07 ただみんなに見ていてほしいだけなのに

「ただいま……」


 なんとか重い体を引きずって自宅にたどり着いた。

 あのあと、私は全くその場から動くことができなかった。


 なんで動けないのか?


 私は今何をしているのか?


 何も考えることができず、日が暮れてフっと意識が外れた時に、ようやく体を動かせるようになった。


 家の中は、豪華な造り・豪華な置物。

 何不自由することのない暮らし。


 でも、この家は正直嫌いだ。


 なぜならーー


「お嬢様、お帰りなさいませ」

「……」

 私によく似た女性が私に話しかけてきたが、無視して二階に上がろうとした。


「帰ったのか」

 もうすぐで階段にさしかかろうとしたところで、左手から声がかかった…が、そっちに振り向きもせずに階段を上り始めた。


コツ


コツ


コツ…ガシッ!


「父はともかくとして、お母さんにその態度はなんなんだ? それに、お前は町長の娘として自覚があるのか? いつもあんな汚い場所にばかり出入りして、真似事ばっかりして。それだからーー」

「もうほっといてよ! 私のことなんか無関心でいるくせに! どうせ今もお母様でもなんでもないその女にいいところを見せたいだけでしょ? せいぜい仲良くすればいいわ!」


 バシーッン!!


 ガシッと肩を掴まれて言いたい放題言われたティスティは、父・オルトに掴まれた手を乱暴に振り払い、鋭い目で睨みつけ言い放ったーーところを、オルトにほっぺたを叩かれた。


「はぁはぁはぁ。あ、ごめんなーー」

「……気が済んだ。どうせ代わりになる奴がいる私なんかいらないんだから、気にしなくてもいいわよ。もう二度と……私に近づかないで」

「ティスティ……」「お嬢様……」

 力なくティスティは残りの階段を上りきった。その姿をオルトとティスティに似た女性はただ黙って見送ることしかできなかった。

 自室のドアを開け、そのままの格好で五人くらい寝れる大きなベッドにうつ伏せでぶっ倒れると、悔し涙が次々に溢れてきた。


(どうせ、私なんて代わりはいくらでもいるし……真似しても相手を不幸にするだけ。私にはな〜んも価値なんてやっぱりなかったんだわ……だったら、全部私もろとも燃えて消えてなくなっちゃえ!)

「……一斗の、嘘つき」


 一斗が悪いわけではない。

 でも、何かに、誰かに自分の想いをぶつけたいのかもしれない。




 ティスティには、父オルトの他に母マリィがいた。いたというのは、マリィはティスティが物心つき始めた頃に突然姿を消したのである。

 よくは覚えていないが、マリィが突然姿を消す直前に何かオルトと口喧嘩をしていて、その光景を見てずっと泣いていたことだけはティスティは覚えている。

 オルトはティスティが生まれるまでは、ハルクと一緒に街を変えていくための活動に積極的に協力していた。


 そのときに出会ったのが、マリィだった。

 二人はすぐに意気投合して、出会って一年も経たないうちに結婚。

 翌年にはティスティが生まれて、家族三人で仲良く生活していたのだが……ある一件以来事態が一変した。


 母が失踪してからというものの、父はすごく落ち込みご飯もろくにとらなくなる。

 そんなある日、父は突然私をハルクおじさんに預けてどこかに行ってしまい、私は結果的に父親にも母親にも見捨てられてしまった。

 それでも、そのときに私が落ち込んだままにならずに済んだのは、ハルクおじさんがいつも私のそばにいたおかげといっても過言ではない。


 一緒に作業したり、食材探しに森や川にでかけたり。

 本当にあの時間は楽しかったわ。


 でも私は、おじさんにも見捨てられないように、すぐに何でもできるよう常に意識していた気がする。

 お手伝いができる存在であり続けるために。

 楽しいながらも、いつまた捨てられるんじゃないかビクビクして過ごしていたら、三年という月日が経っていた。


 もう両親のことも思い出さなくなったある日、また突然父が母を連れて帰ってきたという話を街で噂しているのをたまたま聞いた。


(なんで私のところに来てくれないんだろう?)


 そう頭の片隅で思ったものの、そんなことはないはずだとそんな疑問を払拭するように急いで自宅に帰っていった。


「(鍵が開いている!? ということは) 〈ガチャ!〉 ただいま! お父様、お母様!」

 大声で叫んで家の中に入ってみたが、まったく応答はなかった。

 大人の靴が男女一足ずつあるから、絶対にいるはずなのに。


 そう思っていたら、一人の女性が左側のドアから現れた。その女性はーー


「お母様、帰ってきたのですね!」

 嬉しさのあまりダッシュで、その女性に駆け寄り抱きついた。

 そして、パッと母の顔をもう一度確認するために見上げたときーー


「お嬢様、お帰りなさいませ。お父様が食堂でお待ちしております」


 ピシッ


「えっ!? おかあ、さま?」

 私の中にある何かにヒビが入るのを感じた。


 その何か、とは?


 今思い出すと、それは家族三人で仲良く遊んでいたときの思い出だったのかもしれない。



 それからというものの、家には戻ったが両親とは自分から一切口をきかなかった。偽物の母・・・・に、その自分にとって都合の良い母をつくりあげた父。


 とにかく同じ空間にもいたくないから、いつも朝から晩まで外で遊んでばかりしていた。

 みんなの気を引くのに精一杯で、何をしていたかまでは覚えていないけど……周りは男の子が多かったから、いくさごっこみたいなことをよくしていたと思う。

 同年代より年上と喧嘩しても、ほとんど負けなし。一度負けても二度目は必ず勝つため、みんなからその姿を恐れられ、いつしか『赤鬼のティス』って呼ばれるようになっていたわーーとっても不本意だけれども。



 そんなことを続けていたある日、私にとっても大陸全土の人たちにとっても、忘れもしない事件が起きた。


 アイルクーダにある有名人が現れたのだ。

 その人物は王国でも随一の演奏家、ライアル。

 

 ほとんどの人がアルクエードを使えるようになってから、芸術面を極めようとする人はいなくなっていた。

 それもそのはずーーアルクエードを使えば、修行をしなくても、難なく知識やスキルを手に入れることができるから。

 しかし、当時ライアルは笛の演奏に関して熟練に熟練を重ねて、魔法では到達できないと言われる域に達していて、『音楽一つで世界を救う男』とまで称されるようになる。


 ちょうどこの頃には芸術の素晴らしさに気付き、復興させる動きができていたのもあり、ライアルは復興巡業で各地を巡っていた。


 その流れでアイルクーダに訪れたライアルは、二日目で衝撃を受けることになる。



♪ ♪ ♪ 〜


「!? バカな! この音色は!?」

 音色の聞こえてくる方に急いで駆けつけてみると、まだ十歳くらいの少女が、昨日の演奏で自分が引いた曲をそっくりそのまま笛で演奏していたのだ。


「相変わらずすげ〜な、ティスは。その曲は昨日あのライアルが演奏していた曲だろ?」

「そうだよ〜。ちょうど家に出頃な笛があったの。なんかすごくいい曲だったから、私も吹けるようになったらみんなに喜んでもらえると思ってね」

「でも、お前って笛を吹いたことあったっけ?」

「えっ!? 昨日が初めてだよ」


 キノウガハジメテダト


「そうだよな! 相変わらず恐ろしいくらい真似するのが上手いよな〜」

「まぁね♪ だいたい一日もあれば何でも演奏できるようにーー」

「ちょっと君!」

「あなたは!? ライアル? 何でこんなところに?」

 有名人がいきなり私たちの前に現れて驚いたが、当の本人は昨日の輝いている感じとは打って変わって、すごく目が虚ろな感じだった。


「そんなことはどうでもいい! 君は初めて楽器をつかってもそこまで演奏できると言っていたが、どんな魔法を使ったんだ?」

「魔法? あぁ、アルクエードのこと? 私まだ十歳になっていないから使えないんだよ〜」


 マホウガツカエナイ


 ジャアナンデアンナニ

 スバラシクヒケルンダ?


 ワタシガ

 シュギョウニシュギョウヲカサネタ

 アノジカンハナンダッタンダ…


 私たちがライアルに会えて興奮しているうちに、いつの間にか彼はいなくなっていた。


 そして、街からも…



 それからしばらく経ったある日、私はいつものように街中を歩いていたら、なぜか軽蔑の目で見られているような気がした。


(気のせいかな?)


 そう思って、いつもつるんでいる男友達のところに行ったら、案の定みんなすでに来ていた。


「お〜い、みんな! おはよう!」

「……」「ティスだ…」「おい、どうするよ?」

 なんかコソコソと話している感じから、あまり良いことが起きているような気がしなかった。


「ねぇ、一体どうしたのよ? そんなに暗い顔をして」

「……よくそんな笑顔でいれるな、お前は。さすが赤鬼のティスだよ」

「どういうことよ? 私何かした?」

「何かしたも何も、お前のせいでライアルが自殺しちゃったんだぞ」

「!? 一体どういうこと? 私ライアルの曲好きだし…というか、ライアルとはあの時以来一回も会っていないわよ」


 そうよ。何で私のせいなのよ!


「この記事見てみろよ」

「見せて!」

 バッと記事を取り上げて記事のトップを読んで見たら、『悲報! 国の宝であるライアルの曲が盗作され、自らの命を絶つ』というタイトルで一面特集されていた。


 ライアルの遺書には、ある少女に自分の技術が盗作されたこと。そのことがショックのあまり、楽器を演奏するのが怖くなってしまったこと。その辛さに耐えることができなったこと。


「そ、そんな。私は何も悪くわよ! だって、いい曲だったから真似して、みんなを喜ばせたくてーー」

「人殺し」

「!?」

 言われた一言の意味が一瞬わからなかったが、昨日まで一緒に遊んでいた仲間たちが途端に軽蔑な目で私をみてきた。


 もうこれ以上近づくなーー


 お前とは関わりたくないーー


 そんなことを全身で訴えられている気がして、気がついたら全力でその場から逃げ出していた。


 この一件があって以来、私は人前に出るのが怖くなり、八年間引きこもりの生活をスタートさせるのだった。

 同時期に、ライアルのようになってしまうことをみんな怖れるようになり、伝統や芸術を尊重する動きは一気に衰退していくことになる。



 真似をすると他人を不幸にする。



 そんな想いを強く、強く抱きながら、私の青春時代は過ぎていった。


………………


…………


……





 タスケテ、カズト





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