10 時には別れが人を成長させる

「あいつらのことが気になるのか、一斗?」

「親方……まぁ、な」

 マイとティスティの話し声がきこえ、そっちを振り向いてみたら、マイがティスティを誘導して二人っきりで森の方に向かっていく姿が見えた。


「二人っきりのところは今まで見たことないからな……って、別に心配しているわけじゃねぇーからな」

「わかりすいな、一斗も」

「うっせー……それより、さっきは有耶無耶になったが、これの真意は一体どういうことだ?」

 一斗はマイから受け取った例の紙を、ハルクの顔の前に差し出した。


「そのままの意味だが……って言っても、お前は納得しないよな。理由は二つある。一つは、まちのみんなが手伝ってくれるようになって、人手に困らなくなったこと」

「だったら、尚更親方をフォローできる人材がいるんじゃないのか?」

 一斗はハルクに強く迫って、自分自身の必要性を強く訴えた。


「まぁ、待て待て。それに対する答えでもある二つ目の理由。それは、お前自身のことについてだ」

「おれ、自身?」


 一斗と最初に出会った頃のことを思い出し、ハルクは嬉しそうに語り出す。

「あぁ、そうだ。初めてお前と出会ったときから、一時的な付き合いになることは感じていた。能力的なところや大工に関する知識の豊富さはもちろんだが、もともとずっとここに留まるつもりはなかったろ?

 何かを成すためにここに来た、そんな気がしたんだ。だから……それが見つかって、その何かを成し遂げて、次に進んでいくのなら、おれは喜んでそれを応援してやりてー」

「お、親方。おれは――」

 言いたいこと、伝えたいことはたくさんある。けれど、思いつくどの言葉も今の感じていることを表現するには足りない気がして、声が出せない。


「十年近くずっと一人でやってきたから、これからも一人でやっていくと思っていた。そうしたら、まさか弟子までできて……しかも、今は志願者が二十名以上いてな。

 だから、俺の方はもう大丈夫だ。そろそろ自分のために動いてみろよ、一斗。きっとお前の元にはもっと人が集まってくるはずさ。ともって呼び合える最高のやつらがな」


 そういって、ハルクは右手の拳を前に出した。

 一斗は涙を堪えるようにずっと上を向いていたが、キリッと表情を引き締めてハルクを見つめ、拳を合わせた。

「あぁ、最高のやつらを見つけて、またここに必ずやってくる! だから……それまで元気でな、ハルク親方」


 一斗は怒りを抱えたままこの世界にやってきた。

 最初は苛立ち、不安でいっぱいだったが、マイと再会。自分の状況を初めて直面できたことで、今までとったことのない行動をとるようになり、ハルクと出会った。

 ハルクが必要としていることが自分ならできるとわかり、それこそ無我夢中で頑張った。

 そうしたら、今度はティスティと出会い、自分自身を高める修行に彼女が付き合ってくれるようになり、次第に一斗は他人に心を開くようになっていき、今に至る。

 別れは辛いけれど、一人でも応援してくれる存在がわかった今、このタイミングで次の一歩を踏み出すことが良い。

 一斗はそう考え、ハルクの解雇を喜んで受け入れ、まちを出て新たな旅立ちをする準備をするのだった。


 まちを出ると決めた一斗は、なんとなく一人森の方に歩いていった。

「やっぱりここにいたか」

「「一斗……」」


 まるで一斗が来ることを予知していたのか、特に驚くことなく、二人は一斗が来てくれたことを喜んで受けていた。

「マイ、ティスティ、お前たちに話がある」

「ついにまちを出ることを決めたの、一斗?」

「どうしてそのことを!?」「……」

 一斗はハルク以外にはまだ誰にもその話をしてなかった。つい先ほど決めたばかりというのもあるが、まちを出て行く話自体をそもそもしたことがなかったはずであった。


「私を誰だと思っているの?」

 そう言ってなぜかご機嫌なマイは一斗と入れ替わるように、ハルクの建物方面に戻っていこうとしている。


「マイ!」

「あなたの想いはそのまま伝えなよ、一斗……あとはよろしくね♪」

 マイが去り、一斗とティスティは二人取り残される形になった。


(よろしくって何がだよ……それに、なんか今の雰囲気のティスティは初めてで妙に緊張してきた)


 それもそのはず。

 一斗が宴会時に見たティスティと今のティスティはまるで別人のようだからだ。もちろん良い意味で、だ。


(色気があるというか、なんというかーーもともとマイに比べて色っぽい感じはしていたが)


「一斗……ボサっと突っ立っていないで、いつものようにこっちに来て座らない?」

 ティスティは先ほどまでマイが座っていた場所に座り、一斗に場所を譲った。


「お、おう……よっこらしょっと」

「何よそれ? まるでおじいちゃんみたいよ」

「ほっとけって。それにしても、改めて……無事で良かったぞ、ティスティ」

「その節は本当にごめんなさい、一斗。あなたに無茶させてしまって……そして、ありがとう。私の命を救ってくれて」

 頭を下げて謝罪するティスティのことを、もともと責めるつもりは毛頭なかった。


「気にすんな。気がついたらお前を助けるために体が動いちゃってただけだからな」

 そういって照れ隠しをする一斗のことをより愛おしそうに見つめたティスティだったが、一つだけ気になっていることがあった。


「それでも……どうして助けてくれたの? まちのみんなは私が死を望んでいると思っていたみたいだけど、あなただけは違ったって。実際、私はあのとき死にたいと思ったから、本当の願いだったかも――」

「ティスティ……」

「……なぁに、一斗」

 一斗の声に込められている想いがガラッと変わったことをティスティは感じた。


「前に話したかもしれんが、俺は記憶喪失なんだ。でも、断片的にそのときの記憶を夢で見ることはあった。

 その夢では、ある女性が必ず――死ぬんだ」

「どういうこと? それが一斗と何か関係あるの?」

「わからん……でも、その夢を見たあとは毎回嫌な汗をビッシリかいてな。その気分転換のために始めたのが、ここでの修行だったってわけ……カッコ悪いだろ?」

 一斗はいつも練習している型をとりながら話していてたが、一通り終えたら動きを止めてティスティに向かって苦笑いした。


「そんなこと――」


 ないわよ。

 と言いかけたが、一斗が求めているのはこの言葉ではないような気がして、ティスティは押し黙った。


「でだ。今回の件があって、まちのみんなが諦めようとしているとき、俺はどうしても諦めきれなかったんだ――お前のことを。

 そう感じた瞬間、記憶の断片のようなものが見えて、やっぱり夢の中でいつも死んでしまう女性は、俺にとって大切な存在だったということがわかった。

 なんで死んだのかまでは思い出せないが、きっとその女性はまだ生きたかったんだと思う。俺も生きていてほしかったにちがいないんだ……だから! お前が俺の知らないところで自ら命を絶とうとしていることが認められんかった!」

 大声で叫ぶ一斗の声が、森の中で反響して消えていった。


「お前は本当に死のうと願っていたのかもしれねぇ。けどな、本当の願いってなんなんだ?」

「それは――よくわからないわ」

「俺もだ。正直よくわからん!」

「わからん! って、そんなに自信満々に……でも……私は死にたいとも思ったけど、同時に助けてほしいと思った。もっと生きたいって。もっと私のことを認めてほしいって。いろいろな願いが、想いが次々に浮かんだわ」

 そう、あなたに助けてほしいって。


「だろ? 願いって不思議だよな。そのとき一瞬一瞬で変わっていってしまい、自分でもよくわからなくなるくらい複雑な願いになったりして。

 その中でも以前と似た願いが再び浮かんでくることもあれば、もう二度思い浮かぶことのないこともあったりしてな」

「そうね……まるで願いそのものが生きているかのよう」

「面白いこというな。でも……そうかもな。今の俺が願っていることも生きているのかぁ……なぁ、ティスティ。今の俺の願いをお前に伝えてもいいか?」


「ええ、もちろん。聴かせて、あなたの願いを…想いを」

 そう言いながら自分の手を握ったり、手放したりしていた一斗だったが、意を決してティスティに今ある願いを伝えることにした。


 そんな一斗の想いをティスティは感じ、一斗からの言葉を待った。


「おれは明日このまちを出て行く。もっとこの世界のことを知りたいし、いろんな体験をしてみたい。折角このまちのやつらと交流できたのに……別れは惜しいが、俺は先に進むって決めた」

「そうだね……一斗は一度こうと決めたことに一直線だもんね(そんなあなたに惹かれた)」

「だから……今まで修行に付き合ってくれてありがとう、ティスティ。これからは家族みんなと仲良くしろよ」

「……本気で言ってる?」

 一斗の言葉を聴き、ティスティは信じられないような表情をした。


「当たり前だろ? ようやく家族と仲直りできて、これほど嬉しいことないっしょ……元気でな、ティスティ」

「……わかったわ。別れが辛くなるから見送りにはいかないからね」

 ティスティは表情を戻し、笑顔をつくった。


「あぁ、わかってる(そう、これでいいんだ。家族がいるんだったら、彼女にとってそっちの方がいいにきまっているさ……絶対に)」

 それから二人は無言で引き返していき、一斗はアイルクーダでの最後の晩餐を楽しむのだった。






 そして、次の早朝ーー


「さぁ〜てと、そろそろ出発するかな」

 結局あのあと宴会が盛り上がりすぎて収拾がつかなくなってしまった。さすがに一斗も明日に支障がでるのを危惧して、帰ろうと思ったときにはすでにマイとティスティの姿はなかった。


 一斗は宴会を途中でこっそり抜け出し、宿屋に戻り旅立つための最低限の支度をした。

 誰にも見つかりたくなかったから、日が昇るまえにまちを出ようと思い、まちの出入り口でも門へと向かった。


「もう一度、あいつらに最後に別れの挨拶を言いたかったが……しゃーねぇか」

「あいつらって――」「誰のこと?」

「誰って、そりゃあ――え〜〜〜!! お前ら、な、な、なんでここに? 見送りはいらないっていったのに」

「ええ、見送りには来てないわよ、私たちは。ねぇ、ティス?」

「そうね、マイ。この荷物を見て見送りに来たと思うの、一斗は?」

 一斗がこれから門を出るぞ、というときに声がかかり、振り返ってみるとマイとティスティが大きな荷物を背負って立っていた。


 一斗の反応を見てニヤニヤしながら。


「……マイはともかく、ティスティお前は本当にいいのか? 折角おやっさんとも仲直りができたのに――」

「そのことなら大丈夫よ。もうお父様には話を付けてきたから。旅に出るって伝えたら……まぁいろいろあったけれど、最終的には快く送り出してもらえたわ。

 あと、これからは私のことをティスって呼んでね、一斗♪」

「お、おう。わかった……じゃなくって! マイ、俺がどんな旅をしようと思っているのかちゃんと伝えたのか?」

 ティスティにこれ以上何言っても無駄だと思った一斗は、マイに詰めよった。


「伝えたわよ、ちゃんとね。まずは、アルクエードの謎を解きに行くんでしょう? それが、あなたの記憶を取り戻すためには必要だったってことも」

「だったら……いつまたこのまちに戻れるかわかんないんだぞ。下手したらもう戻ってこれないかも――」

「一斗」

「……なんだ?」

 一斗はティスティが落ち着いた声で制止する声を聴いて、少し冷静になった。


「あなたは言ってたわよね、『俺の願いを聴いてほしい』って……私の願いも聴いてもらえるかしら?」

「!? あぁ、もちろんだ」

「ありがとう……一斗はすごいと思うんだ。自分の能力を自分だけで終わらず、周りの人にもどんどん役立てていっていて。ハルクおじさんや私、そして、まちのみんな。それに、私の場合はあなたに心身ともに救ってもらった。

 だから、今度は……一斗のためにティスの力を思う存分使うことに決めたわ。あなたの身近にいて、みんなの希望となっていくあなたをずっと支えたい」


「ティス……お前」

 ティスティの瞳に今までにないような強い意志を感じた。


「どうするの、一斗? ティスの願いを受け入れるの、受け入れないの? あ、もちろんマイはついてくるなって言われても、ついていくからね♪」

 マイが一斗の右腕をからだ全体でガッチリホールドした。


「お前なぁ……」

 あいかわらずなマイの行動なのに、ドキドキしつつもため息をついた。

 その上で大きく深呼吸して、ティスティに改めて向き直った。


「ティス、どんな過酷な旅になるかわからんが、一緒についてきてくれるか? いや、ついてきてくれ」

「うん! もちろん一斗についていくよ、どこまでも!」

 良い雰囲気をつくっている一斗とティスティ。


 完全に一人取り残されたマイはムゥ〜と頬を膨らませ、一斗の右腕を思いっきりつねった。

「イッテー!! なにすんだ、マイ!」

「ふ〜んだ! 一斗の浮気者、女の敵、女たらしー!」

「お前なぁ――」

「何よ――」

「うふふ、あいかわらず仲良いのね! あなた達は」


「「どこがだ(よ)!! こんなやつ――」」


「ふ〜、やれやれね」

 息ピッタリで言い争いしながら門を出ていく二人を見て、ティスティは旅立つ前からすでに波乱なこの状況に溜息をついた。

 その上で、未知な体験が自分たちを待っていることにワクワクしながら、二人の後を追って生まれ故郷アイルクーダを旅立つのだった。








「ところで……これからどこに行けばいいんだっけか?」

「「ちゃんと調べてから、旅立ちなさ〜い!!」」


 ちょっと間の抜けた記憶喪失の主人公・世渡一斗と、一斗と運命が交錯するものたちとの大冒険の旅が、はじまりのまち・アイルクーダから今始まったのである。





 第一章 はじまりのまち編  了

 next continue 『第二章 真実のまち編』

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