06 代償の果てにあるもの
「そうだ。他にも変わっているポイントはあってな。こことこことかな」
親方が指摘するポイントについても二枚の紙を照らし合わせて見ると、確かに一ヶ月前と三年前で様子がガラッと変わっている。
あるところは先ほど見つけたポイントと同じように三年前には建物が立っているが、一ヶ月前では空き地になっている。もう一つのポイントは、逆に三年前は空き地だったが、一ヶ月前では建物が立っている。
「……ただ、人為的に工事があっただけとかは? (こちらの世界の方が建築技術が進んでいないとしても、不可能な話では決してないんじゃないのか?)」
約三年も開きがあれば、その可能性は十分あると思う。
俺が元々いた世界では、小さい家なら三ヶ月もあれば家を建てることができたし、どんなに大きな家でも一年あればたいていの家は建てることが可能だった。
俺が心の中で思った疑問に答えるような形で、一番最初に俺が見つけたポイントを親方は指差しながら、
「俺もその可能性を考えた。けれど、まちのやつらに聴いてもそんな工事はやってないっていうしな。しかも……口を揃えてあいつらはこう言っていたんだ。『もともとこの場所は空き地だった』ってな」
ーーそう力説する。
「なんだそりゃ!? 口裏を合わせているんじゃねーのか?」
「その可能性ももちろん考えたさ! けどな……こういった話はきっと今に始まったことじゃないんだよ。昔の投影図を見てもらえばわかるけどな」
ハルクは深いため息を吐いて椅子に腰掛けた。
投影図を信じられない顔で見ている一斗。そうなるのも無理ない、とハルクは思う。なんせ自分自身も初めこの事実に気付いた時、一ヶ月くらいの間納得できずにいたんだから。
「でもよ、これくらいのことアルクエードならできるんじゃないのか? 願いを叶える魔法なんだとしたらーー」
そうだよ、アルクエードがあるじゃねぇか…おれは使えないけど。
この街の住民から聴いた話によると、アルクエードは扱う人のイメージに合わせた願いを叶える魔法、ということだ。ということは、誰かが魔法で自分のイメージ通りの建物を創り上げることができるのであれば、逆にその建物を消し去ることだってできるってことになるのでは?
そう考えると、結構魔法の取り扱い方って諸刃の剣になるような気がするのは俺だけだろうか。
「と、普通はそう思うよな。アルクエードが使われたという可能性は、俺が一番最初に疑ったし……けどな、これらの変化にアルクエードが
「バカな!? だってーー」
その先も言おうとしたが、口がこれ以上動かない。
真っ直ぐ俺を見つめてそう語るハルク親方からは、嘘をついている感じはまったく伝わってこなかったから。
「……じゃあ、一体何が影響しているっていうんだ?」
一斗がそう尋ねると、ハルクは黙って道具類が陳列している棚に歩いていき、何かを掴み取ってそれらを一斗に手渡した。
「これは……さっき話していた投影機と観測機なのか?」
ハルクが手渡した投影機と観測機は、一斗にとってはどこか馴染みのある形をしている。
投影機の方は、開発当初のカメラのようにサイズは比較的大きめ。中央部はカメラと同じようにレンズが組み込まれており、本体の形は、表面の一辺の長さがちょうど一斗の手のひらと同じぐらいの正方形で、厚みが小指くらいの長さがある直方体である。重さは見た目よりもかなり軽く感じる。
一方、観測機の方は、いわゆる懐中時計のような形をしており、大きさも同じくらいで本体が一斗の片手におさまるくらい。片面の大部分は投影機と同じレンズで埋め込まれており、目立った飾りのないシンプルなデザインになっている。ちなみに、こちらも見た目よりも軽く感じる。
「そうだ。二十年前から十年間大工の修行をするために世界中を渡り歩いたときに、たまたま発掘した古代道具さ。
すでに失われたテクノロジーで作られていて、しかも文献も残っていないような超希少品。最初手にしたときは単なるガラクタかと思ったんだが……たまたまどんな道具なのかを色々と検証したくなって時々試していたら、三年前にようやく使い方がわかってな」
「……親方の過去話は初めてだから突っ込みたいことはたくさんあるけど……この観測機を使うとアルクエードが使われたかどうかわかるってことか?」
「……まだ確証も根拠もないが、おそらくは。そして、さっきの話題に関しては、アルクエードを使ったことによる副作用だと俺は推測している。なぜなら、通常観測機はアルクエードを使うと……緑色に光る」
ハルクはアルクエードを唱えて、自分の手のひらに普段よく使っている大工道具を出現させた。
「色々試してみてわかったことだが、こうやって魔法を使った対象に近付けると二十八日間ぐらいは緑色に光るが、その後何も光らなくなる。
でだ。変化があったと思われるポイント周辺を徘徊してみると、赤く点滅するんだ……ただ何の影響で点滅するのかがわかっていないから、どのくらいの期間光るのかは今のところ検証のしようがなくてな」
「……親方はなんでアルクエードの副作用だと思ったんだ?」
親方の話を聴いてしばらく考えていたが、そこが疑問だった。
一言にアルクエードと言っても色んな使われ方があるし、規模の大小もあるから、もしかしたらその差なのかもしれない。
(それにしても、アルクエードってほんと便利だよな。瞬間移動に近いことだってできちゃうわけだろ……そんな力がどこから、湧いて、くるんだろう……!?)
ハルクがなぜそのような推測を思い当たるに至ったのか?
その要因らしきことが閃き、一斗は驚いた表情でハルクを見つめた。
「まさか……アルクエードは
「これだけの情報でその結論に達するとは、さすが一斗だな。
等価交換って言う言葉は知っているか? たとえば、水は何もしなければ液体のままだが、熱を加えれば蒸発して空気中に拡散するし、冷やせば固まって氷になる。つまり、なんらかのエネルギーが関与することによって、そのエネルギー量や種類に
それでだ。そのなんらかのエネルギーは、古来の魔法でいえば火・土・風・水・雷・天・地・冷の八大精霊の力。術者は精霊たちから力を受け取り、それを魔法として紡いだとされている。わけだが……ここで俺の中である一つの疑問が生じた。
『じゃあ
もちろん全部ハルクの推測の域だから、間違っていることもあるかもしれない。
けれど、確かにあのとき感じた喪失感はあんまり気持ちの良い感じはしなかったことを思い出した一斗は、否定も肯定もできないままその場に立ち尽くすのだった。
ハルクと一斗がハルクの家で会っているちょうどその頃、ティスティは一人でまちにきていた。今日は最近いつも着ているような動きやすい格好ではなく、初めてちょっとお洒落をしている。別に誰に会うわけでもないのにもかかわらず。
それでも、ティスティは幸せそうな顔をして街中を歩いているーーそれは一体なぜだろうか?
「一斗はああいった料理をする女の子が好きなんだわ。私もマイのように一斗に喜んでもらえるような料理が、つくれるように頑張らなきゃね♪」
最近毎日お昼にマイが作っている弁当(マイは愛妻弁当と呼んでいる)を、一斗は照れながらも満足そうに食べている。
その光景をティスティはやきもきしながら見るだけだった……が、まずは真似して身につけていく、ということを一斗は大切にしていることを思い出し、意を決して未知の領域ーー手作り料理に挑戦することにしたのだ。
普段家にいたときは、機械的に自室の前に運ばれてくる食事を、それこそ機械的に食べていた。正直なところこれまでの惰性で食べていたように思う。しかし、一斗やハルクおじさん、マイさんと一緒に食事をとるようになってからは、なんともいえない楽しさと高揚感を味われるようになっている。その上、気になる相手が自分の手料理を食べてくれている光景が見れるのならーーきっとこれ以上のない喜びだろう。
見えている世界も随分変わった気がする。引きこもった当初は、とにかく人前に出るのが怖かった。また
ところが、ここ一ヶ月で私の見えている世界に様々な彩りが加わってきている。その変化を感じることができることが、とっても嬉しい。
(こういったことを考えるだけで、こんなに幸せを感じることができるなんて……引きこもりから抜け出して本当によかったわ)
まずは食材を集めるためにルンルン気分でお店をまわっていくティスティだったが、ある街角を右折したときに誰かにぶつかってしまった。
「痛っ! あっ、ごめんなさい! 大丈夫で…す……か?」
完全に考え事にはまってしまい余所見をしていた。
「随分ご機嫌だな、赤鬼のティスともあろうやつがな。いや、引きこもりのティスか? なぁ?」
「確かに確かに」
「もう全くみかけなくなったから、まちからいなくなったかと思ってたわ」
「いや、この世からだろ?」
「あ、そっか! わりぃ、わりぃ」
下衆な笑いをしてティスティを侮辱するのは、ティスティが小さい頃よく遊んでいた少年たちでもあり、引きこもりのきっかけにもなった少年たちであった。
「……何か用? 私忙しいから失礼するわね……そこどいて」
少年たちの脇をすり抜けていこうと思ったら、リーダー格の少年に邪魔された。
「忙しいか? あ〜あ、あのおじさんたちの相手に忙しいんだったな、お前は。いいよなぁ、お前は媚び売っていい手本の真似をしていれば、男なんてすぐにイチコロだよな。本当に
「!? あれはーー」
リーダー格の少年に言われたことを否定したいけど、否定できないティスティがいる。
「お前があいつの存在価値を消したんだもんな。今度は新しいやつらも消す気なのか? 本当に恐ろしいやつだよ、お前は」
「さすが赤鬼っていわれるだけあるよな〜」
「おれたちは消されたくないから消される前に去るわ。じゃあな……もうおれらの前に現れるなよ?」
去り際にリーダー格の男がティスティの肩を叩きながら、耳元でそうつぶやき、卑下する笑いをしながらティスティの前から去っていった。
そして、その場には身動きがまったくとれないティスティだけが取り残される形となった。
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