「あ〜、面白かった! まさか一斗がこんなに期待以上な反応をしてくれるとは思ってもみなかったわ。ありがとう、一斗♪」
「ありがとう……じゃねーよ! まったく。祝うんだか、笑ってけなすんだか、どっちかはっきりしやがれってんだよ! ふんっ!」
照れているのを隠しきれていない一斗を見て、また周りの笑いを誘った。
「まぁまぁ、そんなに拗ねるなよ、一斗。今日はまちのみんなに集まってもらい、一斗の快気祝いとまちの新しいはじまりを祝って、盛大に宴会をしようと思ってな」
「まちの……新しいはじまり?」
「その話は私からさせてもらえないか?」
人混みの中からオルトが現れ、一斗の前に立った。
「まずは、この度は娘を救ってくれてありがとう。そして、まちも……。八年前の一件があってから、まちのみんなはお互い疎遠になり、活気がなくなっていた。もちろん私も……。
けれど、君が現れたからというものの、まちの中で少しずつ交流する人が増えていった。
そんな中で弟のハルクの仕事を手伝い憩いの場をこうやってつくってくれ、そして……ティスティが引きこもりから抜け出すきっかけをくれた。君には感謝の言葉を伝えて伝えきれない」
「そんなに改まる必要はねーよ。おれは別に街のためにやったわけではないからな」
ティスティのためにやったというよりも、俺のためにやったんだからな。
「それでも……な。そこで私たちは話し合って考えたんだ。もう一度このまちを……アイルクーダを元の活気あるまちに復興させようって!
今度は
「ハルクおじさんが復活させようとしていた、かつてはまちの象徴だった建物をみんなで手伝おうってことになったんだよ」
一斗の後ろから気になっていた人物の声がきこえて振り向いてみると、ティスティが一斗の方に向かって歩いてきていた。
「ティスティ……」
「一斗……」
しばらくの間二人は見つめ合いとても良い雰囲気が流れていたがーーこの場にはそれを許さない人物が二人いた。
「手伝いといっても、われわれは大工のことについては何も知らないから、ただ力仕事や掃除くらいだったがね!」
と言って、途端に一斗に敵意むき出しになり、娘の前に割り込むオルトとーー
「ささっ! 主役もやってきたことだから、早く宴会をはじめちゃいましょう、ハルク親方!」
と言って、ムッとした表情で一斗の前にぐいっと出てきたマイであった。
「そ、そうだな。長話は後回しにして、まずは乾杯をするか。飲み物はちゃんといきわたっているか?」
後からやってきた一斗・マイ・ハルクは飲み物を、まちの人からそれぞれ受け取った。
「それじゃあ、兄貴。町長として掛け声をよろしくな!」
「わ、わかった! ゴホンッ。では、この若者……一斗への感謝の気持ちと、まちの新しいはじまりを祝してーー乾杯!」
「「「かんぱーい!!」」」
宴会がはじまり一時間経った。
まちの人たちはこれまで途絶えていた交流を取り戻すかのように、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎになっていた。
一階フロアはテラス席もあり、そこからも外から出入りすることができる。
建物の中では飽きたのか、子どもたちは外に飛び出し、一斗が気分転換がてらに作っていた遊具で楽しそうに遊びだした。
その光景をとても嬉しそうに見つめる大人たち。
「こんな光景を取り戻したかったのかな、あなたのおじさんは?」
ティスティがテラスで一人黄昏れていたところに、マイがやってきた。
「マイさん……ええ、きっとそうだったと思います。私がどんなにまちの人から嫌われても、まちのことがどうしても嫌いになれなかったのは、ハルクおじさんのまちへの郷土愛をずっと身近で感じてきたからだと思います」
「そうね……ところで、ティスティ。あなたはマイに何かききたいことがあるんじゃないのかな?」
驚いた顔でマイの方に振り返るティスティ。
「やっぱりあなたにはバレていましたね、マイさん」
「いつも一斗のことばかり考えているマイでも、さすがにあなたが一度も一斗の見舞いにこないから……もしかして、私に気を使ってくれてる?」
そうなのである。
マイは毎日のように朝から晩まで一斗の見舞いに行っていたが、ティスティは一度も見舞いに訪れなかった。
「それも……あったかもしれませんが」
正確には、行きたかったけれど、自分の中に往来する想いの影響で行けなかった。マイに気を使うとか、羨ましいとか、そういったのとは別の想いが、あのときからティスティの心の大部分を占めていたのである。
「くやし、かったんです……」
「くやしかった? 何に対してなの?」
マイが優しい口調でききかえしてくれるとは思わず、ティスティは不意に出そうに涙をぐっと堪えた。
「今回の事件を起こしてしまったこと。いつも迷惑ばかりかけている一斗に、迷惑どころか命の危険にさらしてしまったこと。それに……一斗を救う手立てを本当は知っていたし、その力はあったのに、気が動転して頭が回らなくなり、ここぞっというときにまったく役に立てず、泣くことしか、できなかったこと。
あと、あなたが一斗に口付けをしようとたのを止めようと思ってたとき、ある言葉が頭の中から流れてきたんです」
「……なんて流れてきたの?」
「『お前にはその資格があるのか?』と……その瞬間、金縛りになったかのように体が動かなくて……声が出なくて……ただただ傍観することしかできなかった自分の弱さが……許せなくて。それでーー」
ティスティは振り絞るように想いをマイに伝えていく。
(やっぱり……この子は一斗に似ているのね)
私はこの子の力になりたいって思った。たとえ、同じ人を好きになっていたとしても。
「ティスティ、ちょっとあっちに行って二人っきりで話そうか?」
ティスティが無言で頷いたのを確認して、二人でテラスから外に出て、森の中を歩いていった。
どこに連れていかれるのか、最初は不安がっていたティスティだったが、途中で私がどこに連れていこうとしているのか気付いたようだった。
「ここなら思う存分話せるわね、ティスティ」
目的地に着いて、私はある位置に座った。
「ここは、私と一斗の修行の場……それにその場所は……」
「そっ、あなたがいつも修行の合間に座っている場、そして……あなたはここに座って」
私は手招きをして、ティスティを私の隣りに座るように誘導した。
「実はね、マイはあなたのことがものすご〜く羨ましかったの……意外そうな顔しているわね。でも、本当に羨ましいと今でも思っているわ。一日のほとんどの時間を一斗と過ごして、私より早く名前で呼んでもらえるようになって……」
そう、私はずっと名前で呼ばれなかった。ティスティが名前で呼ばれているのを聞いて、駄々をこねて無理やり名前で呼ばせたくらいなんだから。
「それでも……私には別にやることがあった。一斗のためにも。そして、私自身のためにもね♪
だから、別にティスティのことを抜け駆けをしたとは思っていないし、あの……口付けのことも抜け駆けをしたくてした行動ではないわ」
「わかっています」
「えっ!?」
嫌味の一つや二つは言われるのを覚悟したが、予想に反した言葉に驚いた。
「だって、あなたが一斗を見つめる目はいつでも本当に優しそうですもん。まるで、女神様みたいのように」
本当にそう感じて伝えてくれているんだと全身で感じて、今までつっかえていたのがとれて、救われた気分になった。
「ありがとう。だからね、今はあなたが思っているような関係にはなっていないの。でも、今だけだからね! 一斗と添い遂げるのはマイなんだから!」
「それは……私も同じ気持ちです! 私を心身ともに救ってくれた一斗のことを、一番身近で見守っていくんですから!」
二人は言いながら勢いよく立ち上がって、宣言しーー
「「ぷっ、あはははは!」」
そして、大声で笑いあった。
「ありがとうございます、マイさん。私のために想いを吐き出してくれて……」
「ティスティ、一言だけ言っておくわ……私のことはマイって呼び捨てで呼んで。私だけが呼び捨てで呼んでいるだけでは寂しいわ!」
「うふふふ。わかったわ、マイ! その代わり、私のことはティスって呼んで」
私がそう言うと、マイは急に私に抱きついてきた。
「どうしたの、マイ?」
「……私、ずっと一人でいることが多かったから、こうやって名前で呼び合える人はあなたを含めて三人しかいないの。でも、あなたに呼んでもらえたら、とても……うれしくて……グスッ」
こうやって自分の想いを素直に出せるマイは、本当に素晴らしいと思う。
「私まで……もらい泣きしちゃったわ」
しばらく抱き合っていたが、そっとマイから離れた。
「えへへっ……。それはそうとティス、あなたに予め伝えておきたいことがあるわ。その話をきいて、どうするかはあなたが決めて欲しいの。きいてもらえるかしら?」
急に真面目な表情で話すマイを前にして、私は彼女の瞳を真っ直ぐみつめながら深く頷いた。
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