04 ティスティとの出逢い

『結果を出してるぼくのほうが正しいんですから、つべこべ言わずについてきてくれませんか?』


『はぁ? そんなことわかんないですか? 何度も教えてあげているんですから、早く覚えて実践してくださいよ。ぼくの評価にも影響するんですから』


『お前のために俺がどれだけしてあげたのかわかってるのか? 恩を仇で返す気か?』


 次々に場面が切り替わっていくーー



(俺の発した一言一言は一体どう伝わっていたんだ?)


 場面は変わって、一斗が解雇を言い渡されたときーー、


『俺は悪くないんです!』

 と社長に言い続けている姿を客観的に見ていると、周りからある重みのある一言が聞こえてきた。


結果がすべてですね・・・・・・・・・ーー』




「ハァ! はぁはぁ、夢か……いや、こういう夢も現実にあったことなんだろうな、きっと。そして、あの悪夢も」


 もう夢の内容をはっきりとは覚えていないけれど、胸の中でどこか残っているしこり・・・は感じる。

 この世界にいる限り、あいつらと会うことも、あいつらの話をきくことも絶対にないだろう。清々した、と思う気持ちはもちろんあるが、すごく不完全燃焼のままこっちの世界に来てしまったことに若干後悔も感じている。

 

 いろんな想いが錯綜する中、それらを払拭するために一斗は動きやすい格好に着替え、今日も早朝から外に出掛けることにした。


 今まで宿屋で寝泊まりしていた一斗であったが、今は建設現場の近くにテントを張って自給自足の生活をしている。


 といっても、テント生活を始めた当初は食料をハルクから譲ってもらっていたのが現状であった。

 しかし、ハルクから食べることのできる食材の見分け方を聴いてから、一ヶ月以上続けていたらようやく自給自足が成り立ってきている。


「ただ、時々何も食料が確保できずに飢えてるときもあるけどなぁ。さぁ〜って、ここら辺でいいかな」


 霧の多い森の中に入っていき、いつもの・・・・開けた場所に着いた一斗は、中央付近で静止してゆっくり目を閉じた。


 ゆっくり息を吐いて、吸って、吐いて、吸って。


 下ろしていた手をゆっくり上げていき、みぞおち辺りで合掌。


 合掌している両手に氣が集まるイメージをして、手の周りに氣が充満したのを感じたら、次は手の先から頭のてっぺん、足のつま先へと氣が流れていくように。


 その氣の流れが循環するのを感じたら、目を見開いてーー


「散!!」


 両手を開いて真横に伸ばすのと同時に、気合の入った一言を言った瞬間ーー周りを覆っていた霧が一気に晴れて、朝日が林床に差し込んできた。


 そんな中を一斗はゆっくりとした動きで手足を動かし始める。

 拳を突き出したり、構えたり、蹴り出したりして一つ一つ型を決めていった。



 一斗はこれまで道がつく名のものの中から、自分を高めるために必要だと感じたものを極めようとした。


 柔道、剣道、合気道、弓道。


 とにかく自分は強くなきゃいけないという強迫観念が、常に一斗の中にはある。


 強く、誰よりも強くいなければならない。


 そのことだけが、記憶喪失発覚後からこれまでずっと一斗の心を支配している。


 そういう想いを持ちつついろいろ武道に手を伸ばしたものの、強さだけ求めていた一斗は道場の雰囲気が合わず、黒帯の手前でいつも道場を辞めてきた。


 そして、道場の師範から必ず言われてきた言葉がある。


 『君は、型は完璧だが・・・・・・中身がない・・・・・

 


(今ならわかる気がする。なぜ武道を極めようとしても、うまくいかなかったのか。なぜ師範に同じようなことを言われ続けたのか)



 しばらく続けていたが、元の地点に戻ってきたところで動きを止めて、再度合掌した状態で息を整えた。


「ふ〜、まぁこんな感じかぁ。型も様になってきた気がするし、だいぶ良い感じかな。

 そう思うだろ、いつも・・・そこに隠れている人?」


 ガサッ!


 一斗が声を出して振り向いた先には植物が生い茂っていた。

 しばらく待っていたら、その植物から赤髪の少女がバツの悪い感じで姿を現した。


「お前は、確か。親方のいとこのーー」

「ティスティ……クロノセルよ」

 ティスティと名乗った少女は、ルビー色の瞳と整った顔立ちからカッコよさと可愛らしさを兼ね備えている感じがする。身長はマイと同じくらいで、赤髪を肩まで伸ばしており、全体のプロポーションはものすごく良い。

 以前、一斗はティスティの家の近くにハルクとマイと三人で出かけた時に、たまたま窓越しにこちらを見ている存在に気づき、ハルクから「俺の姪だよ」と言っていたことを思い出した。


「おれの名前は一斗、世渡一斗だ」

「一斗……ごめんなさいね、修行の邪魔してしまって」

「気にしなくていいぞ、見物するなって言ったわけでもねぇ〜しな。それより、いつもこんな朝早くからどうしたんだ?」

 そわそわしている相手に確認するのもなんだが、朝早くから毎日覗き見されているとさすがに気になる。


「そ、それは……あなたこそいつも何しているの? 最後に見せたあれは魔法なの?」

「あ〜あ、あれね。あれは魔法でもなんでもなくて、周りにある氣を自分の中に溜めて外に発散しただけだからなーーって、何だその目は? まさかやってみたいのか?」

 馬鹿にされると思って適当な感じで答えていたが、予想に反して相手は好奇心で満ちているようなキラキラした瞳でおれを見つめてきた。


「やってみていいの!?」

「もちろんだ。別に隠すようなもんじゃねぇーからな。教えてすぐにできる……ような」

 そこまで言いかけた一斗だったが、ティスティがすぐにやる体勢を整えだしたから黙ることにした。


(そんなに簡単にできるわけはねぇーよ。おれだって、たまたま武道をかじってたからなんとなくコツを掴むのが早かったけどな)


 しばらくティスティを観察していた一斗だったが、気づいたある事実に驚きを隠せなくなる。


 その事実とはーー



「散!!」

 ティスティがそう発した瞬間ーー彼女の方から自分の時とは異なる温かい風が、周囲に心地よく流れていっているのを一斗は感じた。


「どう、かな?」


「……」


「どこかちがった?」


「……」


「ねぇ、一斗ってば」

 下を向いて震えながら押し黙っている一斗の様子に黙っていれなくなり、身体をゆすったらーー


「すっげぇーな、お前! 完璧だよ、完璧。さっきの俺の動きと寸分変わらなかったと思うぞ! いや〜、すごいすごい! おれなんかこれをマスターにするのに一ヶ月かかったのに。なんか武道でもやっているのか?」

 俺は素晴らしいものを見せてもらった嬉しさのあまり、柄にもなく興奮しまくってしまった。

 こんなに興奮したことは記憶にある限りでは、今回が初めてだと思う。


「ぶどう? なんのことかわからないけど、私は最近までずっと家に引きこもって、いたから」

「そうなんか? もったいないぞ、そんなにすぐに真似できる能力があるのによ!」

「そ、そうかな?」

 いきなり初対面の俺に褒められて驚いているのか、ティスティは照れくさそうにしている。


「ああ! 素晴らしいと俺は思うぞ。真似るは学ぶ・・・・・・とも言うしな。真似するのには、真似するために必要な素質や身体能力があったり、動きを模倣する読解力も必要だしな。誰にでもできるわけではないんだぞ。

 そうだ、もし時間があるなら一緒に組み手をやらねーか?」

「くみて?」

「そうだ。組み手つうのは二人一組でやる型の練習をする形式でな。実は新しい型を練習しているんだが、思うように型が再現できねぇーんだ。だから……そのな」

「一斗は、私がその組み手をすると嬉しい?」

 俺が恥ずかしくてなかなか言えないのを悟ってくれたのか、ティスティの方から聴いてきてくれた。


「おう! もちろんだ!」

「わかったわ、一斗。じゃあ早速やりましょう!」

 勢いでお願いしたいものの、途中で恥ずかしさを感じた一斗。しかし、やる気満々で早速構えをとるティスティを見て、いつ間にかその時のことを忘れ、この後二時間ほど組み手をするのだった。



一週間後ーー


 再び調査に出掛けていたマイがはじまりのまちに戻ってきた。


 今度はまちを散策することなく、まっすぐ建設現場に向かったのだが……そこで見た光景にまたフリーズすることになった。


「一斗、あれはひどいよ! 何が起こるかわからなかったから、体勢を崩しちゃって地面とキスしちゃったじゃない!」


 あれは確かハルク親方の姪で……ずっと引きこもっていたんじゃなかったの?


「わりぃ、わりぃ! まさかあんなに上手くいくとは思わなくてな。それより初キッスはどうだった?」

「むぅ〜、とっても苦かったわよ!」


 なのに、何であんなに一斗と仲良さそうに戯れてるの?


「あははは! ティスティもようやく大人への仲間入りだな。いや〜、よかったよかった」

「全然よくな〜い!! ハルクおじさんのバーカ!!」

「「あははは!!」」


 (どうしよう? あまりにもいい雰囲気過ぎて、いくらマイでも入り組む隙がないわ……)


 フリーズした状態で、しばらく一人途方に暮れるマイであった。






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