02 魔法アルクエード
気が付いたら、どこか知らないまちの道の真ん中で立っていた。
一斗が呆然と周りを見渡してみたら、突如現れた人物のことを見ている人たちが数人いたが、驚くこともなく元通りになっていた。
まるで、何も珍しくなく当たり前のことかのように。
(なんだ、この世界では人が突然現れるのはよくあることなのか? まぁ、ファンタジーな世界なら移動呪文みたいなものがあるのかもしれんけど)
とにかくまち中を歩きまわり、わかったことが四つある。
まずは、自分の顔がまるで整形したかのように変わっていること。それこそ、自分が記憶喪失になる前まで天才少年・世渡一斗と瓜二つの顔に。(年齢も本来なら27歳のはずだが、二十歳前後くらいまで若返っている気がする)
世渡一斗――絵を描けば入賞し、運動は誰よりも飛び抜けてできて中学ではテニスで最年少全日本ジュニアチャンピオンに。
また、小説を書けば処女作でミリオンヒットとなり一躍時の人となった少年。誰に対しても気さくでフレンドリーな性格から、老若男女幅広い年層から絶大な支持を得る。
しかし、これからという時に突然失踪して、表舞台にまったく上がってこなくなっていた。
二つ目は、まちと呼んでいいのかわからないくらい豪邸が建ち並んでいること。ちらほら歩いている人たちは、みんな裕福そうな格好をしているが……活気は感じられない。
そして、この世界のこと。エルハザードと呼ばれている星で、いろんな種族が生息しているようだ。その中には、人間だけではなく、鬼人族、エルフ族などがいて、精霊という自然界を管理する存在もいるようだが、三百年前ほど前から姿を現さなくなっているらしい。
もう一つは、このまちの名前はアイルクーダ。通称はじまりのまちと呼ばれており、かつては冒険者の集まる活気のあるまちだったということ。
しかし、人間以外姿を見せなくなった原因でもある鬼人族との全面戦争。それに人間側が勝ったことで、外的脅威がなくなった。
以来ずっと平和な世が続いていて、かつてのように冒険者がまちを訪れることも減った。それでもある程度活気はあったものの、八年前にある事件をキッカケに、外部だけではなくまちの中での交流もほとんどなくなってしまったこと。
どんな事件だったか尋ねても、誰も口を開いてくれない。
そんな世界の情勢を知った一斗だったが、その過程で
魔法アルクエードーー詳しくはわからないが、三百年前から突然使えるようになった魔法で、術者のイメージしたことを形にできるという超便利な魔法。もちろん誰でも使えるわけではなく、十歳を過ぎないと使えるようにならないようだが、ほとんどの人が
お金・道具など形あるものを創り出すこともできれば、容姿を変身させることもできる。
ということは……
(願えば何でも叶う!?)
災難続きだった一斗にとって、またとないチャンスを得たと思った。
このためにマイは自分をこの世界に送り込んでくれたんじゃないかと。
しかし……。
「お兄ちゃん、やっぱり君には無理なんじゃないか?」
「そ、そんなバカな……だって……」
「まぁ、もしお兄ちゃんが叶えたい願いがあるならいつでもいいな。おれらが力になってやるからよ。じゃあな」
「……」
そんなやりとりがあったのは、つい一時間くらい前のこと。一斗は派手な建物がすぐ近くにある城壁に上がって、まちの外を見ていた。
しだいに夕陽が沈みはじめ、辺りがだんだん暗くなってきた。
最初は放心状態が続いていたが、しだいにむしゃくしゃしてきたのを感じる。
(魔法が使えないのは、あいつらの教え方が悪いんだ、きっと。俺は飲み込みが早いのが取り柄だし。子どもでもできることが俺にできないなんて、あるはずがない。しかも、あいつら最後哀れんだ顔で俺のことを見やがって!)
「クソッ! ここもふざけた世界だぜ!」
「本当にそうでしょうか?」
「お、お前は!? マイ! 今までどこにいたんだよ!」
声のした方を振り向いてみると、この世界に連れてきた張本人が微笑んではいるけどーーあの真っ直ぐ俺を見つめる眼差し。
否定もされていないけれど、肯定もされていない。この不思議な感じを受けると、なぜか途端に狼狽えてしまう。
「覚えていてくれて嬉しいよ、一斗♪ 今まで…と言われても、私はたった今ここに来たばかりなんだけど?」
「はぁ? そんなバカな!? 現に俺は一ヶ月近く前からここにいるんだぞ! それを――」
「なるほど、そういうことか。時間がずれちゃったわけね」
「時間が……ずれる?」
「まぁ、私も詳しくは説明できないんだけど。一斗だけ私より先にこの世界に来ていたのは確かよ。証明できるものは何もないけど」
そう言って首を傾げる彼女を見ていると、確かに嘘をついているようには見えない。
納得はできないけれど……。
「そ、それはそうと、さっきはどういう意味だよ?」
「さっき? あぁ、あのことね。だって、一斗が望んだはずのことが起きているのに、それをふざけているっていうからさ」
「望んだはず、だと? そんなはずあるかよ! 魔法を覚えて願いを叶えようとしたけど、そもそも魔法を全然覚えれないし。しかも、教えてくれる奴らはみんな教えるのが下手だしな。こんな状況ばっかり続いて……世界がおれを見捨てたのに、一体なにができるっていうんだよ!」
もう辺りが暗くなり、静かになっているのもあり、一斗の声がまち全体に響きわたった。
その声を真正面できいたマイは驚いた顔をしている。
(また大声で怒鳴っちゃったじゃないか、おれ! こいつが悪いのか、本当に? まちのやつらが悪いのか?)
「わ、わりぃ。またいきなり怒鳴っちゃって……でも……どうしようもないんだよ。全然思った通りにいかなくて」
「思った通りにいかないって、本当に悪いことなの?」
「えっ!?」
顔を見上げてみると、彼女の顔はさっきの驚いた顔とはちがい、どちらかというと一斗の発言に対して不思議に感じているようだった。
「思い通りにいかないって感じるのは、頭で考えていることと、一斗の観ている世界とのギャップを感じているだけでしょ? つまりは――」
「思い通りにいってないことに対するこの怒りや不安は、そのことを知らせてくれている……だけ……か」
「わたしはそう思ってるわ。じゃあ、一斗は毎日どんなことを感じて、考えて、どんな行動をして、言葉を話していたの?」
「……正直よくわからん。思いつくのはイラつきの感情くらい……で……何してるんだ?」
話の途中からマイは目をつぶって、何かブツブツ唱え始めた。
そして、目をゆっくり開いたかと思いきや空中にシュルシュルっとものすごいスピードで何かを描き始め、あっという間に光で描かれた本が完成して、
こう唱えた――
「心の中の世界観を映しだしたまえ、〈
マイの声とともに、光でつくられた本は実体化して、マイの手元にポンッとおさまった。
「い、今のはまさか魔法アルクエード?」
「アルクエード? いえ、
もしかしたら、ここに描かせれている内容は一斗にとってはかなりショッキングかもしれないわ。あなたが今日一日で感じたこと、思ったこと、行動したこと、話したことなどをそのまま描き出したものだから。
もし現状をなんとかしようとするなら、
一斗にはそれを見る覚悟はある?」
「そ、それは……」
聞いた内容に興味がある反面怖さも感じて、笑顔でマイが差し出した本を一斗はしばらく呆然と見つめることしかできなかった。
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