08 本当の願いって一体なんだ?
「まさか親方からあんな話を聴くことになるとはな……しかも、推測にまったく根拠がないわけじゃないっていうのもなぁ」
これまではアルクエードを使って、願いを叶えることばかり求めてきたが、ハルクの話を聴きアルクエードの存在に対して疑問を抱くようになってきた。
そのことを思い出しながらハルクから借りた観測機を何度も空中に上げながら、一斗は建設現場に向かう。
何でもティスティが見て欲しいものがある、ということだったので、いつも修行に付き合ってくれているお礼にと思い、二つ返事したことをすっかり忘れていた。
明らかに一時間以上近く遅刻しているような気もするが、自分が遅刻することはいつもことだとティスティに思われていると思い、のんびり向かっている。
(まぁ、ティスティが怒って家に帰ってしまっていたら、さすがに謝りに行くか……ティスティの親父さんが出てきたら、また門前払いをくらいそうだが)
以前ティスティを家まで送った時、家の敷地を跨ごうとしたところで、猛烈な勢いで拒否されてしまったことがあった。
「あれはあれで楽しい経験だったけど……灯りがついてない……ってことはもう帰宅したのか……」
現場周りをくまなく回ってみたけれど、やっぱりティスティの姿は見えなかった。
ドックン!!
「んっ!?」
ようやくあと一ヶ月もあれば完成する建物を改めて見回したあと、仕方なくティスティの家の方に向かおうとした瞬間、急に心臓の鼓動を強く感じる。
「な、何だ? この燃えるような熱くるしさは!? それに……向こうの空がやけに明るい……熱い、明るい……まさか!?」
夜のはずなのにやけに明るい場所は、まさにこれから一斗が向かおうとしていた方角の先にある。
一斗は氣の応用でできるだけ全身の身体能力を高め、ティスティの家の方角に向けて全力疾走した。
バチバチバチ!
一斗がティスティの家の前に着いたときには、すでに炎で半分以上家が燃えていた。
家の周りには野次馬たちがいたが、その場には合わないような奇妙な行動をしていた。
奇妙な行動ーー
手を合わせ、目をつぶり、頭を垂れているのだ。
「(なんでこいつらは火事なのに祈ってやがるんだ!?)おい、あんた! なんで目の前で家が燃えているのに祈ってるんだ?」
おれの声に驚いて振り向いた男性は、さらにおれの顔を見て驚いた。
「あなたは!?」
「あんたは確か……ティスティの父親か!?」
俺の目の前には、以前一度だけ会ったことのあるティスティの父親オルトと、もう一人隣りにはティスティにすごく似ている女性がいる。けれどーー
「……あいつが、ティスティがいない! 一緒に逃げたんじゃないのか? ……まさか!?」
キッと炎に包まれている家を睨む一斗。
「娘はあの中にいる……
「願いが叶って、だと……一体どういうことなんだ! こんな火事の中取り残されたら、間違いなく死ぬぞ!」
怒りのあまり、一斗はオルトの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「しょ、しょうがないじゃないか! 今さら火を使うことなんてないはずなのに、火事になるなんて。もうあの子が本当に望んでそうしたとしか考えられないだろ!
それに……みんなにお願いしてアルクエードで火を消そうとしても、ますます火の手は広がるばかりだし……もう……どうしようもないだろ!」
オルトは一斗の手を振り払って、大声で嘆いた。周りの住民はその姿を見て同情するものの、目の前の出来事をやはりどこか傍観していて、他人事に捉えているようだ。
「本当に……本当にそうなのかよ。あいつはこんな結末を本気で望んでいるとあんたらは本気で思ってんのか!?
あいつの話を……どんなことを普段思い、感じているのか……あんたらはちゃんときいたことあんのかよ!
あいつは確かに真似することに関しては天才だよ。俺にもできねぇ。けどよ、あいつがなんで真似をするようになったかは、最近出会ったばっかの俺よりあんたやここにいるやつらの方が知ってるんじゃねぇーのかよ!」
みんなのためにいつも行動しようとするティスティを知っている。
真似をすることになぜか恐怖を抱きながらも、真剣に物事に打ち込んでいるティスティを知っている。
現在ではまちの人との接点はないときいていたのにもかかわらず、楽しそうにまちのみんなの話をするティスティを知っている。
「おれは……」
ザザッ
<ここではないどこかで、二人の若い男女が楽しそうに話している光景がフラッシュバックする>
「おれはーー」
ザザッ
<大切にしていた相手が、目の前でナイフにさされ……目の前で息を引き取る>
「目の前で知っているやつが無闇に死のうとしているなんて、おれは絶対に認めない!!」
パキーンッ!
一斗のみぞおち辺りから五芒星の魔法陣が現れた。星は鎖でがんじがらめで固められていたが、そのうちの一つの鎖が砕け散って消滅した。
一斗はその場に集まっている人たちみんなにきこえるくらい大きな声でそう叫び、ますます炎が強くなる一方の家に突入していった。
「……なんなんだ、あいつは? 赤の他人に対してあそこまで熱くなって……」
オルトは一斗の言動がいまいち理解できなかった。
ティスティとは最近知り合ったばかりなのはもちろんだが、誰の言うことをまったくきこうとせず、人を不幸にしかしない娘を命懸けで助けようとする……
「それが一斗だ、兄貴」
「ハルク……いつの間にそこに」
オルトのすぐ後ろに、弟のハルクが普段見せない嬉しそうな顔して立っていた。
「今さっき、な。あいつはな、俺のところでもずっと手伝ってくれているが、詳しい事情は一切きかず、それでも毎日全力で取り組んでくれている。
ティスティのことだってそうだ。普段は人と付き合ったりするのを面倒臭がる癖に、毎日気にかけてくれている。
最近見たか? あの子が本当に嬉しそうにしているときの笑顔を。兄貴とマリィが一緒にいるとき……あれ以来だと思うぞ」
「ハルクは気付いていたのか……こいつが本物のマリィではないことを……」
オルトは隣でオドオドしている女性の肩を優しく触り、自分の元に引き寄せた。
「薄々な。ティスティはすぐに気が付いていたみたいだけどよ……その話はティスティも交えてしないか。今はあいつが……一斗がおれたちの大事な家族を救ってくれるのを信じて待っていようぜ」
「あぁ、そうだな……」
「旦那様」
改めて燃えさかっている自宅を見ると、とても娘が無事とは思えない。
それでも彼なら……彼ならなんとかしてくれるんじゃないか?
そんなことを信じはじめている自分に驚きつつ、オルトは二人が無事に帰ってくるのを待つことにした。
ーーバチバチ
「ん、何? なんかものすごく熱くて息苦しい!?」
ガバッと起き上がると、バチバチ音の正体が火事だとすぐにわかった。
「早く逃げなきゃ! ……アチッ!」
そう思って部屋のドアノブに手をかけた瞬間、あまりに熱すぎて握ることすらできなかった。
「どうしよう!? この部屋の真下は地面で飛び降りれそうもないし……一体どうすれば……でも、助からないのもいいかな。これ以上私が生きていてもみんな不幸にしちゃうだろうし……あの人も」
本来なら今頃手料理を振る舞う予定だった相手のことを思い出した。
自分のことを必要としてくれ、気にかけてくれ、なんだかんだ言いながら私のことを大切してくれる存在のことを。
「……やっぱり死にたくないよぉ、一斗。助けて……!?」
泣いて膝を抱えてうずくまってしまったティスティだったが、誰かが近付いて気配を感じて顔をガバっと上げた。
「この気配は……一斗! 一斗ここだよ〜!! ダメだわ、まったく声が響かない……そうだ! わたしの氣を一斗に合わせることができれば……」
ティスティは一斗のことを強く意識しながら、氣を一斗の方に向け続ける。
「お願い、一斗! 気付いて!!」
〜少し時間を遡って、一斗サイド〜
「くっそ〜、ここにもいねぇーか! なんて数の部屋だ。一つ一つ確認している暇はねぇーつうのに」
五つ目の部屋を確認し終わったが、まだティスティは見つからずにいた。
(それでも、思っていたよりも火のまわりが遅いのは、不幸中の幸いだ。今のうち早く見つけなきゃ! でも、どうやって? 携帯電話があれば、すぐに連絡できるのに……連絡……待てよ、あの技があった!)
周りでは次第に焼き落ちたものが崩れ落ち初めてきている。
そんな中で一斗は急に立ち止まり、精神を集中し始めた。
息を整え、目をつぶり、焦る気持ちを頭から腹、そして、足先から外へと流していき、自分自身の氣を全身に巡らせーー
「
全身から発した氣を波状的に家中に巡らせ、ティスティからの反応を待つことにした。
「そろそろあいつが突っ込んでいってからだいぶ時間が経ったが大丈夫なのか? こんなにもう火の手がまわっているのに……まさか、もうーー」
「バカヤロウ! あんなに啖呵を切ったんだぞ? そんなことが……」
一斗が家の中に突入してから十分近くたったが、一斗が出てくる気配はない。それどころか火の勢いはますます増す一方。
誰もがもう駄目だと思ったとき、突然二階の窓が割れる音がして、二つの影が二階から飛び降りたのがわかった。
「「あれは!?」」
ハルクとオルトは二人同時に叫び、その飛び降りた地点に急いで駆け寄った。
そこには、全身ズタボロの一斗とおそらく顔の部分を服にくるまれた人がいた。
「おい、一斗……まさか、お前が抱きかかえているのは?」
「ハァハァ、親方かぁ。ハァハァ……あぁ、ティスティだ」
一斗はそう答えると、丁寧にティスティを横たわらせ、顔にかかっている服をとるとーー幸せそうな顔で目をつぶっていた。
「ティスティ……」
オルトは娘の顔を見た瞬間崩れ落ち、地面に膝をついた。
「すまない、間に合わーー」
「おい、貴様!! 娘のことを救ってくれるんじゃなかったのか!?」
「!? 一体何のことだ?」
いきなり突っかかってきたオルトに、一斗はビックリして避けようとしたが、力が入らずオルトになすがままに胸ぐらをつかまれ、揺すられまくっている。
「あんたの言葉を信じたのに! 娘は……ティスティは……」
「だ〜か〜ら、一体なんのことだってきいているだろ?」
「だって、娘は間に合わなくて……命を落としたんだろ!」「う、う〜ん」
「……えっ!?」
死んだと思われたティスティが、うめき声をあげながら目を覚ましたのだ。
「あれ? ハルクおじさん。それに……お父様?」
「ティスティ、無事だったんだな! 顔が服に包まれていたから、おれはてっきりーー」
なにがなんだかわかっていなくなって声が出なくなっているハルクに代わって、ハルクが代わりに一斗に目で質問を投げかけた。
「そうだったのか、わりぃわりぃ。二階から飛び降りるとき、飛び散ったガラスや建物の破片でティスティの顔に当たらないように服で包ませただけなんだ」
「そう……だったのか」
オルトは娘が死んだと思ったら今度は生きていることがわかり、安心して気が抜けすぎたあまり今度は腰がくだけたように力なく地面にしゃがみこんだ。
「よく二人とも無事だったな! さすがにもう駄目かと思ったぞ!」
「俺ももう駄目かと思ったさ。家があまりに広すぎるから、すぐに見つけれなくてな。それでティスティの氣を探ったんだが、なかなか見つからなくて。これまでか、と思ったときにーー」
***
「……反応があった! 二階の奥の方の部屋だな!」
一斗は一階から二階へと一気に駆け上がり、反応があった部屋にたどり着いた。
「邪魔くせー!!」
その勢いのままドアの前でくるっと反転し、向かいの壁を反動にして一気にドアを打ち破った!!
ドガーン!!
「ティスティ! ティスティはいるか!?」
突然大きな音を立てて、一人の青年が私の部屋になだれ込んできた。
「一斗!!」
今一番会いたくないけれど、でも……それ以上に最も今この場に来て欲しかった人が目の前にいる。
愛用している服は所々破れていて、顔はすすだらけ、髪はボサボサ。
普段どんなに激しい運動しても息切れをしたのを見たことがなかったけれど、今は全身で息をしている。
それでも……いつものようにまっすぐ私のことを見つめてくれる瞳は、こんな状況でも変わっていなかった。
「……」
無言で近づいてくる一斗。
(きっと怒っているかもしれない。いや、もしかして呆れられているかも。下手したら嫌われたかも……それでも、目を背けることだけは決してしないわ)
「ティスティ……」
「一斗……!?」
一斗が急に手を挙げたから、不意に目をつぶって叩かれる衝撃に備えたーーが。
(あれ? 何も起きない!?)
恐る恐る目を開けてみると、すぐ目の前にいる一斗は手を挙げたまま固まっていた。手を震わせながら。
「か、一斗? どうしたーー」
どうしたのか確認しようと思ったら、いきなり強く抱きつかれた。
いきなりのことでどうしたらいいかわからなかった。喜んでいいのか?
それとも……
「よ、よかった。今度は救うことができた……」
すごく小さな声で震えながらそう呟く声がきこえた。
しばらくお互い抱き合っていたが、そっと一斗が私から離れていった。
「……ティスティ、お前に言いたいことや聴きたいことはたくさんある。だが、今は時間がない。とにかく積もる話はこのピンチを脱してからで構わないな?」
「うん……わかったーーって、何するのよ!?」
いきなり私は一斗にお姫様抱っこされてしまった。
「じゃあ、しっかり俺に掴まっていろよ! まずはこの場から離脱する!」
そう言うと、一斗はティスティの顔に自分の服を巻き、抱きかかえたまま窓に向かって突進し、ガラスを突き破って二階から飛び降りたーー。
***
「ーーっな具合にな……ティスティ、大丈夫か?」
「え、ええ! 大丈夫よ」
一斗は事の顛末をハルクとオルトに伝え、火事のとき一酸化炭素を吸いすぎた恐れのあるティスティも大丈夫だとわかり、一斗はほっと安心した。
「ティスティ……私はお前のことをーー」
心配していた。
そう言おうとして、オルトはグッと言葉を飲み込んだ。
(マリィが失踪してからずっと面倒をみてきてくれたのは、弟のハルク。そして、実際に今回命を救ってくれたのは、この青年。私はその間、一体娘に何をしてきたというのだ?
マリィだけではなく、娘のティスティに見捨てられると思うのが怖くて怖くて……それで自分から離れていき、自分にとって都合の良いマリィをつくりあげ、かりそめの安心にずっとすがってきた。
私は……私は……)
「心配してくれてありがとう、お父様。そして、こんなことになってしまってごめんなさい」
「ティ、ティスティ……お前」
何もできてこなかったことに悔やんだオルトに対して、ティスティから感謝と謝罪の言葉を伝えてもらえたことで、オルトは嬉しさのあまり自然と涙が流れていくのを感じた。
「全部納得できたわけではないわ……けれど、今回のことでお父様の気持ちも少しは理解できたと思うの。
『だれかに自分のことを認めていてほしい』
その気持ちは私にも強くあるんだってわかったから。
それに……こうやって、まちのみんなもなんだかんだで集まってきてくれていることは、純粋に嬉しいの。だからーー」
ーーバタンッ
音のした方に全員が振り向くとーー地面に横たわる一斗の姿があった。
「一斗!」「おい、一斗! どうした!?」
一斗の一番近くにいたハルクがすぐに駆け寄り、何度も声を掛けたがまったく反応がない。
脈をはかってみるととても微弱で、顔が土気色になっていて、状態が悪いのは明らかである。
「と、とにかく親子が……仲直りできたみたいで……よかったぜ……やっぱりーー」
「これ以上喋らないで、一斗! 今治療するから! 一斗の体調を万全にして! アルクエード!!」
ティスティがアルクエードを唱えたことで、一斗の全身が緑色の光に包まれた、と思いきやーー
ーーバシッ!
突然包みこんでいた光が音を立てて消しとび、効果を与えることができなかった。
「そ、そんな! どうして? もう一度……アルクエード!!」
ティスティはもう一度魔法を詠唱したがーー結果は先ほどと同じで緑色の光は生じるが、すぐに消えてなくなった。
「もう一回!!」「俺も!!」「私も!!」
その場にいた人たちが続けて詠唱しても、結果は変わらなかった。
(ははは……助けることに夢中で、無茶……しすぎたぜ……さすがにこりゃあやばい……かも……な)
薄れゆく意識の中、ティスティが泣きじゃくる姿を見えたような気がした。
自分のために泣いてくれる存在がいてくれていることに満足感がして、一斗は完全に意識を手放した。
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