03 求めているだけでは得られないもの
「おい、一斗! 材木の運搬は済んだか?」
「おぅ! 裏庭にたくさん材木が積んであるところに置いてきたぜ! 今は設計図を描いてるぞ」
「それは一旦後回しでこっちの作業を手伝ってくれねーか?」
「了解! 今からそっちに行くよ、親方!」
「……」
なぜか自分の捜していた存在が、予想と反して活き活きしている――のは、まぁいいだろう。
でも……
なぜ彼は大工の手伝いをしているのだろうか?
全く理解できず、マイはその場に立ち尽くすのだった。
マイは一週間前に一斗に
(一斗にはああは言ったけど、もしかしたらさらに落ち込んじゃってるんじゃ!? にししし! ここは私が優しくしてあげたら、ますますポイントアップよね♪)
ウキウキ気分でまちに戻ってきたマイは、一斗が落ち込んでいそうな場所を捜し回ったーーが、宿屋にいっても、再会した城壁辺りにいっても見当たらなかった。
「う〜ん、一斗はどこへいったのー?? まさか! 落ち込みすぎてーー」
「君、あの青年の知り合いか?」
道端でついつい叫んでしまっていたからか、まちの人に声をかけられた。
外見を見る限りでは、このまちには不似合いなくらい立派な服装を着ている男性で、怪訝そうにこちらをうかがいながら私に質問してきた。
「はい、そうです! おじさんは一斗のことご存知なんですか?」
「ま、まぁな。彼ならこの道をまっすぐ進んだ先にある林にいるはずだぞ。そういえばーー」
「この先ね、わかったわ! ありがとう、親切なおじさん♪」
お礼を伝えるやいなや、こちらからの質問をする前に勢いよく林の方に駆け足で向かっていく少女を見送る形に。
(やっぱりあの少女はあの青年の知り合いなんだ)
と男性は確信するのだった。
まちの中を颯爽と駆け抜けていき、マイは林に入っていった。
林は草木が生い茂っていて、歩道はあまり整備されていない感じだ。けれど、そのおかげか木々の合間からの木漏れ日が、キラキラ宝石のように輝いて林床に差し込んでいる。
その景色に心奪われたマイは走るのをやめて、周りの景色を楽しむようにゆっくり歩き始めた。
しばらく歩いていたら、遠くで声が聞こえてきて、声のする方に歩みを進めてみた。
林を抜けたところには建設途中の木造の建物があるエリアと、無数の木材が山のように積まれているエリアがあって、どうやら声の発信源は前者からするようだった。
(この声は一斗だ! ようやく見つけたわ)
そう思って嬉しくなり、駆けつけてみたところ現在に至るわけである。
「ち、ちょっと、一斗!」
「ん? おぅ、マイじゃん! どうかしたか?」
「どうかしたかーーじゃなくて、なんで大工の仕事をしてるのよ?」
「あぁ〜。じゃあ夕方まで待っててもらえねぇーか? ちゃんと事情は話すからよ!」
一斗の行動がよくわからず不満そうな表情を全面に出しているマイ。
そんなマイにかまわず、一斗は建築途中の作業現場に向かっていった。
「さぁ、洗いざらい話してもらうわよ、一斗!」
今日の仕事が一段落して野設テントに戻ってみたら、マイがたいそうご立腹な感じで腕や足を組んで問い詰めてきた。
(『新宿での出来事から振り回されっぱなしだったからいい気味だ』と思う……が、実際のところ、俺もこの展開には今更ながら驚いているからな)
「ねぇ??」
「まぁ、まてまて! ちゃんと話すからよ。ここじゃあなんだから、場所を移さねーか?」
「むぅ、はぐらかそうとしてもそーはいかないんだからね! ここできっちり話をきいたら移動するから」
なぜか、ますますご立腹になっていくマイ。
「おまえなぁ――」
「いいじゃねぇーか、一斗」
「親方!?」「あなたは?」
一斗のあとに遅れてテントにやってきた声の主は、身長は一斗より若干低いがボディービルダーのようにがっちり鍛え抜かれた身体付きをしている。
一見すると単なる厳ついおっちゃんにしか見えない外見だが、対面して感じるのは優しい雰囲気だったことにマイは嬉しくなり、目を輝かせた。
「はじめまして、お嬢ちゃん。おれの名前はハルク。なぜかこいつはおれのことを親方って呼んでくれているがな。一斗、おれはこれから食料を調達してくるから、それまでテントにいてかまわないぞ」
「おやか――」「ありがとう、ハルク親方! あ、私のことはマイって呼んでね」
「おぅ! よろしくな、マイちゃん」
そう言って、ハルクは食料を入れる籠を背負って、まちとは反対方向に向かって歩いて行った。
「あ〜、わぁーた、わぁーた! ちゃんと話すからそんな目で俺のことを見るなって。
……と言っても、どこから話したらいいもんやら……実はなーー」
「じゃあ、なに。一斗は自分から大工の仕事を手伝っているわけ?」
「あぁ。さっきも言ったように、お前が見せてくれたあれを見たとき、一気に嫌な感じの冷や汗が流れてきて……特にこの絵」
一斗はリュックから
そこには、悪魔のような存在が中心に描いてあり、その周囲に四方八方に曲線が伸びていて、あらゆるものの何かを吸い取っているような絵が見開き一面に描かれていた。
何かを吸い取られているものもそうだが、
「この後のページにも書いてあったけどさ……おれって相手に求めるだけ求めて、自分から何かをしようと思ったことってなかったなって思ってな。求めたものが返ってくれば嬉しいし、返ってこなければ怒り狂うし……。
だから! だから、ここからまずは変えてみようと思ってさ。相手が自分に何かを与えてくれるのを待つのでなく、俺から相手に与えれるものが何かないかなって……でも――」
「この世界では、アルクエードがあればたいていの願いは何でも叶ってしまう……だね」
「あぁ。まち中の家々を渡り歩いて何か困っていることがないか聴いてまわったんだけどな……全戦全敗。わかってはいたけど、これまで相手のことなんか考えてこなかったから、俺から提案できることもなくて。
そんなことを三日間続けたある日、まちの中を考え事をしながら歩いていたらある話が聞こえてきたんだ。『まちはずれに魔法を使わずに失敗ばかり繰り返している変わり者がいる』って。それですぐに場所に向かったら、ハルク親方が一人で設計図を書いているところを見つけてよ」
そうそう、あの時はとにかく誰かの役に立ちたくて無我夢中だったな。
「で、すぐに声を掛けたの?」
「もちろんだ。『その設計図じゃあ建物は長持ちしないぞ?』って言ってな」
「初対面の挨拶がそれ? 親方怒らなかったの?」
「それが――」
***
「その設計図じゃあ建物は長持ちしないぞ?」
久しぶりに設計図らしきものを見れて嬉しかったからか、一斗からパッと出てきた言葉がそれだけだった。
(やべ〜、またいきなり上から目線的な発言しちゃったぞ)
言った言葉を思い出しビクビクしていたが、振り返った相手は怒っているというより驚いた顔をしていた。
「お前、それは一体どういうことだ?」
「どういうことって言ってもなぁ。建物の外観のバランスはなかなか良い感じだが、建物の肝となる基盤部分が疎かな感じがしてな」
設計図をパッと見るだけだと素人ではわからないかもしれないが、経験者が確認すれば基盤部分はまったくのブラックボックスになっていることが誰でもわかる。
「……お前、名前はなんていうんだ?」
「世渡一斗って言うんだ。あんたは?」
「おれの名前はハルク。一斗、お前設計図書けるのか?」
「まぁ、設計図くらいならな。しょっちゅう見てたし、書いたこともあるし」
そうなのだ。
実際仕事を始めた当初クライアントの要望で、よく建物の設計の話をしていたことを思い出した。
「……じゃあ一緒に
***
「てな具合にな。頼りにされて嬉しかったもんだから、その流れでこうやって手伝わせてもらってるってわけ。
でも、面白いもんだよな。だって、求めていたときは全然思うようにいかなかったのに、何も考えていないとき結果的に思うようになっていた感じでさ」
空を気持ち良さそうに見上げながら話している一斗を、マイはとても優しい目で見つめている。
「うん。きっとそれは一斗の意識アンテナが変わったからじゃないからな?」
「アンテナが、変わった?」
「そう。話を聴く限りでは、これまで一斗はみんなに認めてほしい、よくしてほしいと思って動いていたんでしょ? それが、だんだん自分のできることで何か役に立ちたいって思うようになったよね?」
「ま、まぁな(改めてマイにそう言われると嬉しいんだけど、途端に恥ずかしくなる……なんでだろ?)」
「そうやって、相手に求めるだけではなくて、相手が求めていることを敏感にキャッチできるようになったから、親方とも出会えたんだとマイは思うよ」
「そっかぁ……そうだといいな」
一斗は、これまで仕事で関わった人たちのことも久しぶりに思い出しながら。
そんな一斗をマイは愛おしく見守りながら。
二人はしばらく遠くの空を見つめるのだった。
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